第2章 森の洗礼と小さな
足裏に伝わる土の感触が、妙にリアルだった。
柔らかな苔、落ち葉のクッション、時折踏みしめる小枝のぱきり、という音。
すべてが、ゲームじゃなかった。
ルナはSCARーHを低く構え、ゆっくりと森を進んだ。
確かな確証はないけれど――この体になってから、森の空気が「読める」ようになった気がする。風の流れ、木々の揺れ、獣道の匂い。まるでマップが頭の中に広がっているみたいだ。
(エルフの特性……かな)
少し歩くと、複数の小さな気配が自分を取り囲むように動いた。
「……来るね」
銃を構える。
視界の端に、緑がかった肌の小柄な影がちらつく。棍棒を振り回す者、粗末な弓を引く者――ゴブリンだ。数は八。距離は十メートルから二十メートル。
ルナは静かに息を吐き、セレクターをシングルに合わせた。
照準を、弓持ちのゴブリンの額に重ねる。
――引き金を引く。
パンッ!
森に響く、劈くような銃声。
ゴブリンの頭が後ろに跳ね、ぽっかりと赤い穴が開いてそのまま倒れた。
他のゴブリンたちが一瞬動きを止める。
その隙に、ルナは次の標的へ。
近距離の棍棒持ちから順に、冷静に、確実に。
パン、パン、パン、パン……
六発撃つと、0.5秒のクールタイム。
その瞬間、ルナは木の陰に身を滑らせ、次のマガジン……いや、無限弾だからリロードはない。でもクールタイムは待たなければならない。
(このデバフ、リアルに再現されてるんだ……)
ゴブリンたちは混乱し、悲鳴を上げながら逃げ散った。
ルナは残りを追い打ちせず、人間の気配のする方向へ歩き出した。
やがて、銃声も叫び声も遠のき、森が開けた。
そこにあったのは、小さな村だった。
木造の家々が灯りをともし、夜にもかかわらず多くの人影が戸口からこちらを覗いている。
みんな、緊張した面持ちだ。
(そりゃそうだよね。いきなり銃声響かせて現れたんだから)
ルナがどうしようか考えていると、一人の屈強な男が近づいてきた。
革鎧に剣を帯びた、村の自警団のような人だろう。
「エルフの娘か……? あの雷のような音は、お前がやったのか?」
ルナは銃をホルスターに戻し、ゆっくりと両手を上げて見せた。
「……はい。私、辺鄙なエルフの集落から出てきたんですけど、森でゴブリンに襲われて……仕方なく、応戦しました」
声が、自分でも信じられないくらい可愛らしい。
でも、今はそれが武器になる。
男は少し警戒を緩めた。
「なるほど……。その、妙な形の杖は?」
ルナは苦笑いを浮かべた。
「魔法がどうしても上手く使えなくて……。集落にあった、古い護身用の道具を拝借してきたんです。すみません、怖がらせてしまって」
少しだけ、目を伏せてみせる。
効果は抜群だった。
男は「いや、ゴブリンを退治してくれたなら感謝しないとな」と肩を叩き、村長に取り次いでくれた。
その夜、ルナは村はずれの空き小屋に案内された。
藁のベッドに寝転がって、天井を見つめる。
「……本当に、異世界転生か」
アニメやラノベで見たような展開に、思わず笑みが漏れた。
「まさか自分がそのパターンになるとはね……」
試しに、自分に鑑定スキルを使ってみる。
【名前:ルナ】
【種族:ハイエルフ】
【レベル:3(戦闘経験により上昇)】
HP:48/48
MP:320/320
筋力:25
敏捷:90
耐久:22
魔力:95
運:??
【所持金:2000万1400ゴールド】
……生前の銀行残高と大会賞金が、そのままこの世界の通貨に変換されていた。
「運営さん、サービス良すぎ……」
ルナは小さく笑った。
翌朝。
村長の家で、素朴だけど温かい朝食をご馳走になった。
焼きたてのパン、チーズ、野菜のスープ。
久しぶりに味わう「まともな食事」に、ルナは自然と頬が緩む。
「ありがとうございます。本当に、助かりました」
村長は優しい人だった。
「エルフの娘がこんな辺境まで出てくるなんて珍しい。どうしたんだい?」
ルナは、少し寂しげな顔を作って答えた。
「両親が亡くなってしまって……。一人で旅に出ることにしたんです。でも、外の世界のこと、ほとんど知らなくて」
村長も周りの人たちも、同情の目を向けてくれた。
そして、ルナはこの世界の基本を教わった。
王都、王国、魔王、冒険者ギルド……。
やっぱり、典型的なファンタジー世界だった。
「冒険者ギルド、というところがあるんですね」
「ああ、大きな街に行けば必ずある。腕に自信があれば食い扶持には困らんよ」
ルナは静かに頷いた。
(戦うことなら、自信はある)
「……私、冒険者になってみようと思います」
朝食の礼に、数枚の金貨を村長に渡す。
「え、そんなに!?」
「一夜の宿と、温かい食事。それ以上の価値があります」
村の人たちに見送られて、ルナは村を後にした。
目指すは、最寄りの大きな街。
背中に感じる優しい視線に、ルナは小さく手を振り返した。
(まずは情報収集。そして――この世界を、攻略する)
銃の重みを、腰に感じながら。
廃人ゲーマー・ルナの、異世界生活が本格的に始まろうとしていた。




