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カッパさん

作者:

「こんにちは」


高校から帰ると、ピンクのカッパに話しかけられた。


大きさは、大体小型犬くらいだろうか。


カッパは、庭のブランコに座って、前後にゆらゆらと揺れていた。


私があまりの衝撃に無言で立ち尽くしている間、カッパは「?」というように首(らしき場所)を傾げて私を見つめている。


そして、なるほどというように手(水かき?)をぺちっと叩いた。


「ああ、すみません。『こんにちは』ではなく『はじめまして』ですね」


そう言うやいなや、乗っていたブランコからぴょんと飛び降りて私の前へちょこちょこと歩いてくる小さなカッパ。


「はじめまして。私はカッパです」


「はあ…これはどうもご丁寧に」


カッパが深々とお辞儀をするので、私もなんとなくお辞儀をした。


ご丁寧に、とか言ってる場合ではないのは重々承知の上だ。


「えっと、カッパさんは、なぜここに?」


カッパが小さいので、私はしゃがんで彼(彼女?)に話しかけた。


「あれ、ひょっとして何も聞いていない…?」


カッパが何かを言いかける。



その時、私の後ろから「カッパだ!」と大きな声が聞こえた。


まずい、ソウタ君が帰ってきた!


「そ、ソウタ君…これはね…」


「ただいま!ヒカリ姉ちゃんとカッパさん!」


「どうも、おかえりなさい」


狼狽える私をよそに、カッパとソウタ君は和やかに挨拶を交わした。


「(最近の小学生って、超常現象に驚いたりしないのかな…)」


なんて考えが頭をよぎる。


「ヒカリ姉ちゃん、家入らないの?」


「ええっと…」


どうやって返せばいいんだろう。


「カ…カッパさんはどうするの?」


「あ!そっか、伝え忘れてた!」


ソウタ君はにこにこ笑って驚きの事実を告げた。


「この街は、年に1回カッパさんにおもてなしするんだよ!」


お父さんから聞いてなかった?と言いながら、ソウタ君はカッパをひょいっと抱えあげた。


「君はいくつ?」


「3歳です」


「じゃあ、僕の方がお兄さんだ!」


ソウタ君はカッパと会話をしながら、家に入ろうとする。


「あ、待ってソウタ君!…と、カッパさん」


私が慌てて呼び掛けると、カッパを抱えたソウタ君がくるりと私を振り返った。


「それじゃ扉開けられないでしょ?」


急いで玄関の扉を開けると、ソウタ君は少し驚いた顔で私を見た。


「ヒカリ姉ちゃんって、受け入れ早いんだね」


「…やっぱり、これ普通じゃないんだね」


少し呆れながら言うと、ソウタ君はカッパを玄関に下ろしてあげながら、楽しそうににこにこと笑った。




「すまないヒカリちゃん!この街だとカッパが来るのなんて毎年恒例だから、つい…」


「いえ、少し驚いただけなんで」


買い物から帰ってくるなり大慌てで謝罪をするミノリさんに、思わず笑ってしまう。


「まあ、他の所でカッパが家に来たら大騒ぎだもんね」


「…ソウタ君は分かってて黙ってたね?」


「だって、ヒカリ姉ちゃんの驚いた所見たかったから」


そんな事を嘯きつつ、ソウタ君は悪びれもせずにミノリさんの買ってきてくれたお寿司を口に運ぶ。


食卓では、私とソウタ君とミノリさんの他に、先程のピンクのカッパさんも共に食事をしている。


なんでも、この街では大昔からカッパが年に1回どこかの家にやってきて、選ばれた家は丁重におもてなしをするのがしきたりらしい。


「それで、急いで買い物に行って来たんですね」


私は改めて、目の前のお寿司を見た。


「本当は、僕がご飯を作れば良いんだけどね」


料理はあまり上手くないから、なんて言ってミノリさんは笑った。


「お気持ちが嬉しいんです。ありがとうごさいます」


カッパさんは食べる手(水かき?)を止めてミノリさんを見た。


(ちなみにカッパさんは、器用に水かきでお箸を握ってお寿司を食べていた)


「それに、このきゅうり」


カッパさんは少し不恰好に切られたきゅうりをひとつ取った。


「私が担当になって3年になりますが、この街の人はとても丁寧にきゅうりを用意してくれます」


「…包丁の使い方は、妻が教えてくれたからね」


まだ不恰好だけど、とミノリさんは笑って付け足した。



ミノリさんの妻は、亡くなった私の姉だ。


まだ若かった姉は、夫であるミノリさんと幼いソウタ君を残し、数年前に天国へと旅立ってしまった。


カッパさんは、手に取ったきゅうりをぱり…と一口齧った。


「とても新鮮で、美味しいきゅうりです」


ふわり、と表情のないはずのカッパさんが、笑った気がした。




はっと気が付くと、カッパさんは居なくなっていた。


食卓を見ると、残っていたお寿司やお皿はそのままに、きゅうりだけが全てなくなっていた。


「カッパさん、満足してくれたみたい」


ソウタ君が、食卓を見て呟く。


「…そうなの?」


私の問いに、ソウタ君は頷いてにこにこと笑った。




「カッパさんが来た家は、福がやってくるんだって」


寝る支度をしている私の側で、ソウタ君は教えてくれた。


「1年に1回、この街で悲しい気持ちになっている家に現れて、元気付けてくれるんだ」


「…まだ寂しい?お母さんが居なくなって」


「寂しいけど…お父さんもいるし」


布団を敷き終わると、ソウタ君はするりと中に入り込んだ。


今日は、一緒に寝たい気分らしい。


「ヒカリ姉ちゃんもいるから、大丈夫」


私が布団に入ると、ソウタ君は私にぎゅっと抱き付いた。


布団に隠れてしまっていたから、ソウタ君がどんな表情をしているかは分からなかった。




その日、私は夢を見た。


幼い姉がブランコに乗って、ゆらゆらと前後に揺れているのを眺める夢だ。


私と姉は年が随分離れていたから、私は写真でしか幼い姉の姿は知らない。


それなのに、夢の中の幼い姉は鮮明で、楽しげにブランコに乗って揺れている。


『私が担当になって3年になりますが』


ふいに、私はあのピンクのカッパさんを思い出した。


誰に対しても丁寧な口調が、姉に似ていたからかもしれない。


そういえば、姉が亡くなったのも3年前だった。


幼い姉が、ぴょんとブランコから飛び降りて私の方へ駆けてきて、そのまま横を通りすぎていく。


「お姉ちゃん」と私は幼い姉に呼び掛けた。


姉はくるりと振り返って、私を見てにこにこと笑った。


ソウタ君によく似た、可愛らしい笑顔だった。


「ヒカリ。ミノリさんとソウタをよろしくお願いしますね」



気が付くと、姉の姿はなくなっていた。


姉の乗っていたブランコだけが、ゆらゆらと寂しく前後に揺れていた。




「ヒカリ姉ちゃん!朝だよ!」


私が目を開けると、視界いっぱいにソウタ君のにこにこした顔が飛び込んできた。


毎度の事なので、もういちいち驚いたりはしない。


ソウタ君と一緒にリビングへ行くと、ミノリさんが朝食の支度をしてくれていた。


「おはよう二人とも」


「おはよ、お父さん!」


「おはようございます、ミノリさん」


少し焦げたトーストと目玉焼き、不揃いに切られたサラダ。


本当は私がやってもいいけれど、ミノリさんが『自分がやりたい』と言ったから。


だからご飯は、ミノリさんの担当だ。


「ねえ、カッパさんは来年も来るかな」


朝食を食べながら、ソウタくんはにこにこして聞いた。


「そうだなあ…来るとしても別の家だろうな」


そう呟いたミノリさんの表情が寂しげに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


「福を我が家だけひとり占めは、よくないからね」


ミノリさんの言葉に、ソウタ君は「それもそっか」と言ってトーストを齧った。





高校へと向かう電車に揺られている時、私はぼんやりとカッパさんの事を思い出した。


あの街で1年に1度しか現れない、不思議なカッパさん。


この電車に乗っている人も、高校にいる人も、ほとんどはその存在を知らずに生きている。


なぜなら、例え街の外でカッパさんの話をしたって、信じて貰えるはずもないから。




ふと窓の外に目をやると、ばしゃり、と湖の水飛沫が跳ねた気がした。

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