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第3話 魔女の家

 ジェルバさんは鮮やかなブルーのローブだけを残して消えた。

 魔女って、死を迎えると消えるんだ。

 なんてぼんやり思いながらローブを拾い、立ち上がる。


 広い洋館のような家に一人になり、急に異世界に来たんだという驚きと不安が湧いてくる。


 家の中を見渡すと、四人掛けのテーブルに、たくさんの薬品らしきものが並んだ棚、その横には本棚、奥にはキッチンがある。

 キッチンの横にはまるで研究室を切り取ってきたかのような空間があった。

 大きな窯に鍋、作業台の上にはすり鉢やビーカーのようなものが散乱している。


「あそこで薬を作ってたんだ」


 それにしても、広い家だ。よく見ると家具とか装飾はすごく高そうなものばかりだし。

 玄関扉の横には螺旋階段があり、子柱には金細工が施されている。

 森の中の魔女の家って小屋みたいなものをイメージしていたけど――


「シャンデリア綺麗……」


 なんとも豪勢な家だ。

 このローブも、ローブなのになんだかおしゃれ。

 ラックには他にも何種類ものローブがかかっている。その日の気分で変えたりしていたのだろうか。

 なんだか、ジェルバさんの好みがよくわかるな。

 全部くれるって言っていたし、私も着てもいいのかな。


 一通り部屋を見渡してから、ジェルバさんが言っていた、テーブルの上にある手帳を手に取る。椅子に座り一ページ目を開くと『黒呪病』と大きく書かれてあった。

 ジェルバさんの言っていた疫病って、この黒呪病のことなのだろうか。パラパラとページをめくってみたけれど、分厚い手帳の半分以上がこの黒呪病についてのことが書かれてあり、その後は他の病気や怪我などに効く薬について書かれていた。

 そしてよく読んでみると、所々ジェルバさんの日記のようなものが書き込まれてあることに気づいた。


『師匠の研究を受け継いで五十年、やっと黒呪病の薬が完成した。師匠が研究を始めてから四百年かかったけれど、これでやっとこの国の人たちを長年苦しめてきた病から救うことができる』


 四百年かけて作った薬……。そして、それから三百年この国の人たちを守り続けてきた。

 そんな薬を私がつくらないといけないんだ。


 次のページには黒呪病という病について書かれてあった。


 原因が不明で、放っておけば必ず死に至るおそろしい病。両手足の指先からまるで墨のように黒く染まっていく。黒く変色した部位は痛みを伴う。

 指先から四肢、体幹へと徐々に広がり、全身が黒く染まったとき死に至る。

 これまでは特効薬はなにもなく、ただ黒く染まっていく体と迫りくる死に怯えながら、最後を迎えるしかない呪いのような病だった。

 薬が完成してからは完治させることのできる、死におそれることのない病になっている。


 けれど、その薬も万能ではないらしい。一度黒く染まった指先は元の色に戻るのに時間がかかるのだそうだ。人によれば薄くはなっても一生消えないこともある。


 痕が残るのか。でも、命が助かるのに越したことはないよね。

 

 私はそのまま薬の作り方を読んでみる。


 家を出て南へ二キロの所に育つ白耀樹の実を乾燥させ、粉末にする。その粉末に裏庭の泉に湧く聖水を加え、魔力を流し込みながら透明になるまで煮れば完成。

 

 一見簡単そうには思う。木の実を乾燥させて粉末にして水入れて煮るんだよね。でも、魔力を流し込みながらっていうのがいまいちイメージわかないな。

 それより、木の実を採りにいくのに二キロも歩かないといけないのか。工程は簡単でも体力がいりそうだな。


 まあ、無理はしなくていいって言ってたしゆっくりやっていこう。


 手帳を閉じ、立ち上がる。と同時にお腹が鳴った。

 

「お腹、すいたな。畑もあるって言ってたよね。見に行ってみよう」


 私は玄関の大きなドアを開き外へ出た。

 窓から見えていた景色は木々が生い茂っているだけだったけれど――


「わあー。すごい」


 そこには見たことのないたくさんの鮮やかな草花、木漏れ日が差し込みキラキラと輝く木々が揺れていた。

 暗い森の奥深くなのかと思っていたけれど全然そんなことない。

 綺麗で明るくて穏やかな空間に、思わず深呼吸をしていた。


 気持ちいい場所だ。大きく息を吐き視線を下に向けると、畑を見つけた。

 野菜のようなものがいろいろ育っているけれど、見たことないものばかりだ。

 畑って言ってたし、全部食べられるものだよね?

 私は適当に数種類抜き取って家に入った。


 煮込んでスープでも作ろうとキッチンに野菜を並べたけれど、水が……ない。シンクっぽいものはあるけれど蛇口がなかった。


 もう一度外に出る。井戸的なものを探すけれどそれもない。

 まさか水なしで生活するわけじゃないよね。

 そこでふと思い出す。


 裏庭の泉……。私は家の裏に回った。


「これが、聖水」


 それほど大きくはないけれど、まるで発光しているかのような黄金に光る泉があった。

 飲んでいいものなんだよね? と不安になりながらもおそるおそる家から持ってきた桶に水をすくう。


 桶にすくった水は無色透明のごく普通の水だった。

 水が光っているわけではないんだと、どこか安心しながらまた家へ戻った。


 鍋に火をかけ、畑から採ってきた野菜を一口サイズに切り鍋に入れる。

 棚に並んでいる調味料を、味見をしながら加え味を調える。よくわからない材料ばかりだったけれど、以外と美味しくできた。


 驚いたのは戸棚の中の籠に入っていた、たくさんのパンだった。

 こんなにたくさんのパン、食べきる前にカビが生えてしまわないのだろうかと思ったが、どれも焼き立てのパンのようにふわふわで良い香りが漂っていた。

 買ったばかりなのかとも思ったけれど、食べかけのフランスパンは半分以上減っていて、それでもこの状態なのはなにか秘密があるはずだ。

 

 そして戸棚をよく見てみると『クロノロック』と書かれてある。


「時を、封じる?」


 ということは、この戸棚の中は時が止まっているということだろうか。

 さすが魔女の家。


 私はできたスープとパンを持ってテーブルにつく。


「いただきます」


 手を合わせ、パンをちぎって口に入れる。


「美味しい!」


 籠からロールパンを選んで食べたが、バターの濃厚な香りとふわふわの食感がたまらない。

 こういう時って口に合わないことがよくあるって聞くけど、すごく美味しい。


 本当に生きていくのに不自由はしなさそうだ。食料もたくさんあるし。

 でも、お肉はおいてなさそう。ずっと野菜とパンだけでは物足りなくなりそうだし街とかに買いにいかないといけないのかな。

 そういえば、街へ行くときの注意事項みたいなことを書いているページがあった。


 テーブルに置いたままの手帳をパラパラとめくり、目的のページを開く。


 街へ行くときは身分を明かさないように注意すること。

 この森に住んでいる魔女だと知られると騒ぎになるため。

 一般的な令嬢と変わらない洋装をして出かけ、不用意な人との接触は避ける。


 その他、信頼できる馴染みのお店も書かれてあった。

 雑貨店や服飾店、食品店、美味しい露店なども詳しく記されている。季節ごとに綺麗な花を咲かせる公園や、王都が一望できる秘密の灯台などのスポットも。


 ジェルバさんってけっこう活発的な人だったのかな。

 三百七十二年も生きていたらいろいろ知ってるよね。


 ご飯を食べて手帳を読んでいたら、なんだか眠くなってきた。

 私は食べ終わった食器を片付け、もう一度部屋を見渡してから階段を上る。


 きっと寝室は二階にあるのだろう。

 螺旋階段を上った先には扉はひとつだけだった。迷うことなくその扉を開け中に入る。


「……すごい」

 

 広い部屋の真ん中には天蓋が張られた大きなベッドがあり、ドレッサーやクローゼット、キャビネットなどが置かれている。

 どれも同じ柄で統一され、すごくおしゃれだ。

 青空のような澄んだブルーに金縁の家具たち。真っ白な天蓋とシーツはまるで雲の上のよう。


「こんな部屋に憧れてたんだよなぁ」


 子どものころに観たプリンセス映画に出てくる部屋みたいだ。

 靴を脱ぎ、ベッドに寝転ぶ。

 ふかふかで気持ちいい。

 

 なんだか、久しぶりに眠るような気がする。

 夜遅くにお店を出て、そしたら急に異世界に来て、ジェルバさんに薬師を継いでくれと言われて。

 突然のことにまだ完全に頭が追い付いていない。

 でも、不安のなかに少しのワクワクがある。

 こんなに素敵なお家に住めるなんて。

 それに、さっきドレッサーの鏡を覗いたけれど、やっぱりアザは跡形もなく消えていて、アザがなくなるだけで顔がすごく綺麗に見えた。


 これが、魔法の力なんだと実感した。


 私もこんな魔法が使えるんだということに、どこか高揚感がある。

 明日また手帳を読んで薬のこと勉強してみよう。私の好きにしてもいいって言ってたし、いろんなこと試してみたい。


 黒呪病の薬を作るのも頑張ってみよう。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。

 


 

 

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