第13話 ヘアアイロン
『この森に入って美しくなれる魔法をかけられた』
本当に、そんな魔法が使えたらいいのにと思う。
杖を振るだけで全身がキラキラと光り、美しいプリンセスになるような。
けれど、この異世界においてもそう簡単にいかないことは身をもって実感している。それでも、この世界には魔法はあるのだ。
使い方次第できっとなんにでもなれる。
以前の私ではできなかったことが、できるようになった。
だから、できるだけのことはしたいと思う。
私便箱に入っていた依頼の手紙には、差出人の想いも綴られていた。
生まれつき縮れ毛の十五歳の少女はサラサラで真っ直ぐな髪に憧れながらも、仕方ないと自分の髪を受け入れてきた。けれど、好きな人ができた。その人が真っ直ぐな髪が好きだと言っていたのを聞いてしまったそうだ。自分に自信を付けて彼に告白したい。
初々しくて切ない想いだと感じた。
エアミルさんのことが噂になっているとはいえ、長年怖い言い伝えのある森の魔女に頼むのは勇気のいることだろう。そこまでしてでも、どうしにかしたいと思っているということ。
私は、そんな想いが報われる手助けをしたい。
これが、美容院に来たお客さんならすぐに縮毛矯正をするんだけれど、そうもいかない。
縮毛矯正はまず髪を柔らかくする一剤を塗布し、そのあとアイロンで癖を伸ばしていく。全頭アイロンをあて終わったら二剤を塗布して真っ直ぐになった髪を定着させる。
けっこう時間と手間のかかる作業だ。
薬剤は魔法を使えば作れるかもしれない。でも、ストレートアイロンなんてものはない。
だから、ダメもとでフォティアスさんにお願いしてみた。
ヘアアイロンを作りたいと。
そうしたら後日、王都でも腕利きの魔道具師のお店を紹介してくれた。
初めてだからとフォティアスさんもついてきてくれ、今はその魔道具店に来ている。
街の大通りから少し外れた路地裏にあるそのお店は、看板もなく外からは何のお店かわからない。
中に入るとモノクルをかけた長い白髭の男性が新聞を読んでいた。
「マスター」
フォティアスさんが声をかけるとマスターは顔を上げる。
私も軽く頭を下げると、目尻に皺を寄せて優しく微笑んでくれた。
「レーナさんだね。フォティアスくんから話を聞いて試作品を作ってみたんじゃが」
マスターはそう言って二本の棒を取り出した。長方形に模られ、まるで火の用心の拍子木みたいだ。一面には鉄のプレートのようなものが付いている。
そしてマスターはその二本の棒のプレート面を向かい合わせると、自身の髭をぎゅっと挟んでスライドさせる。
「ええ?!」
予想外の行動に驚いてしまったが、挟んだ髭は真っ直ぐに伸びている。
マスターは伸びた髭を指で撫でながら、どうだと言わんばかりの笑みを浮かべている。
けっこうお茶目な人なのかもしれない。
それより、私が作りたかったものをあらかじめ伝えてくれていたんだ。
この前フォティアスさんにヘアアイロンを作りたいと言ったときは、自分にはよくわからないから人にお願いすると言っていたけど。ここまでしてくれていたなんて。
「レーナが欲しかったものはこれか?」
「はい。少し改良したいところはありますが、用途や性能はイメージ通りです。マスターもフォティアスさんも、ありがとうございます」
「細かい要望でもなんでも言っておくれ。作ったことのないものを作るのが好きなんじゃ」
仕事柄、全く同じものを作ることを頼まれることがよくあるが、一度作ったものをもう一度作るより新たに改良して違うものを作るのが楽しいのだとマスターは笑った。
私はお言葉に甘えてたくさん要望を伝えた。
まず、二本の棒は片側の端をつなげて火ばさみのように片手で挟めるようにして欲しい。
そしてプレートの面はできるだけ隙間をなくしてピッタリとつくように。もう少し小さく、スリムに。
試作品を見ながらここはこう、と説明する。マスターは細かい要望も嫌な顔ひとつぜず真剣にきいてくれた。うんうんと頷き、すぐに作り直してくれるという。
「ところで、どうやってこのプレートを温めているのですか?」
コンセントに差して電気を通しているわけでもないし、火をつけたりしてるわけでもない。
「火の魔力を持つ魔石だろう」
「火の魔石……?」
「そうじゃ。これは人工のものだから長くはもたないがな」
この世界には天然の魔石と人工の魔石があるらしい。
天然の魔石はいわゆる魔物が持つ核。核自体が魔力でできていて、半永久的に魔石として使える。希少価値があり、魔物のランクによっても変わってくるが、天然というだけでそれなりの値段がするそうだ。
人工の魔石は鉱石にそれぞれの属性の魔力を込めて作られたもの。魔力を消費すれば効力はなくなるらしい。
「ちょいと値段は張るが、完成品に天然の魔石を入れることもできるぞ」
今後のことも考えて、繰り返し使えた方がいいだろう。でも、値が張るってどれくらい?
正直まだこの国の金銭感覚というものがわかっていない。
私便箱の中には少女の手紙と共に銅貨五枚が入っていた。この金額で薬を作ってくれということなんだろうけど、薬の値段もどうすればいいのだろう。
黒呪病の薬を作ったときはフォティアスさんから金貨三枚をもらっている。黒呪病の薬は特別なものだから金額も高いのだろうけど、それぞれの硬貨がどれくらいの価値があるんだろうか。
まあ、今お金のことを気にしてもしょうがないか。
とりあえず、やってみよう。
「マスター、天然の魔石でお願いします。値段はいくらですか?」
「サラマンダーの魔石で金貨五十枚ってとこだな」
「ではそれで」
「レーナ、本当にいいのか? 金貨五十枚なんて」
フォティアスさんは心配そうに私を見る。たしかに私が自ら稼いだお金といえば先日の金貨三枚だけだけど、あの家にはジェルバさんが貯めていたであろう金貨がたくさんあった。
あまり手を付けないほうがいいかと思っていたけど、全部くれるっていってたし、これは必要経費だし、これから私も貯めていくので使わせてもらおうと思う。
「大丈夫です!」
二日あれば完成するだろうとのことだったので、明後日また代金を持ってお店に来ることになった。
これで、ヘアアイロンは準備できる。帰って薬をつくらないと。




