第11話『婚姻の回復、ふたりで再び』
フィーレン家の門をくぐり、王城へと向かう馬車の中で、ルシアは静かに目を閉じていた。
隣に座るノアは、彼女の手を包み込むように握っている。
無言のぬくもりが、過ぎた嵐のような日々を少しずつ癒していく。
「……皆に合わせる顔がないわ」
ルシアの問いかけに、ノアは即答する。
「お前は、俺の妻だ。これからも、ずっと。
だから堂々としていていい」
王命によって、婚姻は形式上“無効”とされていた。
離縁状に本人の署名があり、それを届け出た事実がある以上、建前としては離婚が成立していたのだ。
だが今日、それを正式に覆す。
王城の奥、謁見の間。
王の前にひざまずいたふたりは、並んで誓いを立てた。
「ノア・ヴァリス。お前はこの場をもって、再びルシア・フィーレンを正妻とすることを望むのか」
「はい。彼女を、今度こそ永遠に伴侶とします」
「ルシア・フィーレン。お前はこの男と、再び婚姻の誓いを交わす意思があるか」
「はい。……彼を、信じて生きていきます」
王はゆっくりと頷き、正面に座す重臣たちに目配せをする。
ざわついていた空気が、ひとつの拍手に変わる。
再婚は、王国の記録に改めて刻まれた。
同時に、ルシアの懐妊も公に発表され、王家の名のもとに加護が宣言された。
「子が無事に生まれれば、その子もヴァリス家の正式な後継として扱う。
いずれ、その剣と名を継ぐ者として育てよ」
王のその言葉に、ノアは胸を張って頭を下げた。
その横で、ルシアは穏やかな微笑を浮かべながらも、掌にじっと汗を滲ませていた。
(これで……ようやく、戻れたのね)
しかし、王城に戻ったからといって、すべてが元通りというわけではなかった。
とくに、貴族夫人たちの冷たい視線――
「あれは将軍に捨てられたはず」「妊婦のくせに再婚?」「噂が本当だったのでは」――
そんな陰口は、当然のように降ってくる。
けれど、ルシアはもう動じなかった。
目の前にいるノアが、誰よりも堂々と彼女を“妻”と呼ぶからだ。
ある日、宮廷の舞踏室。
新年を祝う祝賀会の席で、ノアとルシアはふたりで姿を現した。
その日、ルシアは控えめながらも刺繍の美しいドレスに身を包み、
腹を少しだけ目立たせながらも、姿勢は真っ直ぐだった。
「お久しぶりね、ルシア様。まあ……お腹が……随分……」
「お久しぶりです。夫との子を授かりまして」
そう微笑んで返すルシアに、貴婦人たちは目を見開いた。
その堂々たる姿勢に、言葉を詰まらせる。
その時――
「何か、失礼なことでもありましたか?」
ノアが、背後から柔らかく、けれどはっきりとした声で割って入る。
肩を抱くその手の強さと、立ち姿の威厳。
周囲は自然と沈黙した。
噂は噂のまま終わり、
“事実”としてふたりが選び取った道だけが、祝賀会の中央に輝いていた。
その夜。
帰路の馬車の中、ルシアはため息をついた。
「……やっぱり、怖いのよ。ああやって睨まれるの」
「そういう時は俺の側から離れなければいい」
「……そんな、ずっとついて回ったら迷惑でしょう」
ノアは少し微笑んで、彼女の手をとる。
「では、俺が君を連れて堂々と“愛してる”って言ってまわろう」
ルシアは頬を染めながらも、そっと寄り添った。
「……ねえ、ノア」
「ん?」
「どうしてそんなに優しいの?」
ノアはすぐに答えた。
「優しくしていたら妻は家を出て行かないだろう」
「ごめんなさい」
「怒ったんじゃない、自分への戒めだ」
「私も、世間まで巻き込んで恥ずかしい」
「気にしなくていい、そんなものは時間がたてば皆忘れ笑い話になる」
“再婚”という儀式は終わった。
でも、“ふたりで生きる”という日々は、ようやくここから始まる。