第6話『「なら俺が面倒見る」——誤解の庇護宣言』
「お腹にいるのは、あなたの子です」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは息をするのを忘れた。
言葉の意味が頭に届くよりも先に、胸の奥が熱くなり、涙が込み上げてくる。
「……ルシア」
彼女はうつむいたまま、小さく震えていた。
夜風が彼女の髪を揺らし、腹部に添えられた手だけが静かに動く。
「……ごめんなさい。嘘をついたの。どうしても、許せなくて……」
ノアは、何も言わずに彼女の手を取った。
その手は細くて、冷たくて、でも確かに、彼の子を守る手だった。
「謝らなくていい。……全部俺が悪い」
「……え?」
「君に嫌われたと思ってた。俺のことを、もう愛してないと思ってた。
でも……君は、俺を愛してくれてたんだな。あの嘘でさえ、俺を思ってのことだったんだ」
ルシアの目から、ぽろぽろと涙が零れた。
翌朝、ノアは決めた。
この子を、“公に”自分の子だと認めると。
誤解されたままでいるつもりはなかった。
嘘をつかせた自分の不甲斐なさも、今から挽回するしかない。
たとえ周囲がどう言おうとも、彼女とこの子を守ると決めた。
「子供は俺の子だ」
昼下がり、ノアはフィーレン家の応接間で、エリオットとその父親に向かってはっきりとそう言った。
「ルシアが俺を信じきれなかったのは、俺のせいです。
でも、彼女が俺の子を抱えてるのなら――
俺は夫として、父として、彼女と子供をこの手で守ります」
エリオットは腕を組んだまま目を細めた。
「……どうなることかと思ったよ」
父も、苦々しくも安堵したように頷いた。
「ルシアは、よく耐えていた。
君が今度こそ見失わないなら――私は何も言うまい」
翌日、ノアは城へ戻った。
そして、会議室で上層部と顔を揃えた重臣たちを前に、堂々と宣言した。
「ルシア・フィーレンとの婚姻は一時的に離縁扱いとなっていたが、
本日をもって再び正妻として迎え入れる。
加えて、彼女の懐妊を公に報告する。
我が子が生まれるまでの間、彼女は実家にて療養する」
一瞬、空気が止まったように感じた。
「……あれは、他の男の子ではなかったのですか?」
誰かが呟いた。
「そういう“誤解”を広めた者がいるなら、名誉毀損として処罰する。
この件に関して、私がすべての責任を負う」
そう言ったノアの声には、迷いはなかった。
その日の午後、王都のあちこちに“将軍が妻と子を公認した”という正式な発表が広まった。
「えっ、将軍の子だったの?」
「やだ……あれ全部、嘘だったの?」
「でも、そうならいいか……」
手のひらを返すような声もあれば、
「あの女が嘘をついてたってこと?」とルシア側を責める声もあった。
だが、ノアはそのすべてを背負った。
“父としての責任”と“夫としての贖罪”を。
一方で、フィーレン家ではその発表が伝わると、
ルシアの部屋にも急に花が届くようになった。
「“おめでとう”って、書いてあるわ……」
ルシアが手紙を読んで、ぽつりと呟く。
ミリアが控えめに笑った。
「奥様。誤解が晴れて、本当によかったです」
「……でも、怖かったの。真実がバレたら、あの人が怒るんじゃないかって。
“他の男の子”って言ったこと、恨まれるんじゃないかって」
「それでも、“なら俺が面倒見る”って言ってくれたんですよね?」
ルシアは少し笑った。
その笑みは、どこか泣きそうだった。
「……ほんと、馬鹿よね、あの人」
「……はい。でも、世界一かっこいい馬鹿です」
その日の夜、ノアが訪れた。
もう、誤解はなかった。
周囲の目も、誰の中傷も、もう関係ない。
「これからは、毎日お前に会いに来る。
……一緒に暮らせるようになるまで、通い詰めるぞ」
ルシアは笑いながら言った。
「もう家族なのに、そんなことするの?」
「離れたことを後悔してる。償いだ」
「じゃあ、私もあなたの寝室に通い詰めるわ」
「やめてくれ。俺が倒れる」
ふたりは、初めて心から笑った。
夜風が吹く。
どこまでもやさしい夜だった。