第31話 魔人ミゼリカ
フワフワとした感覚。なんだか気持ちいい。
――あれ、でも私……。
「はっ! え? ええ?!」
目を覚ますとなぜかフワフワフカフカの特大ベッドの上。天井はまるで絵画のような模様をしているし、なんだかすごく上品でいい香りもする。
「あら、目が覚めたのね」
声のする方に目を向けると、ソファーに座り優雅にお茶を飲む妖艶な女性がいた。
胸元が大きく開き、ボディラインが強調されたAラインのドレスを着ている。ルビーのような瞳にホワイトシルバーの髪は異様な高貴さを醸し出していた。
というか、この人は誰?! ここはどこ?!
起き上がり部屋を見渡すと、たくさんのダイヤモンドがあしらわれた大きなシャンデリア、壁中に掛けられたアクセサリー、銀色に輝くの毛皮のコート。
目がくらくらしそうなほど煌びやかなこの場所。普通の人間には思えない目の前のこの女性……。
「ミ、ゼリカ……」
「私のことを知っているの? 最近は大人しくしていたから忘れられたかと思っていたわ」
知っていると言っても教えてもらったばかりで、それもあまり気にしていなかった。
まさか本当に攫われるなんて。フォティアスさんがあんなに心配してくれていたのに。
「どうして私をここに?」
「私ね、すごく退屈なの。この世界に飽きてるのよ。だからあなたに楽しませてもらおうと思って?」
「楽しませるって一体なにをすれば……」
この世界に飽きたから私を攫ったってことは、私が異世界から来たことをわかっているのだろうか。
美しいものを集めていると言っていたけれど、集めて何をするのだろう。
私は、ここでどうなるのだろう。
「とりあえず、着替えてくれない?」
「着替え?!」
部屋の扉が開き入ってきたのは、白い髪でボブカットの耳の尖った少女。
彼女の手には派手な刺繡のされた赤い真っ直ぐな布。
無言で渡されたので広げてみる。
「これ……着物?」
綺麗に畳まれていたので長方形の布に見えたけど、質の良い着物だ。
この世界に着物なんてあるんだ。どこかに日本のような和の国もあるということだろうか。
「その金糸の模様が気に入ってもう何百年も前にとってきたけど、誰も着こなせないのよねぇ」
なぜ着替えなければいけないのか分からないが、この人はフォティアスさんの足を奪った恐ろしい魔人だ。下手に拒否をすればなにをされるかわからない。素直に言うことを聞いておいたほうがいい。
「あの、この着物の帯はないのですか?」
「帯? とはなに? その布しかとってきてないわ」
着物を知らないんだ。ただ綺麗だったからとってきただけ。ということは襦袢だとか半衿とか帯締めとか諸々必要なものはないいんだな。
職業柄一応着付けはできるけれど、道具が揃っていないなら羽織るだけしかできない。
でも着こなせってことはそれだけではだめだよなぁ。
「他の洋服や小物なども使わせて頂くことはできますか?」
「ええ。かまわないわよ。ララ」
「はい、ミゼリカ様」
「彼女をあの部屋に案内して」
「かしこまりました。レーナ様、こちらへどうぞ」
ララと呼ばれた少女は扉を開き、ついてくるように促してくる。私は黙って部屋を出る。
この場所に来て一度も名乗っていないのに名前を知られているなんて。どうして知っているのだろう。
それにこの建物、さっきの部屋も今歩いている廊下も窓が一つもない。
どんな場所に連れてこられたのかも想像がつかない。昼なのか夜なのか、どれくら時間が経ったのかもわからない。
フォティアスさん、心配しているだろうか。
大人しくしていたら助けにきてくれるだろうか。
今はまだ着替えろと言われただけで何も危険な目に合ったわけではないけれど、これからどうなるかはわからない。
もし誰も助けにきてくれなかったらどうしよう。
いや、助けにきてもらうことより自分でなんとかする方法を考えなければ。
ララさんに案内され入った部屋は、所狭しと様々な種類の洋服が並び、開けっ放しのタンスにはアクセサリーや装飾品などが溢れんばかりに入れられた、壮大な衣裳部屋だった。
「こちらにあるものお好きにお使いください」
「ありがとうございます……」
とにかく今は魔人ミゼリカ様に満足してもらえるように着こなすことを考えよう。
部屋にあるものを物色させてもらい、使えるものがないか探す。
中に着るものと帯の代わりになるものは欲しいな。
すると、タンスの中に金色のサテン地のスカーフを見つけた。これが使えそう。
あとは……これにしよう。
手に取ったのは編み目が花柄になっているレースのワンピース。長襦袢の代わりにこれを着よう。
こんなスケスケのワンピースを単体では着られないけれど、着物の中でちらりと見えるのはアクセントになって可愛いはずだ。
アクセサリーもいくつか拝借し、和と洋を掛け合わせた着こなしでいこうと思う。
下着の上からレースのワンピースを着て、その上に着物を羽織る。そしてスカーフを腰に巻いてリボンを作ってと……。
「ミゼリカ様はセクシー系がお好きです」
「え……そうなんですか」
着替えていると、じっとこちらを見ていたララさんが呟いた。
セクシー系かぁ。今は普通の着物を着るように襟を合わせて裾も揃えていたけど、もっと工夫したほうがいいのかも。
私はスカーフを解き、着物を羽織り直すと襟を大きく抜く。
中のレースが強調されるように胸元はできるだけ開き、おはしょりは作らず裾はそのまま引きずるようなかたちに。
なんだか花魁っぽいかも。でもセクシー系が好きならいいよね。
耳には大きなリングのイヤリングをつける。
イヤリングをつけながら鏡を見ていたらすごく物足りないなと感じた。
「すみません、お化粧品ってありますか?」
「ありますよ。少々お待ちください」
ララさんは部屋を出て、少しすると両手に大きな籠を抱えて衣裳部屋に戻ってきた。
籠を渡され中を覗いてみると、たくさんのメイク道具が入っている。
私はその中から赤いシャドウ、赤いリップを選び、普段は絶対にしない舞台メイクのような派手なメイクを自分に施していく。
そしてヘアセットも。さすがに自分で日本髪はできないけれど、トップにボリュームは残しつつ、キュッと縛りあげ、夜会巻きのように纏めた。
「おお。意外と似合うもんだな」
仕上がった自分を見てなかなかいい感じにできたと頷いていたら、ララさんが関心したように私を見上げる。
「すごいですね。先ほどとはまるで別人です。これならミゼリカ様もお気に召すと思います」
良かった。これで怒らせることはなさそう。
私はララさんと一緒にミゼリカ様の部屋へと戻った。
「――とってもいいじゃない! その服、腰を縛るといいのね」
ミゼリカ様はソファーに座ったまま足を組み、手のひらを合わせにこりを微笑む。
すごくご機嫌だ。
「ありがとうございます」
「それに服だけじゃなくて、顔と髪も変えてくるなんてあなたやり手ね。気に入ったわ。これからずっと私を楽しませてね」
「え?! これからずっと?!」
ずっとっていつまで? 死ぬまでずっとってこと?
もしかすると、私はなにか間違えたかもしれない。




