第24話 ジェルバの願い
家にはたくさんの化粧品があった。きっとジェルバさんは自分でもいろいろと試していたんだ。薬が効かないから、化粧でなんとか隠してしまおうと。以前の私と同じだ。
目の下から頬骨に広がるそばかすはきっとコンプレックスだっただろう。
それにしても、容姿は関係なく、年齢的な見た目は私とほとんど変わらない気がする。実際は七百歳以上なはずなのに。
「若さを保つ秘訣とかあるんですか?」
「それは、魔力量が関係しているわね」
「魔力量?」
「魔力が多ければ多いほど老化の進みが遅いってことよ」
その上ジェルバさんは三百年前に一度黒呪病で亡くなってから、体の時は止まっているらしい。
魔力で見た目年齢が変わってくるなら、やっぱりこの世界の人は見た目では判断できないなと再確認した。
「ジェルバさん、このお薬は魔術師団の方に作ってもらったものです。これならきっと効きますよ」
ジェルバさんが作っていた塗り薬をそのまま師団さんに作ってもらった。薬自体はとってもいい薬だ。魔力が変わればジェルバさんにも効果があるはず。
私は中指でスーッと薬を塗り込む。そばかすの濃いところから、顔の外側に向けてムラなく丁寧に。
すると、すっと肌になじみ、あっという間にそばかすは消え、ハリのあるなめらかな肌になった。
ジェルバさんは鏡を見ながら顔をペタペタと触り、目を滲ませている。
「ジェルバさん、あなたはもっと人を頼ってもよかったかもしれません」
自身の魔力で作ったものが効かないのなら、今回のように誰かにお願いすれば良かったのだ。
婚約者のことも、友人のことも、一人でなんとかしようとせずに周りに助けを求めればよかったかもしれない。そうすれば抱えきれない感情が暴走してしまう前に、どうにかできたかもしれない。
「そうね……気づくのが遅すぎたわ」
肌が綺麗になったところで私はお化粧をはじめた。家にあったおしろいでベースメイクをして、アイメイクをする。可愛い雰囲気が好きだと言っていたので、目が丸く大きく見えるように黒目の上を中心にグラデーションを入れる。
そして私はビューラーを取り出した。それも、普通のではなく、ホットビューラーだ。
実はこれをお願いするためにマスターのところへ行き、コームも一緒に作ってもらった。
原理はヘアアイロンと同じなので、それを睫毛に使うものだと説明し、作ってもらったのだ。
「この道具を使って睫毛にカールを付けたいと思います」
「睫毛?」
「少しびっくりするかもしれませんが、力を抜いていてください」
私はビューラーで睫毛を挟み、少しずつずらして角度を上げながらカールをつけていく。
目元のメイクを変えるだけで印象は随分と可愛らしくなるはず。
それに睫毛はとっても重要だ。エアミルさんのときにはできなかったけれど、ビューラーでしっかりと睫毛を上げて、ブラウンのマスカラを塗る。これも新しく作ったものだ。
ブラックと二色作っておいたが、可愛らしく、それでいて柔らかい印象になるように今回はブラウンを使うことにした。
しっかり睫毛を上げることで、ジェルバさんの綺麗な青い瞳がよく映える。
フルメイクを終え、鏡を見るジェルバさんはひどく驚いている。
「お人形さんみたい」
「とっても可愛らしいですよ」
サラサラのブロンドに青いメッシュの入った髪。柔らかく可愛らしい印象の顔は、唯一無二の美しさを持っている。
我ながら、いい仕事をしたと思う。それは、ジェルバさんの表情からも伺える。
「これで、彼女の隣に並んでも自信を持って歩けるかしら……」
ぼそりと呟いたジェルバさん。私の予想が確信に変わっていく。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、ジェルバさんとリアナさんは、ただのご友人だったのでしょうか?」
「レーナ、あなたは本当に……。そうよ、私たちはただの友人ではなかったわ。お互いに想い合っていた。決して人には知られてはいけない関係だったのよ」
やっぱりそうだったんだ。
フォティアスさんに聞いたけれど、この世界では同性の恋愛は認められていないそうだ。
政略結婚が当たり前に行われているし、恋心を諦め、好きではない人と結婚することが当たり前。
だから二人とも、権力に逆らうこともできず、婚約、結婚してしまった。
でも、今回はジェルバさんの願いを全て叶えると決めている。些細なことでも、たとえ過去のことであったとしても、全ての想いが報われるように。
そのためにいろいろと準備をしてきたのだ。
私はフォティアスさんに視線を向ける。そしてフォティアスさんはある書類を取り出し、ジェルバさんに渡す。
「え……? ウィルソン公爵家の、養子?」
年齢的に養子だなんておかしな話だが、書類上、ジェルバさんはエアミルさん夫妻の養子になった。
この世界では良くも悪くも権力がものを言う。だから伯爵以上の地位をジェルバさんに与えることにした。
そして、フォティアスさんはもう一枚の書類を取り出す。
「これは、特別に用意してもらったものだ」
「……こんなことが、ありえるの?」
それは、グロリアとリアナの婚姻証明書だった。
「私が元いた世界では同性婚が認められている国もありました。私の住んでいた国は結婚は認められていませんでしたが、同性のパートナーシップという制度なんかがありました。想い合う人たちは結ばれて良いと言うことです」
「でも、ここはレーナがいた世界とは違うわ……」
「そこはフォティアスさんになんとかしてもらいました!」
「国王の前であんな屁理屈を捏ねたのは初めてだったぞ」
この国の法律は生きている人間に対して適用されるものであり、死者と婚姻を結んでも問題はないとかなんとか言って了承を得たらしい。最後には黒呪病を根絶するためだからと頷かせたそうだ。
「人は誰しも、その想いを尊重されるべきなのです。幸せになれる権利があるんです」
美しき公爵家の娘と、愛する人との婚姻がここに成立した。
リアナさんはもういないし、こじつけにこじつけを重ねた関係ではあるけれど、いろいろな事を経てきた今だからこそ結ばれる関係だ。
「二人とも、本当にありがとう。リアナに報告にいかないとね」
瞳に涙を浮かべるジェルバさんは、婚姻証明書を胸に抱え立ち上がった。




