『毎晩求められる苦悩編』
──こんなに愛されてるのに、私、寝かせてもらえません
午前五時。
朝靄の漂う王城の寝室。
静かに目を開けたルシアは、ぼんやりと天井を見つめていた。
――体が、重い。
――理由は、言うまでもない。
横を見ると、夫が満ち足りた顔でぐっすり寝ている。
(……また、昨晩、三回)
あくまでも自然に。
あくまでもやさしく。
けれど、確実に“夫の愛情”は、夜ごと強くなっていっていた。
(いや、嬉しいのよ?)
(そりゃあ、いっぱい触れたくなる気持ちも分かるわよ?)
(でも、毎晩は――毎晩は無理なのよノア……!)
彼の腕の中に抱かれて眠る幸せは、確かにある。
だが、朝が、しんどい。
“あれ? 最近、枕元に氷水置いてるのなぜ?”
“お前、歩き方おかしくない?”
“リアムが“ママ今日は寝てばかり”って言ってたぞ?”
家族にバレるのは時間の問題である。
回想は、さかのぼる。
「ノア……あなた、意外と……」
「我慢してたからな。ずっと。触れたいのに触れられなかった」
「わ、分かるけど……今日、三回……」
「今日は記念日だから。明日からは控えめにする」
「ほんと?」
「ほんとだ」
翌日――2回。
その翌日――「キスだけ」と言いながら、結果的に1.5回。
その翌日――ルシア「今日はダメ」→ノア「じゃあ抱きしめるだけ」→からの流れで結局フルコース。
以来、現在に至るまで、25夜連続で求められている。
侍女ミリア曰く、
「奥様……その、肌の艶がすごく……っていうか、なんか幸せそうですわね?」
(……幸せです。けど、寝かせて……寝かせて……)
王宮医師に検診された時。
「うーん、これは非常に健康。というか、“満たされている”症状ですね」
「そんな症状あるんですか!?」
「あるんです。……新婚さんにたまに出ます」
※なお、ノアは「俺の健康管理の成果」と満面の笑みであった。
そして今夜も、日が沈む。
ルシアは湯浴みを終えたあと、念入りにボディミルクを塗りながら、本日の作戦を考える。
【戦略案】
・子どもたちと添い寝 → ノアが「俺の寝るとこない」と言って引っ張り出す
・疲れたアピール → ノア「じゃあ癒す」→むしろ逆効果
・冷えたフローラルティーを多めに出す → ノア「体温上げたいな」→余計燃える
(……勝てる気がしない)
「ルシア、入っていいか?」
ノアの声が聞こえた。もうダメだ、逃げ場はない。
「うん、どうぞ」
入ってきた彼は、部屋着姿。
肩幅広い。顔がいい。笑顔がずるい。愛が重い。
「今日もお前が綺麗で俺はどうしたらいいか分からない」
「褒めてくれるのは嬉しいけど……あのね、ノア」
「ん?」
「……今日は、抱きしめるだけ、でお願いしてもいい?」
ノアは、少しだけ目を見開いた。
そして、柔らかく微笑んだ。
「わかった。……でも」
「でも?」
「お前の“お願いしてもいい?”は、“してほしい”って意味だと思ってる」
「してほしいなんて言ってないでしょ!?!?」
「いや、言葉には出してないけど、瞳が語ってた。あと香りと呼吸と耳の赤みが」
「観察しすぎなのよ!!!!」
最終的に、ルシアは負けた。
でも、愛されて、満たされて、朝にヘトヘトでも――
それを「苦悩」と名付けられること自体が、もう幸せだった。
翌朝。
またもふらふらで起き上がるルシアに、ノアは優しくキスを落とす。
「今日もかわいかった」
「ノア……あなた、“愛”のせいで、訴える未来が見えるわ……」
「いい。お前にだったら捕まってもいい」
ルシアは顔を真っ赤にして、枕に突っ伏した。
――幸せの代償は、今日も眠気と筋肉痛である。




