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第1話 理想と現実の相違

 子どもの頃から、綺麗なものが好きだった。

 物に対しても、人に対しても。

 

 母親のジュエリーボックスを勝手に覗いては頬を緩めていたり、プリンセスの映画を観れば、本気で恋焦がれたりもした。もちろん、王子様ではなく、プリンセスに。

 ツヤツヤのブロンドの髪に、碧眼の美しい女性。宝石が散りばめられたティアラ、ふわりと靡く豪勢なドレスは一目で私を虜にした。


 ボロボロで、みすぼらしい少女が美しいプリンセスに変わっていく姿に心奪われた。そして憧れた。少女を美しくした魔女の存在に。


 人一倍、美しさに敏感だった。

 それは、私のコンプレックスが根底にあると思っている。

 生まれつき、顔に大きなアザがある。額の半分を覆いつくすほどの大きなアザ。


 すごく、嫌だった。恥ずかしかった。苦しかった。

 どうして私の顔はこんなに醜いのだろうと。


 高校生になってバイトを始めた。お金を貯めてレーザー治療をするために。

 けれど、やっとの思いで受けた治療でもアザを消すことはできなかった。


 毎朝鏡を見るたび落ち込んだ。

 化粧でなんとか誤魔化し、いつも前髪で隠している。


 そんな私がついた職業は美容師だった。

 進路に迷っていたころ、美容学校のパンフレットを見て、これだと思った。

 カリキュラムには美容師免許取得だけではなく、メイクやエステ、ネイルなどの美容に関する様々な授業がある。


 私自身、美容院に行って髪を綺麗にするとどこか安心した。自分の綺麗なところを見つけては心を落ち着かせていたから。

 

 私にとって美容師は天職だと思った。

 少しでも、綺麗になれる知識を身につけたい。

 そして自分だけでなく、たくさんの人を美しくできる。

 喜んでもらえる。幸せそうな笑顔を向けてもらえる。


 だから、きらびやかなその世界に飛び込むことに決めた。

 

 美容学校を卒業し、就職したのはトータルビューティーを謳う美容室。

 エステやネイル、まつエクなどのメニューがあり美しさを追及し、綺麗なものに囲まれて仕事ができる、そう思っていた。


 けれど、現実はそう甘くなかった――。

 

「永瀬、お前センスないわ。それに最後の客パーマ希望だっただろ。なのにカットだけにしやがって。お前のせいで売り上げ減ったんだけど」


 閉店後、洗濯、掃除、片付けをしたあと残って縦巻きのワインディングの練習をしていると腕を組んだ店長が私の後ろに立つ。


 今日も、怒ってる……。


「すみません。でも、パーマはどうしようか迷ってるって言っていて、カラーで毛先も傷んでましたし、悩んでいる癖はカットでカバーできるものだったので、できるだけ負担がないようにと思って。お客様にもそれで満足していただけましたし」

「言い訳はいいから! パーマあてて満足させろよ。お前美容師向いてないわ」

「そんな……」


 いつもこうだ。私はお客様のことを一番に考えている。

 どうやったら希望に添えたうえで、綺麗に仕上げられるか、満足してもらえるかを提案しているけれど、それではだめだと言われる。

 お店の売り上げが大事なのもわかる。

 でも、それで本当の美しさを提供できるのだろうか。

 お客様にも理想はある。それを専門知識をもってよりよくするのが美容師の仕事だと思っていたけど……。


 店長はそれだけ言うと、ちゃんと戸締りしとけよと言い帰っていった。


 他のスタッフはもうみんな帰っている。

 私は毎日一番遅くまで残って練習していた。

 他のみんなの前で叱責しないのは店長の優しさなのか、厳しいところを見られたくないからなのかはわからない。


 もちろん、完全に私が悪いときもある。

 ヘアセットとメイクのお客様が来店したとき、その方は日頃の疲れからか肌荒れがひどかった。

 これでは綺麗なメイクができないと思い、本来なら施術メニューにはないスキンケアに時間をかけてしまった。

 そのため、時間が押してしまい次のお客様を少し待たせてしまった。

 いくら工程を変えたとしても、時間内に終わらせるのがプロの仕事だ。

 言い訳なんてできない。


 それでも、妥協したくない、手を抜くことのできない私は自分の不甲斐なさに嫌気がさしている。


「店長の言う通り、私は美容師に向いてないのかも……」

 

 それから一時間ほど練習し、片付けをしてお店を出る。

 駅までの道をとぼとぼ歩きながら、店長に言われたことを考えていた。


 私は、綺麗なものが好きだ。美しくありたいし、人を美しくしたい。

 ずっと、アザに悩んできた私だからこそ、誰かのコンプレックスを少しでも解消する手助けをしたい、そう思う。

 でも、美容師になってから私の思いが少しずれていることに気づいてきた。


 おしゃれと美しさは違うということ。


 正直言うと、奇抜なものはあまり好きではないのだ。

 何度もブリーチをして発色の良い赤い髪にするよりも、ツヤツヤでサラサラの髪にするのが好き。

 もちろんお客様の要望に応えて施術しているけれど、悩んでいるときに私の好みを押し出してしまっているのは否めない。


 私自身、カラーはせずに縮毛矯正で鎖骨までのサラサラで真っ直ぐな髪を維持している。もちろんトリートメントでのケアは欠かさない。

 お客様には髪綺麗ですねと褒められるけれど、店長からは地味だと言われていた。

 いつも蔑むように見るその視線が、私の額に向いていることは気のせいではないと思う。

 美しくない私が、本当に人を美しくすることなんてできるのだろうか。


 美容師、向いてないのかもしれない。でも、他に私ができることなんてない。したいと思えることもない。


 まるで自分は価値のない人間のように思えてくる。


「辞めた方がいいのかなぁ」


 足を止め、ポツリと呟く。

 息を吐きながらなんとなく夜空を見上げる。


 満月が、綺麗だ。


 しばらく眺めていると、月が溶けるように形を歪めた。と思うとそのまま広がり、まるで飲み込まれるかのように、月が覆いかぶさってきた――。



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