第32話 帰る方法
衣裳部屋のものを好きに使っていいから毎日着飾ってと言われ、私は自分の部屋まで与えられた。
これがもし気に入られてなかったら、帰してもらえていたかもしれない。そう考えると選択を間違えたかも。でも、気に入られてなかったらその場で命を取られていた可能性も……。
フォティアスさんの足を奪ったほどの魔人だし。
命があるだけましだと思おう。
それにしてもここはどこなんだろう。王都からけっこう離れてるのかな。随分と広い建物みたいだけれど、外の様子はわからない。
部屋で一人自由にさせてもらえるってことは、そう簡単には逃げることができないということだろうか。
与えられた部屋のベッドでこれからどうしようと考えていると、ララさんが訪ねてきた。
「夕食をお持ちしました」
夕食……。今は夜なんだ。言われてみればお腹が空いている。
「ありがとうございます」
テーブルの上に準備をしてくれるララさんにいろいろ聞いてみることにした。
「ここって、王都からけっこう遠い場所ですか?」
「ここは魔界なので近いとか遠いとかはありませんね」
「え? 魔界?! ってなんですか?」
「主に魔人や魔物が住む世界ですよ。もう何千年も前に魔王が討伐されてからは穏やかな無法地帯なので特に危険はありません。まあ、人間の住む下界とは直接繋がっていないので逃げることも助けを呼ぶこともできませんが」
私は今すごくとんでもないところに来てしまっているんだ。魔界の住人は自由に下界と行き来ができるけれど、普通の人間の力ではこの魔界に来ることはできないそうだ。
どんなにあがいてもここからでることはできないということか。
「このお屋敷にはミゼリカ様とララさんしかいないのですか?」
「はい。昔はよくミゼリカ様が人間を連れてきていましたが、最近は気に入った方がいないからと」
「その……、昔いたという人たちはどうなったのですか?」
「ここで生活し、ここで命を終えました。人間は寿命が短いので」
えぇ。じゃあやっぱり連れてこられたら死ぬまでここでいないといけないんだ。それは嫌だ。帰りたい。でも、どうやって帰る?
普通に帰りたいってお願いしてもだめだよなぁ。
「ミゼリカ様はどんな方なのですか?」
「ミゼリカ様はとても情に厚く、一度手に入れると生涯大切にされます。一族に捨てられた私を拾いここに置いてくださるお優しい方です。レーナさんも悪いようにはならないと思います」
ララさんはミゼリカ様のことが好きなんだなと、その口ぶりからよくわかる。
確かに物は大切にするのかもしれない。何百年も前にとってきて一度も着こなせなかった着物をちゃんと畳んで置いておくのだから。
でも、それらは人間から奪ったもの。そして私のように無理やりここに連れてこられた人たちもいる。
フォティアスさんの足も……。
「あの私、帰りたいのですけど」
「それは私が決めることではありませんので」
それもそうか。やっぱり自分でどうにかする方法を考えなければ。
ミゼリカはこの世界に飽きたと言っていた。だから楽しませろと。でも、私に飽きてしまったら?
夕食を取り、とりあえず寝ようと思ったけれど……眠れない。
ずっと冷静を装ってはいるけれど、すごく不安だ。怖くて怖くて仕方がない。これから私はどうなっていくのだろう。
この世界に来て私はやりたいことを見つけた。自分の力が誰かのためになるのだと思えるようになった。こんなところでこのまま着せ替え人形のようにずっとここで彼女の機嫌をとって生きていなかいといけないなんて嫌だ。
逃げられるとは思っていないけれど、眠ることもできないので部屋を出てみた。
長い廊下に、たくさんの部屋。こんな広いお屋敷にずっと二人で暮らしているのだろうか。普段ミゼリカ様は何をしているのだろう。
いろいろと考えながら屋敷の中を散策していると、廊下の突き当りまで来てしまった。
そろそろ戻ろうかと踵を返そうとしたけど……なんだかすごくこの部屋が気になる。
突き当りの普通の部屋だけれど、他の部屋には感じないものを感じる。
体に流れる魔力がじりじりするような、違和感。
私はおそるおそるドアを開け、中に入った。
「ひっ……なに、これ」
そこには、指や眼球、動物の翼のようなもの、様々な生き物の身体の一部が透明な液体に漬けられ並んでいた。
これは全部、ミゼリカ様が取ってきたもの?
「なにしてるの?」
「ミ、ゼリカ様……」
「綺麗でしょ? このフェニックスの瞳なんてまるでルビーみたいよね」
ミゼリカ様は部屋の中へ入ってくると赤い眼球の瓶を手に取り、恍惚の笑みを浮かべる。
「生き物をそんなふうに扱うなんて……」
「あら、人間だって動物の肉を喰らうじゃない。こうやって愛でているだけ私のほうが慈悲深いと思わない?」
たしかに私たちも肉を食べる。でもそういうことじゃない。決して命を弄んだりはしない。
いや、この魔人にとってはそんなこと関係ないのか。
「どうしてこんなことを?」
「もちろん綺麗だからよ。美しいものが私の心を満たしてくれるの。さっきのあなたもとっても綺麗だったわよ」
ミゼリカ様は本当にただ、自分の欲求を満たすためにこんなことをしているんだ。
そこでふと、奥の棚に置かれている大きな瓶が目に入った。
少し離れているのではっきりとは見えないけれど、あれは人の足だ。
「フォティアスさんの足……?」
「フォティアス? ああ、あの魔術師の男? 良い男よねぇ。中性的な顔立ちにバランスの良い体型。すっごく好みだったのよ」
「……返してください」
「なあに?」
「フォティアスさんの足、返してあげてください!」
「私のところに来たら返してあげるって言ったんだけどねぇ」
こんなところ、来るわけないじゃない。一生おもちゃのように扱われるなら、義足の方がましだと言うフォティアスさんの気持ちもわかる。
でも、今私の目の前にあるものを諦めたくないと思ってしまう。
「どうしたら返してもらえますか?」
「あなた、彼のことが好きなの?」
「そんなんじゃありません。とてもお世話になった大切な方なんです」
「ふーん。あなたが代わりに私を満足させてくれたら返してあげてもいいわよ」
「私が一生ここであなたを楽しませないといけないということですか?」
「帰りたいの?」
「当たり前ですっ!」
突然連れてこられて、こんなとことに閉じ込められて、帰りたいに決まっている。
思わず声を荒げてしまって怒らせるかと不安になったが、ミゼリカ様は終始ニコニコとしている。
「気が強い子は嫌いじゃないわ。さっき言った通りあなたが何か私を楽しませるものを用意できたら返してあげてもいいわ。あの足も、あなたもね」
ミゼリカ様は楽しそうに笑うと部屋を出ていった。
代わりになるものを用意……。そんなの、どうやって用意すればいいんだ。
でも、これで満足してもらえれば帰ることができる。フォティアスさんの足も返してもらえる。
楽しませるもの。楽しませるもの……。
私は部屋へ戻りひたすら考えながら、いつの間にか眠りについていた。




