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タイムマシーンが失われた世界で過去を思う

作者: 冷瑞葵

「タイムマシーンがあったらどの時代に行きたい?」

「時間を移動できるなら、過去と未来のどちらに行く?」

 そのような問いを実現し得ない空想として楽しんでいた時代があったらしい。


 当時の人たちは、まさかタイムマシーンが現実のものになるとは思っていなかっただろう。

 タイムマシーンが技術的に可能となり、人工動物を用いた治験を経て人間による臨床実験が認可されたのは、この年の夏のことだった。


 3072年、国や家族という概念がなくなり、1000年前と比べると人々の生活様式は大きな変貌を遂げた。

 かつて温帯と呼ばれていた地域においても、今や夏になれば最高気温が60℃を超える日も珍しくない。そのため全世界で年間を通して不要な外出は禁じられている。極高緯度の地域を除けば人類は屋内で生活するほかなくなっていた。


 今日(こんにち)、私たちの体は現実世界とデータ世界に並列して存在している。現実世界で自由に動くことができないので活動の拠点となるのは当然データ世界だ。

 買い物も教育もすべてサーバー内で完結する。食事も清潔保持も半自動化されている。私たちは生身で生活する意義をすっかり失って、情報の海に馴染み、快適な人生を手に入れていた。


 だから、タイムマシーンのニュースに人々は関心を抱かなかった。

 夏のうちに臨床実験のための公募が開始されたが、応募者はいくら待ってもゼロのままだったようだ。


 データの世界においては既に時間を行き来することができていた。なので時間旅行に目新しさはない。それに、数分立っているだけで死にかねない外の現実世界に興味なんて抱けない。タイムマシーンが今さら開発されたところで持て囃されるはずがないのだ。


 中には、好き好んで現実世界に浸ってタイムマシーンを作り上げた開発者のグループに嫌悪の念を向ける者さえいた。

 私はそこまで彼らを嫌ってこそいなかったけれど、彼らの開発に一切無関心だった。なんなら、そんなニュースがあったことをつい最近まですっかり忘れていた。

 結局のところ、私含めほとんどの人は開発者らに対してどこまでも排他的だった。


 そんな私が公募の締め切りも過ぎた今になってなぜこんな話を持ち出したかと言うと、夏が冬に変わる頃、開発者たちが新たな声明を発表したからだ。


 その声明がちょっとしたニュースになって、タイムマシーン開発の発表のときよりも随分広いところで多様な議論が交わされることとなった。

 私も今回の声明でようやく僅かながら興味が湧いて、以降彼らの想いを少しばかり思惟している。


 彼らの発言した全文は次の通りだ。


「私たちは互いの力を持ち寄り、高い理想を以てこの機械を完成させました。これは人類の夢と希望が詰まったものであり、そうであるべきでした。

 しかし現実はそうではありませんでした。


 1000年前の記録を、皆様は読んだことがあるでしょうか? 私たち人類は時間旅行を夢見ていました。1000年以上の時を経て、人類の夢は叶ったのです!


 この機械が完成したとき、私たちは心の底から喜びました。しかし、それは私たちだけだった。

 人類の夢は変遷し、今や時間旅行を夢見る者はいなくなってしまった。本当に悲しく思います。


 『もしもタイムマシーンがあったなら』。これは、かつて一般に問われていた問いでした。私たちも日夜考えました。本当に、たくさん考えました。自分の子供の頃に戻るとか、未来を覗き見るとか、飽きずに何度も考え抜きました。


 皆様は意外に思われるかもしれませんが、場合によっては過去に戻ってタイムマシーンの開発をやめさせるつもりでした。私たちはこの技術が取り合いになって争いの火種になり得ると、本気で考えていたのです。


 実際は違った。皆様ご存知のとおりです。本当に、悲しく思っております。


 私たちはこの技術を望む人たちに届けたい。私たちは皆様に喜んでもらうために、寝る間も惜しんでこの機械を開発したのです。

 申し訳なく思っております。しかし、これは人類の、そして勝手ながら私たちの望みなのです。


 『タイムマシーンがあったなら』、これはかつては夢物語でした。私たちは望む人たちに届けます。

 1000年前の人々へ、私たちが希望となる時代へ、私たちは時を渡ります。


 皆様さようなら。ありがとう」


 この声明が出された後、異常事態を認定した世界警察によって研究所の捜索が行われた。そこはすでにもぬけの殻で、タイムマシーンもなくなっていたそうだ。

 1000年前の記録を確認しても時間旅行の証拠と思わしき記述は発見されていない。彼らの行方は未だ不明のままである。


 もはや、私たちに出来ることは何もない。そう思いながら私は今朝初めて自分の手で食事を取ってみた。1000年前の人類に倣った食事法だ。

 口に食料を運ぶのも咀嚼するのも想像以上に難しくて、この分なら私は半自動化されたままの方がいいかなという感想だった。

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