第37話 プレゼント
夜会当日の朝、少し緊張した様子のナタリーさんがやってきた。
楽しみにしているけれど、上手くダンスが踊れるか心配なのだそうだ。
「たくさん練習したんですけど、まだ自信がないんです」
「きっと大丈夫ですよ。少しでも自信が持てるように精一杯、綺麗にしますね」
「よろしくお願いします」
昨日、マスターから完成したホットカーラーを受け取った。
カーラー一つ一つに魔石を使っているので手間がかかっているけれど、ちゃんと間に合うように作ってくれた。さすがマスター。本当に感謝しかない。
相談した結果、髪型はハーフアップにすることにした。
ダンスをしたときに、下している髪が綺麗に靡くだろう。
まず、耳より上の髪をホットカーラーを巻いていく。
ホットカーラーでカールをつけておくことで、アレンジした髪がしっかりまとまって馴染んでくれる。毛が飛び出したり、崩れるのを防ぐために重要なのだ。
耳より下のおろしておく髪は、最後にカールアイロンで毛先を緩く巻くつもりだ。
下側の髪はまとめておき、カールをつけた上側の髪のセットをしていく。
まず、頭頂部に小さなブロックを取り髪を結ぶ。結んだところに毛たぼを置き、それをフロントの髪で綺麗に隠しながらまとめていく。
頭頂部にボリュームがあることで一段と華やかになる。
そしてサイドの髪を上下二つにわけ、それぞれツイスト編みをする。少しほぐしてから後頭部に這わせるようにピンで留めた。
おろしている髪を緩く縦巻きにして、前髪、顔周りにもカールつける。
「真っ直ぐでサラサラの髪になりたいと思っていましたけど、カールした髪も綺麗ですね」
「髪の質が整うと色々な髪型が楽しめますよ」
縮れた毛質ではカールをつけても綺麗にはできない。今だからこそ出来る髪型にナタリーさんはすごく嬉しそうだ。
「あの、彼にプレゼントしてもらったバレッタがあるのですが着けていただいてもいいですか?」
ナタリーさんは鞄の中からハンカチに包んだバレッタを取り出す。
バラをモチーフにした金細工の上品なバレッタ。三つ並んだバラの中央にはルビーがはめ込まれている。
「とても綺麗ですね」
「バラが好きな私のために選んでくれたんです」
素敵なプレゼントだな。ナタリーさんとても幸せそう。私は預かったバレッタを髪に留める。
「よく似合ってますよ」
「ありがとうございます。レーナさんのおかげで彼からもらったバレッタがより綺麗に見えます」
これから家に戻りドレスに着替えるらしい。その後、恋人と一緒に夜会に行くそうだ。
「楽しんできてくだいね」
「はい! ありがとうございました」
カールをふわりと靡かせるナタリーさんを見送り、お店の中に戻る。
セットで使ったホットカーラーなどを片付けながら、夜会ってどんなことをするのだろうと考える。
パートナーとダンスを踊る、ということは想像できるけれど、他には何があるのだろう。
立食パーティーとかではないみたいだし、ご飯はないのかな。
ナタリーさんが言うには今回の夜会は規模が大きくて、たくさん人が集まるらしい。といっても爵位のある貴族ばかりらしいけれど。ちなみにナタリーさんは男爵家のご令嬢だ。貧乏男爵家だ、なんて言っていたけれど、爵位があるだけで十分すごいと思う。
今度エアミルさんにどんな感じなのか聞いてみよう。
彼女は公爵夫人だし社交場のことをよくわかっていそうだ。
そんなことを考えていると、お店のドアが開いた。
入ってきたのはエアミルさん。なんていいタイミングなんだ。
いや、それよりどうしたのだろう。彼女も夜会に行くはずだ。いつもとは違うボリュームのあるパープルのドレスに、メイクもヘアセットもバッチリ。もう準備も万端で私がすることもなさそうだし。
「エアミルさんこんにちは。どうかされたのですか?」
「レーナにプレゼントがあるのよ」
「プレゼント?」
「と言っても私からじゃないのだけれど」
エアミルさんはにこりと微笑むと私の手を取り、そして馬車に乗せられた。
どこに行くのかと聞いたら、ウィルソン公爵家だと言う。
エアミルさんのお家? 遊びに招待されたの? そんなわけないよね。わざわざ夜会を控えている日に誘ったりはしないはず。
何をしにいくのかという質問には笑って誤魔化され、言われるがままウィルソン公爵家へと入っていった。
通された客間には、三人の侍女たち。
そして、トルソーに掛けられた一着のドレスがあった。
エメラルドグリーンのオフショルダーのドレス。
裾にはレースがあしらわれいて、とても可愛らしい。
「これは……?」
「プレゼントがあるって言ったでしょ? 私は外で待ってるわね」
エアミルさんはふふ、と笑い客間を出ていった。
全然説明になってないよ! そう思っている間に侍女たちに囲まれ、服を脱がされていく。
「え?! えぇ」
二人がかりでコルセットを締められる。
く、苦しい……。みんなこんな苦しい思いをして着飾ってるんだな。
それにしてもなんで私が着替えているんだろう。
あっという間に着替えさせられ、そのあと椅子に座った。
前からメイクをされ、後ろからヘアセットをされる。
けっこうしっかりしてくれるんだ。
いつもは自分が施術する側なので、されるのは新鮮だ。
私の髪はそんなに長くないけれど、オールアップで纏めてくれている。ボリュームを出しつつポマードで固めながら手際よく進めてくれる。
この世界のセット方法がわかって勉強になるなと思いながら、されるがままに身を任せた。
全て終え、鏡の前に立つ。
「綺麗……」
「エアミル様を呼んで参りますね」
「あ、はい。ありがとうございました!」
侍女たちは出ていき、部屋に一人になる。
華やかなドレスに、自分ではしないような艶やかなお化粧に髪型。
まるでお姫様になったような気分だ。
鏡の前でくるりと回る。
「ふふ」
思わず笑みが零れた。今まで私が施術してきた人たちもこんな気持ちだったのだろうか。
自分の姿に浸っていると、ドアが開いた。
「レーナ! とっても綺麗!」
「ありがとうございます。ところで、これはどういうことなんでしょうか?」
「それは私の口からは言えないわ」
エアミルさんは開けっ放しのドアの外を見ながらほら、と手招きする。
けれど、一向にだれも入っては来ない。
呆れたようにため息をつくエアミルさんは、わざとらしく大きな声を出す。
「レーナ、このまま夜会へ行きましょう。私がいい人を紹介するわ」
「それはだめだ!」
焦った様子で入ってきたのは、正装姿のフォティアスさんだった。




