第8話 薬作り
戸棚から四次元の籠を取り出し、籠から白耀樹の実を取り出す。
やっぱり、採り立てのずみずしいままの状態で保存されていた。
まあ昨日の朝に採ったものだから、一日で腐られても困るんだけど。
にしても、こクロノロックの戸棚と四次元の籠があればいくらでも新鮮な状態で保存できるなんて便利すぎる。
他にも便利道具がいろいろあるのかなと思いながら、手帳で黒呪病の薬の作り方を確認し、作業を始める。
まずは、白耀樹の実を皮ごと薄く切り、乾燥させる――。
「薄く切るのかぁ。スライサーとかないよね。包丁で切るしかないか」
料理が苦手だったわけではないけれど、丸い実を薄く切るのって難しいんだよね。
でも、乾燥させるのには絶対に薄い方がいいし、できるだけ薄くしないと。
ん……? まって。乾燥させるのってけっこう時間かかるよね?
すぐにできると思ってたけど、もしかしてもっと時間かかる?
フードドライヤーなんてものもないよね?
そういえば、電子レンジでもできたような……いや電子レンジもないじゃん。
自然乾燥するしかない?
何日くらいかかるんだろう。間に合うかな。
他に方法がないか、もう一度手帳をよく読んでみる。作り方のページだけでなく黒呪病について書かれたページ全て目を通していく。
そして、見つけた。
『白耀樹の実は水分を抜き、粉末にして調合する方がいい。抜き取った水分は飲んでみると甘くて美味しかった』
これは、まだ黒呪病の薬が完成していなかったときの研究過程の様子をジェルバさんが書きとめたものだ。
抜き取った水分というと搾り果汁をイメージするけれど、乾燥させるって言ってるし、なにか魔法でやっているのかもしれない。
私は引き出しの中に見つけていた一冊のノートを取り出す。
このノートには薬とは別に、魔法の類のことについて書かれてあった。
乾燥させる魔法……乾燥させる……あ、これだ。
対象物に一度魔力を流し込み、流し込んだ魔力と一緒に水分を引き上げるように抜き取る。
抜き取った水分はコップにでも入れるわけね。
薄く切った白耀樹の実を並べ、その横にコップを準備した。
そして書いてある通り、実に魔力を流し込んでみる。
エアミルさんにヘッドスパをしているときに、魔力の流れというものがなんとなくわかった。
全身に流れる魔力を手のひらに集中させ、白耀樹の実に流し込む……。
上手くいっているのか、どこか白耀樹の実と手のひらが一体化しているような感覚になる。
その後、魔力を引き上げるように水分を抜き取る――
「おぉ!」
雫のような果汁がポツポツと湧き出てきた。それと合わせて白耀樹の実は乾燥されている。
湧き出た雫はコップに落とし、実がカラカラになるまで続けた。
雫が出てこなくなり、完全に水分が抜けたのだとわかる。
乾燥できた……。これを粉末にするんだよね。粉末にするのも魔法でできるのかな。
ノートから探そうとしたけれど、目の前には置きっぱなしにされたすり鉢がある。
うん。これでするってことだな。
私は乾燥させた白耀樹の実をすり鉢にいれ、すり棒でこすり、すり潰していく。
しっかり乾燥できているので思ったよりは簡単に粉末になる。でも、何回かに分けてしっかりと潰していく作業はやっぱり腕が疲れる。
「ふぅー。こんなもんかな」
ジェルバさんは簡単に作れるって言っていたけど、そんなことない。
作れないことはないけど、慣れるまではけっこう大変だな。
次は聖水を加えて透明になるまで魔力を加えながら煮る。
私は裏庭の泉から聖水を汲んできて、白耀樹の実の粉末と一緒に鍋に入れ火をかけた。
魔力を込めながら、鍋をかき混ぜる。
今はまだ、実の色のままで白い水。これが透明になるんだ。
しっかりと魔力を込め、火加減も気にしながら、ゆっくりかき混ぜひたすら煮る。
「透明になれー透明になれー」
なんて言いながら煮ていたけれど、一向に透明になっていく気配がない。
むしろなんか……焦げてない?!
ううん。サラサラで水分たっぷりだし焦げてるってわけじゃない。
でもなぜか、透明になるどころかどんどん黒くなっている。
黒を経て透明になるとか? と思ってそのまま煮ていたけれど、結局真っ黒になってしまった。
「墨汁みたい……完全に失敗だ」
火を止め項垂れる。
ジェルバさーん……。私には無理そうです……。
いや、一回失敗しただけで諦めるなんて私らしくない。失敗したときのために白耀樹の実も多めに採って帰ったんだし、もう一度やってみよう。
戸棚から白耀樹の実を取り出した。
薄く切って、乾燥させ、粉末にする。
ここまでは上手くいってるはずなんだよな。やっぱり煮込み方がだめなんだろうか。
鍋に火をかけ、慎重にかき混ぜる。
どうして黒くなったんだろう。作り方は間違っていないはず。
だったら魔力に問題がある?
『薬の効果をよりよく発揮させるためにはイメージと共に魔力を流し込むことが重要』
そうだ、イメージ。
黒呪病を治したいという想い……。
病気に苦しむ人を助けたいという気持ちが大事なのかもしれない。
ただ魔力を込めるだけでなく、そういった想いを込め、鍋を煮詰めていく。
私はまだこの世界のことをなにも知らないし、ジェルバさんとエアミルさんしか会ったこともない。
でも、どんな時代でも、どんな世界でも、人の命が尊いということは知っている。
病で命を落とす人を、私の力で救うことができる。
私はそんな力を受け継いだんだ。
すると、少しずつ色が変わってきた。
やっぱり、魔力に込める想いが大切なんだ。
けれど、なかなか透明にはならない。なんだかリンゴジュースのような色になって、それから色が変わっていくことはなかった。
「また、失敗なのか……」
でも、さっきの墨汁より全然上手くいってるよね?!
方向性は間違っていないはず。もう一度やってみよう。
それから二度挑戦したが、綺麗な透明にはならず、白耀樹の実がなくなってしまった。
「上手く、いかない……」
でもでも、まだ時間はあるし、また明日白耀樹の実を採りに行って、成功するまで頑張ってみよう。
もう日も沈んでしまっていたため、今日の作業は終わりにすることにした。
夕食のあと、抜き取った白耀樹の実の果汁を飲んでみることにした。
見た目は普通のジュースだ。味は――。
「んー! 美味しい!」
まるで、百パーセントの桃ジュースって感じだ。
口当たりもいいし、果物のえぐみのようなものも一切ない。
果汁だけじゃなくて、実を食べてみたくなる。でもその前に薬を完成させないと。
明日はもっとたくさん採ってこよう。