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第6話 ヘッドスパ

 薬を使ってみたけれど、そう上手くはいかなかった。

 パサつきやうねりは見違えるほどなくなり、艶々になったけれど、髪が伸びることはない。


「こんなに髪が艶々になるなんてすごいですね」


 エアミルさんは切られていないところの髪を手櫛で梳かす。

 艶々の髪をすきながらもその表情はやはり悲しげだ。

 髪は女の命だっていうほど大切なものだもん。つらいよね。こんなことをされてしまって、見ている私も悲しい。どうにかしてあげたい。


 私は薬が並ぶ棚から何かいい薬がないか探す。

 咳止め、解熱薬、脈拍を整える薬、傷を治す薬、骨を繋げる薬、火傷に効く薬……瘦せ薬なんかもあるんだ。


 たくさんの薬があるけれど病気や怪我に効く薬ばかりで、髪が伸びそうなものはない。

 薬なんだもん。それはそうだよね。


 これは気休め程度のことだけれど、一般的にはバランスの良い食事や質の良い睡眠、運動して代謝をあげたりと生活習慣を良くして体の調子を整えると髪が伸びやすいと言われている。

 だからってそんな悠長なことはしてられない。

 

 そこでふと思いついた。そうだ、代謝だ。


 ジェルバさんの分厚い手帳を捲り、瘦せ薬のページを開く。


 体内の脂を急速に燃焼させ、瘦せ型の体にする――。

 脂を燃焼させる、これはきっと代謝を促進する薬だ。


 私は希望を持ち、瘦せ薬を手に取った。


 この瘦せ薬は飲むものだけれど、痩せさせたいわけではないので、軟膏と混ぜてクリーム状にした。他にも髪を作る栄養素になればと、滋養強壮の薬も交ぜている。


「このクリームを頭皮に塗ります」

「頭皮、ですか?」

「髪にばかり意識を向けてしまっていましたが、本来毛自体が伸びていくわけではなく、毛根から生えていくのでその毛根に働きかけてみたいと思います」

「なるほど。よろしくお願いします」

 

 指の腹を使い、円を描くように薬を頭皮にやさしく塗り込む。

 そして十本の指を大きく開き、頭を包み込むようにそっと手を置いた。

 決して爪は立てないように、指先に力を入れる。


 額のてっぺん、生え際からフェイスラインに沿って耳上までのツボを丁寧に押していく。

 そして頭皮を引き上げるように頭頂部へと指を滑らせる。


「すごく、気持ちがいいです」

「ヘッドスパという頭皮マッサージなんです。頭にあるツボを押しながらマッサージをして血行を促進して代謝を促します。頭痛や肩こり、疲労回復やむくみなどに効果があるんですよ。もちろん、リラックス効果もあります」

「レーナさんはすごいですね。こんなに気持ちが良いのは初めてです」

「これで、髪の成長に効果が出ればよいのですが」


 私はヘッドスパを続けた。椅子に座ってもらった状態で施術しているので力加減が難しい。

 シャンプー台でもあればやりやすいんだけどな。それは仕方ないか。


 それよりも、私はジェルバさんの手帳に書いてあった言葉を思い返す。


 『薬の効果をよりよく発揮させるためにはイメージと共に魔力を流し込むことが重要』


 イメージとは『想い』でもあると書かれてあった。

 病気や怪我を治したいという想い。

 健康な状態や、傷が綺麗になっている状態をイメージする。

 そのイメージをもとに魔力を込めていく。


 エアミルさんの頭に触れながら必死にイメージした。

 切り刻まれたこの髪が真っ直ぐ、サラサラと伸びてく姿を。


 まだ一度も薬を作っていないし、魔力の込め方なんて正直わからない。

 でも、彼女の髪を元の姿に戻したい、できればそれ以上に美しくしてあげたい。そんな想いを一心に込め、体を巡る魔力というものを指先に集中させた。

 

 すると、少しずつゆっくりと根元から髪が伸び始めてきた。


「伸びてる……」

「すごい……すごいですレーナさん!」


 上手く、いってるんだ。私はヘッドスパを続けた。一番短い髪が腰辺りに伸びるまで。最後まで手を抜かず、丁寧に。

 これは、美容師の仕事でも大事なこと。お客様の大切な髪をお預かりしているのだから。

 髪だけではない。

 髪型が変わって人生が変わった、なんていうこともある。

 大げさかもしれないけれど、その人の人生をお預かりしているんだという気持ちで施術をするのが私の仕事だと思っている。


「力加減は大丈夫ですか?」

「はい、とっても気持ちいいです。髪もまさかこんなに早く伸びると思っていませんでした。今まで髪が伸びる薬なんて聞いたことありませんでしたし」

「良かったです。私も上手くいくかわからなかったので」


 髪は随分と伸びた。短いところだけが伸びるわけではなく全体が伸びるので、元々長さが残っていたところは膝辺りまで伸びている。

 

「長いところはカットして揃えても良いですか?」

「もちろんです。何から何までありがとうございます」


 私はハサミと櫛を持ってきた。もちろんカットバサミではないが、刃こぼれもなく状態のいいものなので毛先が傷むことはないだろう。

 傷んでも、薬で綺麗にすることができるだろうけど。


 伸びすぎてしまった髪を腰で揃えてカットする。毛先がまとまるように少しセニングも入れる。


 それにしても本当によかった。

 艶のある綺麗な髪にハサミを入れながら、なんとも言えない達成感を感じていた。

 薬の選択や、魔力の込め方、なにもわからなかったけれど、諦めないでよかった。


「そういえば、出会ったときに呪わないでくださいって言ってましたけど、この森に入ると呪われるのですか?」

「あのときは取り乱してしまってすみませんでした。そういった噂があるというだけなんです。この森に迷い込むと呪われ、二度と出ることはできないと。だから私はこの森に置いていかれたのです。変に手をかけて証拠が残らないようにと。ですが実際に迷い込んでいなくなったという人の話はありませんし、昔からの言い伝えのようなものです」


 ただの言い伝えか。この森の魔女とはジェルバさんのことだろう。

 少し会話をしただけだけれど、ジェルバさんが人を呪うようなことをするとは思えなかったので安心した。


「そうなのですね。怖がらせてしまってすみませんでした」

「そんな! 謝らないでください。レーナさんには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」

 

 カットをしながら会話をしていると、仕事をしているときの気分になる。

 それは決して嫌なものではなく、むしろすごく楽しい。

 それは売り上げだとか、予約時間だとか、そういうしがらみがないからなのかもしれない。

 私は美容師に向いていないのではないのかとずっと悩んでいた。

 でも、やっぱり私はこの仕事が好きなのだと実感する。

 

「どうでしょうか」

 

 カットし終わり、鏡を手渡した。


「わぁ……ああ……すごい……あんなにボロボロだった髪がここまで元に戻るなんて。いえ、元の髪以上に艶々でとても綺麗になっています。ありがとうございます」


 エアミルさんは手で何度も撫でたり、左右を鏡で確認している。

 その嬉しそうな表情に、私も嬉しくなる。

 この瞬間を見たくて、私は美容師になったんだ。


「あの、急いで帰った方がいいとは思うのですが、もう暗いですし一晩泊まっていきませんか?」

「良いのですか?」

「もちろんです。こんな暗い中返せませんよ。今晩はこのままゆっくりしてください。明日の朝、早めに帰りましょう」

「本当に、ありがとうございます」


 私たちはこの後一緒に夕食をとり、二人でベッドに並んで眠った。

 

 


 

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