第11話 病の原因
病室の隅でしばらく眺めていると、看護師らしき女性が駆け寄ってきた。
「フォティアス様、お疲れ様です。お声をかけてくださればよかったのに」
「いや、今日は新人の彼女と様子を見に来ただけなんだ」
新人?! ってなんの新人? 新人魔女ってこと?
フォティアスさんが私に顔を向けると、女性も私のほうを見る。
「はじめまして、エマといいます。よろしくお願いします」
「はじめまして……レーナです」
よくわからないまま自己紹介をした。
「昨日来た患者の様子はどうだ」
「薬のおかげで進行は止まりましたが、やはり痛みはひどいようです。完治するまでには時間がかかると思います」
「そうか。痛み止めを投与して経過をみてくれ」
「わかりました」
エマさんは私たちに頭を下げると戻っていった。
なんだか、フォティアスさんて医者っぽい。そういえば、この世界に医者っているのかな。
薬師は他にもいっぱいいるみたいだし、病気とか怪我は全て薬で治すのだろうか。
そこでふと、戻っていくエマさんの手が目についた。患者のように真っ黒ではないけれど、両手の指先から手首までが黒ずんでいる。
「フォティアスさん、エマさんのあの手は……」
「ああ。彼女も以前、黒呪病患者だったんだ。もう何年も前のことだがあのアザは消えていない」
人によれば一生アザが消えないこともあると手帳を読んで知ってはいたけれど、実際に目にするとすごく心が痛んだ。
仕方のないことだと割り切るしかないのだろうけど、どうにかできないのかと考えてしまう。
でも、ジェルバさんにもどうすることもできなかったことを、私がどうにかできるのだろうか。
「そういえば、新人って何のことですか?」
「黒呪病の薬を作っている魔女だと言うわけにはいかないから、魔術師団の職員ということにしておいた」
「魔術師団の職員?!」
「この黒呪病の療養施設は医術師が管轄する病院とは違って、魔術師団が管轄する研究施設でもある。よく師団員が来ているから新人が来たと言えばだれも気にしない」
「研究施設というのは、どういうことですか?」
「黒呪病を根絶させるための研究だ――」
それは、ジェルバさんの手帳には書かれていなかった黒呪病に関する出来事だった。
黒呪病がこの世界に蔓延し始めたのは約七百年前。一番初めに発症した患者は魔女の呪いだと言い残して亡くなったと言い伝えられている。
それから徐々に発症者が増えていき、薬の研究が進められたが、薬が完成したのはその四百年後。
それまでたくさんの薬師が黒呪病の薬を作ろうとしていたがどんな薬も効かず、ジェルバさん以外の薬師は諦めていったそう。
ジェルバさんが薬を完成させてからは完治する病になったが、それでも重い病として人々を苦しめている。
そんな中、王宮魔術師団では黒呪病を根絶する研究が行われていた。
病原体はなく、なぜ発症するか不明のこの病だが、最初に発症した患者の言った魔女の呪いというのが事実かもしれないとわかってきたそうだ。
もし、原因が呪いなら、呪いを解くことでこの病を消し去ることができる。
その呪いの根源を突き止めるために、この療養施設で治療を施しながら研究をしているそうだ。
黒呪病。黒く呪われる病……。本当に呪いだなんて思っていなかった。
「ジェルバさんは魔術師団の研究のことは知っていたのですか?」
「知ってはいたが、関与はしていなかった。彼女はただ薬を作り続けていただけだ」
関わっていなかったから、手帳に書いていなかったのかな。
手帳に書かれてあることが全てだと思っていたけれど、そうではないみたいだ。
ちゃんと自分の目で見て、聞いて知らなけれないけないことがたくさんあるのかもしれない。
「あの、患者さんにお声をかけてもかまいませんか?」
「かまわないが、身分は明かさないように」
「わかりました」
私はあまり負担にならないように、比較的病状の軽そうな女性に声をかけた。
彼女はベッドのヘッドボードにもたれ、病室を眺めている。
「はじめまして。私、魔術師団新人のレーナといいます」
「はい……」
女性は突然声をかけられ戸惑っているようだ。私は屈んで視線を合わせ、表情を伺いながら質問をする。
「ご気分はいかがですか?」
「気分は、悪くはないです」
「痛みなどはありますか?」
「指先に痺れるような痛みはありますが、我慢できないほどではありません」
黒くなった指先を握りしめ、眉を下げ笑う女性。
これはきっと我慢している仕草だ。
「フォティアスさん、彼女にも痛み止めを投与することはできますか」
「それはできるが、必要以上に薬を与えるのも」
「我慢できないほどではないけれど、たぶん私たちが思っているよりも相当痛みがあると思います。そうではないですか?」
女性に顔を向けると驚いた顔をしていた。
「正直、指がうずいてすごく痛いです。ですが、私より症状が重い人はたくさんいますし、黒呪病の薬はいただきましたので、指の痛みは我慢しなければと……」
「我慢する必要はない。痛みが強ければいつでも看護師に伝えるといい。あとで私からも言っておく」
「ありがとうございます」
女性は頭を下げ、安心したように笑った。
フォティアスさんは近くにいた看護師に、彼女に痛み止めを投与するように伝え、他の患者も気にかけるようにと指示をしていた。
それから私たちは病室を出ることにした。
「君は以前から病についての知識があったのか?」
「いえ、全くありません。ただ職業柄、よく人の顔色を伺うことはしていました。なので彼女はきっと我慢しているんだろうなと思ったのです」
美容院に来るお客様は自分の理想や意見をはっきり伝えてくれる人もいれば、なかなか言えない人もいる。
だから、常に表情を見て、悩んでいたり迷っていることを美容師側から察して施術の提案をしなければいけない。
特に仕上げにかかるときは、もっとこうして欲しい、とは言いだしにくい。だから何か表情に不安が見えたときにはこちらから、ここはもう少しこうしましょうか? という声かけが必要になってくる。その声かけ一つで満足度が全然変わってくるのだ。
まさかこんなところでその接客技術が役にたつとは思っていなかったけれど。
「レーナ、君は良い薬師になると思う」
「え……ありがとうございます」
フォティアスさんが笑った。初めて名前を呼んでくれて、褒めてくれた。
こうして認めてくれる人がいるというだけで頑張れる気がする。
まだまだわからないことだらけだし、課題もたくさんある。
治療過程をもっと楽なものにしたいし、アザが残らないような薬を作りたい。
ジェルバさんの作る薬と全く同じものを作らなければと思っていたけれど、そうじゃない。
私の想いを込めた薬で、もっとより良いものを作りたい。実際に見て、そう強く感じた。
「フォティアスさん、連れてきていただいてありがとうございました。来て良かったです」
「また来たいときはいつでも言ってくれ」
「はい。あ、そうだお肉買いに行かないと」
「街に出てきたのは初めてだろう。案内する」
「本当ですか? ありがとうございます!」
私はフォティアスさんに案内され、今度は商店街へと向かった。




