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誰も知らない二人の物語

作者: いかも真生
掲載日:2025/11/14

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

エマニュエル・ド・ヴァロワ侯爵令嬢の幼い日々は、陽光のように暖かな祖母の愛に包まれていた。

しかし、その温もりは唐突に、冷たい北風に吹き消される。

エマニュエルが5歳になった年の冬、祖母は静かに息を引き取った。

幼い心にはあまりにも大きな喪失で、エマニュエルはただただ、声を上げて泣き続けた。

その涙の向こうで、彼女は初めて、自分の中に存在するもう一人の自分に気づいた。


「エマニュエル、大丈夫よ。私がいるからね」


優しい声が、心の奥底から響く。

それは、まるでずっと前からそこにいたかのように自然で、そしてどこか懐かしい響きを持っていた。

エマニュエルが目を上げると、心象の世界に立つ一人の女性の姿があった。

黒髪に、どこか東洋的な面影を残すその女性は、エマニュエルの頭を優しく撫でた。


「あなた、だあれ……?」


幼いエマニュエルは震える声で尋ねた。

女性は微笑んだ。


「私の名前は英茉(えま)。あなたの、もう一人の私」


英茉と名乗るその存在は、自分が30代の日本人であったこと、そして死因は不明だが、気がつけばエマニュエルの心の中にいたことを語った。

転生なのか、憑依なのか、彼女自身にも判別はつかないらしい。

だが、エマニュエルが自分を認識してくれたことに、英茉は心底安堵していた。

「どっちでもいっか!」と笑う彼女の声は、エマニュエルの心をじんわりと温める。

それからというもの、英茉はエマニュエルの心を慰め、構い倒すようになった。

赤子の頃からずっとエマニュエルの内にいたという英茉は、心象の世界でのみエマニュエルと会うことができた。

エマニュエルが悲しめば、英茉は全力で慰め、落ち込んでいれば、底抜けの明るさで励ます。

まるで母のように、時に姉のように。

英茉はエマニュエルの成長を見守った。



エマニュエルは第一王子の婚約者であった。

幼い頃から未来の王妃としての妃教育を受け、日々の言動には細心の注意を払っている。

しかし、英茉の脳裏には、前世で読んだ物語の悪役令嬢の影がちらつくことがあるのだ。


「ねぇ、エミィ。私、前世で『お約束』みたいな物語をたくさん読んだの。完璧な婚約者よりも、突如現れる可憐な聖女の方が、王子様は好きになるってパターン。エミィ、もしもこのまま、突然現れた聖女様に王子様を奪われたら、どうする?」


ある日、英茉は心象の世界でエマニュエルに尋ねた。

問われた意味が分からず、エマニュエルは首を傾げる。


「聖女様、ですか? 現れるのでしょうか」


英茉は曖昧に笑う。


「さあね。でも、私のいた国の物語ってそうなることが多いかったのよ。 特に、あなたみたいに完璧な妃教育を受けてるお嬢様が、もし王家から疎まれたりしたらね……良くて幽閉、悪くしたら病死に見せかけられて葬られることだってあり得るんだから」


英茉の言葉は常に現実的で、時にエマニュエルを驚かせたが、その根底には深い愛情が込められていることは知っていた。

英茉は『悪役令嬢ざまぁ』作品であることも視野に入れつつ、一番の最悪を想定する。


「だからね、エミィ。万が一に備えて、いろんなことを学んでおきなさい。この世界の法律とか、お金の稼ぎ方とか、身を守る術とか。私、正直言って、そういうの全く詳しくないから、エミィと一緒に学んでいきたいの」


英茉の言葉に従い、エマニュエルは王妃教育に加え、この世界の歴史、地理、経済、そして護身術に至るまで、貪欲に知識を吸収していった。

人知れず、英茉の未来を見通すかのような知識とエマニュエルの桁外れの吸収力は、密かに彼女の未来を形作っていった。

心象の世界での英茉の見た目は、エマニュエルの望む年齢に変化した。

幼い頃は、自分よりも少し年上の、頼りになるお姉さんの姿だった英茉が、年を重ねるごとにエマニュエルと同年代になり、そして時には、まるで親友のように、対等な立場で語り合う姿へと変わっていった。

二人は秘密の場所で、未来への夢を語り合い、互いの存在を唯一無二のものとして深く信頼し合っていた。




そして、その日は突然訪れた。

東の空に虹色の光が走り、まばゆい輝きの中から一人の女性が現れた。

彼女こそが、この世界に古くから伝わる『異世界転移聖女』であった。

聖女は類稀なる治癒の力と、人々を惹きつける魅力を持ち、瞬く間に民衆の心を掴んだ。

当然のように、聖女と王子の間に恋が芽生えた。

そして、エマニュエルと王子の婚約解消は、呆気なく告げられた。

公式の場では、エマニュエルは顔色一つ変えずに、謹んでその決定を受け入れた。

淑女としての完璧な立ち居振る舞いは、周囲の人々を感嘆させた。

しかし、自室に戻ると、エマニュエルは全ての侍女を下がらせた。

一人になった部屋で、彼女は静かに目を閉じる。


「英茉……」


呼びかけると、瞬く間に心象の世界が広がり、英茉がそこに立っていた。

いつものように、穏やかな微笑みを浮かべている。


「エマニュエル、よく頑張ったわね」


英茉の優しい声が、張り詰めていたエマニュエルの糸を解き放つ。

エマニュエルの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「どうしたら、いいの……? 私は、どうしたら……」


英茉はエマニュエルを抱きしめた。

温かい腕が、エマニュエルの全身を包み込む。


「泣きたいだけ泣いていいのよ。たくさん頑張ってきたんだもの。あなたの涙は、王子様を失った悲しさではないわ。これまでの人生の全てを、否定された悔しさだもの」


エマニュエルの嗚咽が、彼女を抱き込んだ英茉の胸元で響いた。

失恋の痛みもあるのだろうが、生まれた時から与えられた『未来の王妃』がアイデンティティとなるように育てられたエマニュエル。

そのための厳しい教育と、誰にも負けない努力。

それら全てが、一瞬で無価値になった。

未来の設計図を失い、エマニュエルは、自身がこの世界に"エマニュエル・ド・ヴァロワ侯爵令嬢"として存在している意味を見失っているのだろう。


「私は、王妃になるために生きてきた。それが私だったのに……もう、私には何もない。お父様は、私をどうなさるかしら?体裁のために……病に倒れたことにするかもしれない…っ」


冷静な判断が、未来の冷たい現実を突きつける。


「エミィ、あなたはもう、無力な5歳の女の子じゃない。たくさんのことを学んだでしょう? この日を念頭に置いて、たくさんの準備をしてきたじゃない」


英茉は、もう一度。

涙で濡れたエマニュエルの頬を、優しく拭う。


「この世界の法律、経済、護身術。あなたが積み重ねた知識は、誰かの妻になるためなんかではなく、あなた自身が、誰にも頼らず生きていくための翼になったの」

「翼……」


その言葉に、エマニュエルはゆっくりと顔を上げた。

顔を覗き込む英茉は、力強く微笑む。


「だからこそ、聞くわ。このまま、あなたはどうしたい? 誰かの期待に応える人生に戻るのか。それとも──」


エマニュエルの脳裏に、様々な選択肢が浮かんだ。

実家に戻れば、王子の婚約者でなくなった自分は、家のためという名目で修道院に入れられるか。

あるいは監視の厳しい中で一生を終えることになるだろう。

王家が不名誉を隠すため、病を理由に亡き者とすることも、ありえない話ではない。

それは、自分の人生を他者に委ねる、静かな死を意味した。

しかし、彼女の心に強く響いたのは、英茉との日々の思い出。

心象の世界という、秘密の場所で語り合った、世界の果てへの憧れ。

誰にも知られることのない、二人だけの未来の夢。


「私、英茉と……この世界を旅したい」


エマニュエルの言葉は、震えてはいなかった。

それは、他人のための人生を終え、自分自身の人生を歩み始める、静かな宣誓だった。

エマニュエルの言葉に、英茉は目を見開いた。

そして、満面の笑みを浮かべた。


「そう! それが聞きたかった! 素晴らしいわ、エミィ!」


英茉は、エマニュエルにこの世界での女性の一人旅の危険性を口酸っぱく教えていた。

盗賊の横行、宿の安全性、女性が狙われやすいという現実。

そして何より、王家から婚約解消された貴族の娘が、人知れず姿を消せば、王家の威信に関わる問題として追手がかけられる可能性も考慮に入れていた。

それでも、英茉はエマニュエルの決意を尊重した。

この決断こそが、二人にとって唯一の、そして最高の選択だったからだ。




数日後、エマニュエルは周囲に悟られることなく、夜闇に紛れて屋敷を後にした。

手には最低限の荷物と、英茉と共に貯めてきた旅の資金。

そして、何よりも頼りになる、英茉という心の支えがあった。


「本当に、いいの? エミィ。ここから先は、追われる身になるかもしれないのよ?」


旅の最初の町で、英茉は心象の世界から尋ねた。


「ええ。最高の気分よ、英茉」


エマニュエルは、これまで感じたことのない解放感と期待に胸を膨らませていた。

もう、誰かの婚約者として、誰かの期待に応えるために生きる必要はない。

ただ、自分自身の意思で、この広大な世界を旅することができるのだ。

たとえ追手が迫ろうとも、これまでの妃教育で培った知識と、英茉から授けられた生きる術、そして何よりも二人の絆があれば、どんな困難も乗り越えられると信じていた。


「これからは、私たちの旅よ。どこへ行こうか、エミィ?」


英茉の声が、弾むように響いた。


「まずは、海の見える街へ行きましょう。それから、ずっと見たかったという砂漠のオアシスも」


エマニュエルは微笑んだ。

彼女の隣には、いつも英茉がいる。

そして、英茉の知識とエマニュエルの勇気が、どんな困難も乗り越えさせてくれるだろう。

人知れず、二人の少女の。

否、一人の少女と、その内に宿るもう一人の魂の、壮大な世界旅行が始まった。

それは、誰にも知られることのない、しかし、かけがえのない、新たな人生の幕開けであった。

この広大な世界で、エマニュエルと英茉は、互いを支え合い、共に成長しながら、自分たちだけの物語を紡いでいくのだろう。


ご一読いただき、感謝いたします

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