第1章 廃墟の果てに
高橋ルナは、物心ついた頃からゲームが友達だった。
幼稚園の遠足よりも、家に置いてある家庭用ゲーム機のコントローラーの方がずっと温かかった。小学校では休み時間にみんなが外で遊んでいる間も、教室の隅で携帯型ゲーム機を握りしめていた。中学、高校、そして大学――時間を見つけては画面に没頭し、現実の時計が回るのを忘れた。
大学に入って出会ったのはFPSだった。
一発の銃声で世界が変わる。
一瞬の判断で勝敗が決まる。
そこには無駄がなく、言い訳がなく、ただ純粋な「強さ」だけがあった。
ルナはのめり込んだ。
朝起きてすぐヘッドセットを被り、夜が明けるまで撃ち続ける。授業はほぼ出ず、単位はギリギリ。友達はできなかったし、恋人もいなかった。でも、それでよかった。画面の向こうにいるチームメイトたちが、ルナの本当の仲間だったから。
卒業間近になっても就職活動はしていなかった。
「まあ、なんとかなるでしょ」
そう思っていた矢先、両親が交通事故で亡くなった。
突然の葬儀、慌ただしい四十九日。兄と二人、遺産分割の席でルナは現実を突きつけられた。
「家は俺が引き取る。ルナは……現金でいいよな?」
兄の言葉に、ルナはただ頷いた。
3000万円。
それだけの金額が、ルナの口座に振り込まれた。
実家を出て、駅から少し離れた築浅マンションの一室を借りた。家具は最低限。ベッド、ゲーミングチェア、トリプルモニター。あとはエナジードリンクの空き缶が山積み。
新しい生活が始まった。
いや、正確には「続いた」だ。
ルナは就職など眼中になく、ただひたすらにFPSをやり続けた。大会に出場し、優勝し、賞金を手にして、また機材をアップグレードする。世界ランキング上位に名を連ねるようになっても、生活は変わらなかった。
朝は昼、昼は夜、夜は朝。
睡眠時間は日に三時間あればいい方だった。食事はデリバリーとエナジードリンクだけ。体重は落ち、頬はこけ、目は常に充血していた。
でも、強くなった。
世界が認めるほどの強さになった。
――そして、ある夜。
また一つ、大型大会で優勝した直後だった。
インタビューを適当に切り上げてログアウト。
次に何をしようか。
新しいタイトルを探していると、Steamのライブラリに埋もれていた一つのゲームが目に留まった。
『ドラグーンファンタジア』
確か、プロモーション画像の小柄なエルフの少女に一目惚れして、衝動買いしたやつだ。普段はFPSしかやらないのに、珍しく「可愛い……」と思ってしまった、あのゲーム。
「……ちょっとだけ、やってみようかな」
マウスを動かしかけた、その瞬間。
胸の奥に、焼けるような痛みが走った。
「っ……!?」
息が詰まる。
視界が歪む。
ルナは椅子から滑り落ち、床に倒れ込んだ。
(あ……これ、心臓か)
ここ数日、ほとんど寝ていない。
エナジードリンクを一日十本以上飲んでいた。
海外のニュースで見た、あのカフェイン過剰摂取による突然死の心停止。
まさか自分がなるとは思わなかった。
(ドラグーンファンタジア……やりたかったのに……)
(FPS……もう、できないのか……)
悔しかった。
こんなことで終わるなんて、悔しすぎる。
意識が遠のいていく中、ルナは必死に手を伸ばした。モニターに映る、あのエルフの少女に向かって。
――ごめん。
――会いたかったな。
そして、世界が真っ暗になった。
数日後。
ルナのゲーム仲間の一人が、異変に気づいた。
「ルナさん、もう三日ログインしてない……?」
大会後も音沙汰なし。Discordも沈黙。
いくらなんでもおかしい。
違法行為だとわかっていながら、仲間はルナのPCをクラッキングしアクセスした。ウェブカメラの映像が映し出すのは――倒れたまま動かない、小さな体。
救急車を呼んだ。
でも、遅かった。
高橋ルナ、24歳。
死因:急性心不全。
――それで、物語は終わったはずだった。
***
次に目を開けたとき、ルナは森の中にいた。
木漏れ日が柔らかく降り注ぎ、鳥のさえずりが聞こえる。
体が軽い。
とても軽い。
「……は?」
声が違う。
高く、透き通った、少女の声。
慌てて自分の手を見ると、細く白い。
長い銀髪が肩に流れ、耳が――尖っている。
立ち上がろうとして、視界が低いことに気づく。
身長が、150センチもない。
(まさか……)
目の前に、ステータスウィンドウが浮かぶ。
【名前:ルナ】
【種族:エルフ】
【レベル:1】
そして、腰のホルスターには見覚えのある二丁の銃。
SCARーH。
デザートイーグル .50AE。
「……おい、まさか本当に」
試しに鑑定スキルを使った。
すると、文字が浮かぶ。
《SCARーH(特殊個体)》
・無限弾倉
・絶対破壊不可能性
・射撃モード制限:単発/2点バーストのみ
・6発ごとに0.5秒のクールタイム発生
《デザートイーグル .50AE(特殊個体)》
・無限弾倉
・絶対破壊不可能性
・手動リロード動作必須(1.8秒)
さらに、スキル欄に新たに追加された二つ。
《飛行魔法》
《クリスタルノブ生成(最大7個/爆発・煙幕切替式)》
ルナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……マジかよ」
声は可愛らしいエルフのものだったけど、中身は紛れもない高橋ルナだった。
死んだはずの自分が、憧れていたゲームの世界に、憧れていた姿で転生していた。
ルナは空を見上げた。
青く、どこまでも高い空。
そして、小さく笑った。
「……まあ、いいか」
銃を握りしめる。
重さも感触も、本物だ。
「どうやら、ここが新しい戦場らしいな」
廃人ゲーマー高橋ルナ、24歳。
異世界でのサバイバルFPSが、今、始まる。




