第9話 薬の効果
翌日、もう一度白耀樹の実を採りに行き、薬作りを再開した。
昨日は作るたびに透明度は増してきていたけれど、完全な透明にはならなかった。
そでれでも何度も挑戦し、手帳を読んで黒呪病について理解を深められるように努めた。
病に苦しんでいる人たちのことを想いながら、必死に鍋をかき混ぜた。
そして何度も失敗し、何日も経ち、納品日の当日の朝――
「透明に、なった――」
それは、一瞬のことだった。徐々に透明になっていくものだと思っていたが、白色から突然切り替わるように透明になったのだ。
鍋の底が透けて見えるほどに綺麗な透明。
「成功したんだ」
空の瓶がたくさんあったので、一本ずつ注いでいく。
全部で二十本分、注文数ピッタリだった。
二十本並んだ瓶に目線を合わせ、まじまじと見る。
「これが、黒呪病の薬か」
無色透明。透き通ったそれは、本当に薬なのだろうかと思うけれど、苦労してやっと完成したものだ。
今日が納品の日だったため、徹夜して完成させた。
どうしてここまで夢中になって作ったのかはわからない。
訳も分からず突然異世界に連れてこられ、薬師を継いでくれと言われた。
断ることもできたし、こうやって必死に作る義理もない。
けれど、自分でもわからない使命感に駆られていた。
私がやらなければと。
ジェルバさんに言われた『あなたがここに来たということは、あなたがこの世界に必要だからよ』という言葉を何度も考えていた。
私がこの世界に来た理由。それは、ジェルバさんの跡を継いで黒呪病の薬を作ることだろう。
でも、どうして私だったのか。
そして、逆も考えてみた。
この世界が、私にとって必要な理由を。私が、この世界で生きていくための理由を。
まだこの世界に来て半月しか経っていないけれど、ここでの暮らしが心地いいものになっている。
不思議と、どうしても元の世界に帰りたいとは思わない。
それは、ジェルバさんのこの世界の人たちに対する想いや、エアミルさんの嬉しそうな笑顔に心解かされたからかなのもしれない。
薬を作って、たくさんの人たちの命を救うという目的を得たからなのかもしれない。
美容にいい薬も作ってみたいと思うし、街にも出てみたい。ジェルバさんが書き残していたおすすめの場所にも行ってみたいし、食べたことのない美味しいものも食べてみたい。
やりたいことがたくさんある。
だから私は頑張れるのかもしれない。
そういえば、お肉食べてないな。薬もできたことだし、そろそろ街に行ってみようかな。
あっ! 納品! 時間指定とかは書いていなかったけど、あまり遅くなるとまずいよね。急いで持って行こう。ついでにそのまま街に行ってみようかな。
徹夜したけれど、驚くほどに疲れてはいない。
薬が完成したご褒美に美味しいもの買って帰ろう。
出かけるときは一般的な令嬢と変わらない洋装をって書いていたけど、一般的な令嬢がどんな格好なのかわからない。とりあえず、ローブは魔女っぽいしやめたほうがいいよね。
私はローブを脱いでワンピース姿になり、黒呪病の薬と四次元の籠を持って、森の入り口にある私便箱のところへと向かった。
もう直ぐ着く、とういところで私便箱の前で立っている男性を見つけた。
白いローブを着ていて、すごく目立っている。中は、黒い軍服のようなものを着ている。
普通軍服の上ってマントとかコートじゃないのかな、なんてどうでもいいことを考えながらとりあえず私便箱のところに向かう。
近づいていくと、向こうも私に気づいているようでじっとこちらを見ている。
そんなに見られたら近くに行くの気まずいじゃん。
でも私は私便箱に用があるので少し俯きながら歩き、男性の前まで行くと軽く会釈をしてから私便箱に手を伸ばした――
「そこに入れなくても、もらっていく」
「えっ?」
声をかけられ、顔を上げる。
軍服にローブ。黒い髪に黒い瞳。無表情のその男性は威圧感がある。
「君が、青い魔女の後継者なんだろう?」
確信めいた声色に思わずはい、と言いそうになってしまったが、こんなに簡単に身分を明かしてもいいのだろうか。
「私は、王宮魔術師団第一薬師団師団長のフォティアス・ネウロンだ」
あ……。この長い肩書、覚えがある。たしか、薬を取りにきて、代金を置いていく人だ。
もしかして、薬が届くのを待ってた? いつから待ってたのだろう。
「遅くなってすみませんでした」
「青い魔女から私のことは聞いているか?」
「えっと……直接は聞いていないです。お話したのは少しの時間で、あとは手帳を読んでくれと言い残していなくなりましたので」
「そうか。君が来てからあまり時間がなかったのだな。薬はできたのか?」
「はい、一応」
「ありがとう。ではここでもらっていく」
フォティアスさんは硬貨が入っているであろう小袋を私に差し出す。
私も、薬の入った籠を差し出した。
「一応……できたと思うのですが、ちゃんとできているか自信がないんです。何度も失敗してやっと完成したのがこれで……」
「では、確認してみよう」
「え、ここで?」
まさか飲むわけじゃないよね? と思いながら見ていると、フォティアスさんは瓶を一本手に取り、手のひらをかざした。
手のひらから柔らかい光が放たれ、瓶を包んだ。光がスッと消えるとフォティアスさんは手を下ろす。
「青い魔女が作ったものとは少し違うようだが、効果に問題はないだろう」
そんな簡単に効果がわかるんだ。
問題はないと言われたのに、なんだかこれも失敗作のように思えてしまう。
「あの、少し違うとはどのように違うのでしょうか。跡を継いだ以上、ちゃんとした物を作りたいのですが」
「違うのは魔力の作用であって、これは仕方がないことだ」
「魔力の作用というのは、イメージ的なものですか? 込める魔力の違いみたいな……」
「そうだな。君は……異世界の人間なのか?」
「え……そうです。私、そんなにわかりやく異世界人ですか?」
パッと見ただけでわかるものなのだろうか。
たしかにジェルバさんやエアミルさんは瞳や髪の色が鮮やかでなんだかカラフルというか、異世界っぽいな、なんて思っていたけど、フォティアスさんも私と同じ黒い目に黒い髪だ。少し親近感湧いたりなんかしたけど、やっぱり私はなにか違うのだろうか。
エアミルさんには何も言われなかったけど、なにか思っていたのかな。
「そういうわけではない。透視魔法で体の中を少し視させてもらった」
「か、体の中?!」
「魔力の巡りのことだ。この世界の人間は少なからず魔力を持っているが君の中には青い魔女から受け継いだ魔力しか流れていない。それと、血もここのものとは質が違う」
「魔力……血……なるほど?」
よくわらなかったけれど、見た目の問題ではなさそう。
しれっと透視魔法なんてものを使われていたなんて、この世界の人っておそろしい。
少なからず魔力を持っているということは、みんな何かしら魔法が使えるんだろうか。
「君は黒呪病のことをよく知らない。だから、いくら魔力を継承したからといって三百年以上黒呪病のことを考え続けてきた彼女と同じものを作ることは簡単ではないんだ」
そうだ。ジェルバさんは長い時間をかけてこの薬を作った。救えなかった命がたくさんあっただろう。悔しい想いもしただろう。そんな彼女と同じ想いで薬を作ろうなんて私には無理なんだ。
ちゃんと効果のある薬を作れただけでも良い方なんだ。
そこはもう割り切ってしまわないといけないのかもしれない。
「知りたいか?」
「え?」
「黒呪病のことを知りたいのなら連れていってもかまわない」
「連れていくって、どこにですか?」
「黒呪病の療養施設だ」
薬を飲んだからといってすぐに良くなるわけではなく、完治するまでは施設内で療養しているそうだ。
黒呪病を発症すれば国の運営する療養施設へと行き、完治すれば出ていく。
この施設に行けば、少しは黒呪病のことがわかるだろうとのことだった。
「行きます」
元々、このまま街へ行くつもりだった。
この先、薬を作り続けるうえで療養施設を見ておいた方がいい。
私はフォティアスさんに付いて行った。