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第38話 この世界に来てくれてありがとう

 燕尾服を着て、髪はきっちりセットされたフォティアスさん。あまりに洗練された姿は言葉が出ないほど格好いい。

 やっぱり彼も夜会に行くんだなと漠然と思いながら見惚れていた。

 すると緊張した面持ちでゆっくりと私の前にやって来た。


「レーナ……私と一緒に、夜会に行ってくれないか」

「え?! それって、私がフォティアスさんのパートナーとして夜会に行くってことですか?」

「そうだな」

「一緒にダンスとか踊るんですか?」

「そうだな」


 そうだなしか言わないじゃん! どうして私がフォティアスさんのお相手を?! 夜会には興味あるって言ったけどまさか誘われるなんて思っていなかった。

 

「私、ダンスなんて踊れません」

「心配するな。私も五年踊っていない」

「作法とかわかりませんし」

「そんなことは気にしなくていい」


 夜会の作法どころかこの世界のことだってまだよくわかっていなのに。

 いきなり貴族たちが大勢集まる場に行くなんて不安すぎる。


「ですが……私は貴族ではありませんし」

「身分など関係ない。全て、私に任せておいてくれればいい」

「は……い」


 なんて頼もしい言葉なんだ。

 フォティアスさんの真剣な表情に思わず頷いてしまった。


 そしてそのままフォティアスさんと共に会場である王宮へと向かうことになった。

 エアミルさんにまた会場で、と見送られ馬車に乗り込む。


 向かいに座るフォティアスさんは、何を言うわけでもないのに私をじっと見ている。


「そうだ、このドレスフォティアスさんが贈ってくださったんですね。ありがとうございます」

「誘う側として当然だ。女性の身支度のことはわからないからエアミル嬢に任せてしまったが」


 エアミルさんも人が悪い。はじめからフォティアスさんからだと言ってくれたらよかったのに。本当にびっくりした。まあ驚かせようとしていたんだろうけど。


「どうして私をパートナーに?」

「もうずっと義足だからと理由をつけて夜会には参加していなかったが、足が戻ったのなら参加しろと言われてな。レーナには私の足を取り戻した責任を取ってもらわなければ」


 義足だと面倒ごとを避けられて良かったのに、と意地悪気に笑うフォティアスさん。

 足が戻らなければ良かったとは思っていないと補足していたが、それはちゃんとわかっている。だって、すごく嬉しそうに話しているから。

 でも、足を取り戻したのは私だけれど、パートナーは私でなくてもいいような。フォティアスさんなら他にお相手がいそうなのに。


「フォティアスさんって、恋人とか婚約者とかいないんですか?」

「いたらレーナを誘わないだろう」


 たしかに……。

 これって、夜会に出なければいけないけど、相手がいないから私が選ばれたということだろうか。


 まあ、そんなこと考えても仕方ないか。


「フォティアスさん、誘っていただいてありがとうございます。ドレスもとても素敵で嬉しいです」

「ああ。よく……似合っている」


 珍しく照れているフォティアスさんに、緊張が解れていく。

 どんな雰囲気か興味があったし、全て任せろと言ってくれている。

 なにより、今の自分の姿になんだか気持ちも昂っている。緊張するけどワクワクする。

 せっかくだから楽しもう。


 ――なんて思っていたけれど、あまりにも豪華絢爛な会場、見ただけでわかる高貴な人たちに圧倒されてしまう。


 それに、なんだかすごく見られている。異様なほどに。

 私、なにかおかしい? やっぱり場違いだった? 私が魔術師団長のフォティアスさんのパートナーなんてふさわしくない?


 隣にいるフォティアスさんの顔を見上げてみるけれど、相変わらず涼しげな表情をしている。

 こういう場所に慣れてるんだ。


「どうかしたのか?」


 私の視線に気づいたのか、優しく見下ろしてくる。


「やっぱり、私は場違いような気がしまして。貴族でもないですし」

「そんなことは関係ないと言っただろう。それに君はここにいるだれよりも美しい。自信を持って」


 今日のフォティアスさん甘すぎる。緊張のドキドキと甘い言葉へのドキドキでわけがななくなりそうだ。


 その時、会場から音楽が流れ始めた。

 フォティアスさんは私の手を取り、ステップを踏み始めた。


「ええ?! いきなり踊るんですか?」

「レーナ、力を抜いて」

 

 有無を言わせぬ笑みに、ただ身を任せるしかなくなった。

 とりあえず力を抜き、フォティアスさんの動きに合わせる。すると、何も考えなくても体が勝手に動いていた。

 腕を引かれ、自然と足が出る。腰を回され、ドレスが靡く。

 強い力で引かれているわけではなく、軽やかに導かれる。


 踊れている。踊っている。

 

 すごく楽しい。さっきまでの不安を忘れてしまうほど。


「レーナ」

「はい、なんでしょう」


 踊りながら名前を呼ばれる。


「この世界は好きか?」

「好き、ですけど?」

「そうか。良かった」


 それだけ言うと、黙ってしまった。なんの確認だったのだろう。


 フォティアスさんはあまり思ったことを口に出さないけれど、本当はたくさんのことを考えていて、いつも私のこと気にかけてくれる優しい人だ。

 突然この世界にやってきて、いろいろと大変なこともあった私を心配してくれているのだろうか。

 その気遣いが嬉しいし、安心する。

 

「この世界も、ここの人たちのことも好きです。もちろんフォティアスさんのことも」

「……あ、りがとう」


 私の言葉に驚いたのか、目を見開き顔を赤くしたフォティアスさん。すぐに視線をそらす姿に可愛いな、なんて思ってしまった。


 一曲目が終わり、一息ついているとエアミルさんが声をかけてきた。隣には旦那様のウィルソン公爵もいる。


「レーナ、ダンスとってもよかったわ」

「フォティアスさんのリードが上手だったので」


 エアミルさんはお似合いだったわ、なんて言い嬉しそうに笑っている。

 ウィルソン公爵はフォティアスさんの肩を叩いてニヤついていた。

 そういえば二人は幼馴染だって言ってたよな。


「フォティアス、国王に挨拶はいったのか?」

「行ってない。今日は出席するだけという約束だからまた後日行く」

「大変だな、王子は」


「え? 王子?」


 今フォティアスさんのこと王子って言った? 聞き間違い?


「ちょっと、それは言わない約束だったでしょ」

「あ、ごめん……」


 会話の様子からして間違いではないようだ。

 言われてみればエアミルさんは公爵夫人だけれど、フォティアスさんのことをずっと『フォティアス様』と呼んでいた。それは王子だということをわかっていたからなんだ。


「レーナにはもう打ち明けてもいいと思いますよ」

「そうだな」


 フォティアスさんは困ったように小さくため息をついた。


 ◇


 元々長居はしないつもりだったそうで、私たちはまた馬車に乗って王宮を出る。

 帰りに話をしてくれると言っていたけど、一向に口を開こうとしない。


「あの……フォティアス、様」

「様はいらない。普通にしてくれ」

「はい……。あの、フォティアスさん、さっき言っていた王子って、王子ってことですよね?」


 頭がパニックになっていて、自分でも何を言っているのかわからない。


「王子といっても私は第三王子でそれに側室の子だ。母が亡くなった後は王位継承権も放棄している」


 ネウロン姓は亡くなったお母様の姓らしく、もう王族を抜けているのだという。


「それはつまり、絶対に国王にはならないということですか?」

「ああ。私は魔術師団で働くことが性に合っているからな」


 だからって、国王の息子ということには変わりないよね。


「どうして、言ってくれなかったのですか?」

「言ったところで何も変わらない」

「……そう、ですね」


 確かに私に言ったところでなんのメリットもないな。なにかできるわけでもないし。驚いて恐縮して終わりだ。

 でも、知らなかったことが寂しく感じる。仲良くなれたと思っていた。お互いのことがわかり合えてきたと勝手思っていた。そんなことなかったのに――。


「レーナ」


 名前を呼ばれ顔を上げる。

 すぐ目の前にはフォティアスさんの顔があった。


「君の、誰かのために惜しみなく行動できる力を尊敬している」

「え……?」

「黒呪病を消し去るという誰もなしえなかったことを、異世界から来た君がやってのけた。諦めていたこの足を君が取り戻してくれた。本当に感謝している。そして、そんな君と対等でいたいと思った。だから国王の息子であることは言わなかったんだ。黙っていてすまない」


 魔術師団長だってこともすごいなと思っていた。でも、同じ黒呪病の根絶を目指す者として仲間のように感じていた。

 フォティアスさんにとっては、それが当たり前ではなかったのかもしれない。


 彼の願いは対等でいることだ。だったら私にできることは今まで通りの関係でいること。


「私こそフォティアスさんの気持ちも知らずに勝手に落ち込んですみませんでした。あなたがどんな身分であろうと、何もか変わりません。これからもよろしくお願いしますね」


 フォティアスさんはホッとしたように笑った。


「そうだ、髪が伸びてきたからまた切ってもらえないか」

「もちろんです!」


 前回のカット、ちゃんと気に入ってもらえたんだ。

 美容師にとって繰り返しお願いしてもらえることは一番の喜びである。

 自分を求めてくれているんだと実感することができるから。


 私は美容師という仕事が好きだ。

 それは、この世界に来たからこそ改めて気づけたこと。

 出会えた人たちがいるから頑張ろうと思えた。


 魔法という特別な力を手に入れても私はまだまだ未熟だ。

 けれど、たくさんの人の笑顔を見るために、これからもここで私にできることをやっていく。

 それが、私の生きる意味だと思うから。



「――レーナ、この世界に来てくれてありがとう」





 読者の皆様、いつも本作をお読みいただきありがとうございます。


 フォティアスがまさかの第三王子! なんて事実が発覚したところですが、今話にて第一章完結とさせていただきます。


 現在二章構想中です。纏まりましたら時期をみて投稿する予定ですので、よろしくお願いします。


 最後のセリフはフォティアスのものですが、ジェルバやエアミル、ナタリー、ミゼリカ、ララ、病に苦しんでいた人たち全ての人の想いを込めた言葉になっています。

 突然異世界に連れてこられたレーナでしたが、人との出会いによって自分のやりたいこと、自分らしさを見つけました。

 この先も様々な問題に向き合いながら、持てる技術や力を使って誰かのために行動していくレーナを描いていきたいと思います。

 

 第一章、最後までお読みいただきありがとうございました!

 コメント、評価☆頂けますと大変嬉しいです。

 どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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