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第3章 試練の刃と煙の幕

 

 村の木々が遠ざかるにつれ、道は少しずつ開けていった。

 ルナは歩きながら、時折立ち止まって周囲を警戒した。森の気配はまだ敏感に感じ取れるけど、人里離れた道は意外と静かだ。空腹も少し気になり始めた頃――前方から、馬車の軋む音が聞こえてきた。

 荷台に布を被せた、商人らしき馬車。御者がルナの姿に気づき、馬を止めた。

 

「こんなところで一人か? エルフの娘さんだな。街まで乗せて行こうか」

 

 運が良かった。ルナは軽く頭を下げ、馬車の荷台に腰を下ろした。

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 

 道中、御者はこの辺りの噂話をしてくれた。ゴブリンの群れが増えていること、街の冒険者ギルドが忙しいこと。ルナは相槌を打ちながら、情報を頭に刻み込んだ。

 夕暮れ近く、馬車は街の門をくぐった。

 石畳の道、賑やかな市場の匂い、人々のざわめき。すべてが、ゲームの街並みを思い起こさせる。でも、空気は本物だ。ルナは深呼吸をし、目指す場所へ足を向けた。

 冒険者ギルドの建物は、街の中心にあった。

 シンプルだが頑丈な石造り。扉を押すと、中から酒と汗の匂いが混じった空気が迎えてくれた。カウンターの向こうで、受付嬢が書類を整理している。

 ルナはまっすぐカウンターへ歩み寄った。

 

「こんにちは……あの、冒険者登録をお願いしたいんですけど」

 

 受付嬢はルナの小さな姿を見て、目を丸くした。優しげな笑顔の女性だ。

 

「まあ、可愛らしいエルフさんね。登録? でも、まだお子さんみたい……。えっと、どこから来たの?」

 

 ルナは静かに、だがはっきりと言った。

 

「辺鄙なエルフの村から来ました。両親が亡くなってしまって……一人で生きていくために、冒険者になりたいんです」

 

 一瞬の沈黙の後、受付嬢は優しく頷いた。

 

「それは大変だったわね。でも、ギルドのルールで未成年の登録には試験が必要よ。戦闘適性を見るの。……本当に大丈夫?」

 

 ルナは小さく微笑んだ。

 

「はい。お願いします」

 

 試験場はギルドの裏手、簡素な砂地だった。周囲に数人の冒険者たちが観客として集まっている。砂は乾いており、足元が少しざらつく。空気は重く、緊張が張り詰めていた。

 相手は、ルナと同じくらいの年齢に見える少女。左右の手に、刃渡り50センチほどの鉈剣を構えていた。黒髪を短く切り揃え、動きやすい革鎧姿。目つきが鋭く、足運びはすでに戦士のそれだ。剣の柄を握る手は、わずかに白く締まっている。

 

「よろしくね。私の名前はアルメンタ。手加減はしないよ」

 

 アルメンタの声は、意外と柔らかかった。だが、その瞳には静かな闘志が宿っていた。

 試験開始の合図が、審判の笛で鳴る。

 ――ピィィ!

 アルメンタの体が、まるで弓から放たれた矢のように射出された。一瞬で五メートルの間合いを詰め、右手に握った鉈剣を高く振り上げ、空間を裂くような袈裟斬りを放つ。

 

 シュン! ――ズガァン!

 

 剣風がルナの頰を掠め、砂地に深い溝を刻む。刃の軌道は完璧で、回避の余地を最小限に抑えていた。ルナは本能的に体を捻り、左足を軸に後ろへ跳び退いた。心臓が激しく鳴り、銀髪が風に舞う。

 

(速い……この間合い詰め、予測してたけど、思ったよりキレがある)

 

 接近戦はルナの不得意分野。すぐに距離を取ろうと、ステップを踏みながら後退を試みる。だが、アルメンタはそれを読み切っていた。左手の鉈剣を低く構え、ルナの足元を狙った横薙ぎを繰り出しながら、追撃の体勢を崩さない。少女の足音が砂を蹴り、連続する斬撃が雨のように降り注ぐ。

 

 カキン! ガキン! シュパッ!

 

 一撃目はルナの肩をかすめ、革の服に浅い切り傷を残す。二撃目は腹部を狙い、ルナは腹に力を入れて後屈した。汗が額を伝い、息が少し乱れる。観客のざわめきが遠く聞こえる中、ルナは腰のSCARーHを背中へ収め、代わりに街の道具屋で買った短いナイフを抜いた。刃渡り15センチの、シンプルな鋼鉄製。重心は手に馴染み、反射的に構えを取る。

 

(銃はまだ……この距離じゃ、間合が近すぎる、まずはこれで)

 

 生前、FPSの上達のために独学で学んだ軍隊式格闘術が、体に染みついている。無駄のないステップ、相手の重心を崩すためのカウンター。ファンタジーの剣術とは違い、すべてが「効率」と「生存」に特化していた。

 ルナは低く構え、アルメンタの次の斬撃――上段からの連続突き――をナイフで受け流す。金属が激しくぶつかり、火花が散る。衝撃が腕に響き、ルナの細い体がわずかに震えた。だが、流した勢いを活かし、ルナはアルメンタの脇腹にナイフを狙って突きを返す。

 

「っ!」

 

 アルメンタは素早く体を引いて躱し、即座に反撃。左右の鉈剣が交互に唸りを上げ、ルナの防御を崩そうとする。閃光のような斬り合いが続き、砂煙が舞う。ルナの呼吸が上がり、筋肉に乳酸が溜まり始める。アルメンタの手数は圧倒的で、一撃一撃の重みがルナを押し負かしていく。

 

(このままじゃ、スタミナ切れで負ける……隙を作らないと)

 

 判断は瞬時だった。ルナはナイフの防御を維持しつつ、左手でデザートイーグルを抜く。間合いが近い分、威力を抑えめに――パンッ! 一発、アルメンタの肩を狙った射撃が放たれる。銃声が試験場に響き、観客がどよめく。弾丸は空気を裂き、少女の革鎧をかすめて砂に着弾した。

 アルメンタの目がわずかに見開く。だが、動揺は一瞬。体を翻して躱し、剣を振り下ろす。ルナはナイフで受け止めながら、二発目を腹部へ。パンッ! 今度は少女の剣を弾き、わずかな隙を生む。ルナはそれを逃さず、後退ステップを踏む。

 しかし、アルメンタの追撃は止まらない。少女の足が砂を蹴り、凄まじい加速で間合いを詰めてくる。ルナの視界に、雷鳴のような打ち下ろしが迫る――上から下へ、両剣を交差させた強烈な一撃。

 

(間に合わない……!)

 

 ナイフの防御が追いつかない。ルナの体が硬直しかけたその時――

 

 ――ズン!

 

 刃はルナの首筋、わずか数センチのところで止まった。風圧だけで銀髪が乱れ、肌に冷たい感触が残る。

 アルメンタの顔に、朗らかな笑顔が浮かぶ。息も乱れず、まるで遊び終わった子供のように。

 

「合格。お疲れ様。君、なかなかやるね。……あの雷のような音、何の魔法?」

 

 少女は剣を収め、軽く手を振って去っていった。背中は堂々と、しかしどこか楽しげだった。

 

 ルナは息を荒げ、砂地に膝をついた。体中が震え、汗が滴り落ちる。心臓の鼓動が耳に響き、ナイフを握った手が白く痺れていた。

 

(負けた……けど、生きてる。よかった、のかな。あの速さ、普通じゃない)

 

 受付嬢が駆け寄り、ルナを支えてくれた。優しい手が肩に触れ、水筒を差し出される。

 

「すごいわよ、ルナさん。あのアルメンタは、ギルドに入ってまだ半年なのに、接近戦――特にナイフの扱いでは最高ランク級。まともに渡り合える騎士や冒険者はほとんどいないの。あなた、よく持ちこたえたわ。本当に、才能があるわよ」

 

 ルナは少し照れくさそうに、頭をかいた。痛みが引くにつれ、達成感がじわりと広がる。

 

「そうですか……ありがとうございます。アルメンタさん、強かったです」

 

 その言葉に、ルナの胸に小さな達成感が広がった。生前のFPS大会で感じた、あの「次はもっと」の興奮に似ていた。

 かくして、ルナは正式に冒険者として登録された。

 銅のプレートを首にかけ、ギルドの扉を再びくぐる。

 外の世界は、まだ始まったばかりだ。

 

(これから、どうなるんだろう)

 

 小さなエルフの少女は、静かに微笑み、次のクエストを求めて歩き出した。

 新たな一歩を、確かなものに。

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