表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/26

第6話『「なら俺が面倒見る」——誤解の庇護宣言』

「お腹にいるのは、あなたの子です」


 その言葉を聞いた瞬間、ノアは息をするのを忘れた。


 言葉の意味が頭に届くよりも先に、胸の奥が熱くなり、涙が込み上げてくる。


「……ルシア」


 彼女はうつむいたまま、小さく震えていた。

 夜風が彼女の髪を揺らし、腹部に添えられた手だけが静かに動く。


「……ごめんなさい。嘘をついたの。どうしても、許せなくて……」


 ノアは、何も言わずに彼女の手を取った。

 その手は細くて、冷たくて、でも確かに、彼の子を守る手だった。


「謝らなくていい。……全部俺が悪い」


「……え?」


「君に嫌われたと思ってた。俺のことを、もう愛してないと思ってた。

 でも……君は、俺を愛してくれてたんだな。あの嘘でさえ、俺を思ってのことだったんだ」


 ルシアの目から、ぽろぽろと涙が零れた。


 翌朝、ノアは決めた。


 この子を、“公に”自分の子だと認めると。


 誤解されたままでいるつもりはなかった。

 嘘をつかせた自分の不甲斐なさも、今から挽回するしかない。

 たとえ周囲がどう言おうとも、彼女とこの子を守ると決めた。


 「子供は俺の子だ」


 昼下がり、ノアはフィーレン家の応接間で、エリオットとその父親に向かってはっきりとそう言った。


「ルシアが俺を信じきれなかったのは、俺のせいです。

 でも、彼女が俺の子を抱えてるのなら――

 俺は夫として、父として、彼女と子供をこの手で守ります」


 エリオットは腕を組んだまま目を細めた。


「……どうなることかと思ったよ」


 父も、苦々しくも安堵したように頷いた。


「ルシアは、よく耐えていた。

 君が今度こそ見失わないなら――私は何も言うまい」


 翌日、ノアは城へ戻った。


 そして、会議室で上層部と顔を揃えた重臣たちを前に、堂々と宣言した。


「ルシア・フィーレンとの婚姻は一時的に離縁扱いとなっていたが、

 本日をもって再び正妻として迎え入れる。

 加えて、彼女の懐妊を公に報告する。

 我が子が生まれるまでの間、彼女は実家にて療養する」


 一瞬、空気が止まったように感じた。


「……あれは、他の男の子ではなかったのですか?」

 誰かが呟いた。


「そういう“誤解”を広めた者がいるなら、名誉毀損として処罰する。

 この件に関して、私がすべての責任を負う」


 そう言ったノアの声には、迷いはなかった。


 その日の午後、王都のあちこちに“将軍が妻と子を公認した”という正式な発表が広まった。


「えっ、将軍の子だったの?」


「やだ……あれ全部、嘘だったの?」


「でも、そうならいいか……」


 手のひらを返すような声もあれば、

 「あの女が嘘をついてたってこと?」とルシア側を責める声もあった。


 だが、ノアはそのすべてを背負った。

 “父としての責任”と“夫としての贖罪”を。


 一方で、フィーレン家ではその発表が伝わると、

 ルシアの部屋にも急に花が届くようになった。


「“おめでとう”って、書いてあるわ……」


 ルシアが手紙を読んで、ぽつりと呟く。


 ミリアが控えめに笑った。


「奥様。誤解が晴れて、本当によかったです」


「……でも、怖かったの。真実がバレたら、あの人が怒るんじゃないかって。

 “他の男の子”って言ったこと、恨まれるんじゃないかって」


「それでも、“なら俺が面倒見る”って言ってくれたんですよね?」


 ルシアは少し笑った。

 その笑みは、どこか泣きそうだった。


「……ほんと、馬鹿よね、あの人」


「……はい。でも、世界一かっこいい馬鹿です」


 その日の夜、ノアが訪れた。


 もう、誤解はなかった。

 周囲の目も、誰の中傷も、もう関係ない。


「これからは、毎日お前に会いに来る。

 ……一緒に暮らせるようになるまで、通い詰めるぞ」


 ルシアは笑いながら言った。


「もう家族なのに、そんなことするの?」


「離れたことを後悔してる。償いだ」


「じゃあ、私もあなたの寝室に通い詰めるわ」


「やめてくれ。俺が倒れる」


 ふたりは、初めて心から笑った。


 夜風が吹く。

 どこまでもやさしい夜だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ