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ABC  作者: 迎ラミン
第一章 君こそ、俺が求めていた人材だ
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第一章 5

「はあ!?」


 お姉さんと同時に僕も声を上げてしまった。けれどもリアクションを完全にスルーして、オウジさんは嬉々として語り続ける。


「君! それとこの際だから、マサキも一緒でいいや。どうだ、二人とも。俺と一緒に()()()()()()()()()?」

「エービーシー?」


 またしてもお姉さんと僕の声がハモった。あからさまにおまけみたいな自分の扱いも引っかかったけど、とりあえずそこは放っておく。それよりも「ABC」ってなんのことだろう?

 思わず顔を見合わせる僕とお姉さんに、オウジさんはなぜか自慢するような口調で語り始めた。


「ABCは、Anti Bully Circleの略だ。日本語に訳せば『対いじめサークル』。ようするに、いじめの撲滅を目的に活動する正義の味方だな」

「はあ」


 とりあえずネーミングについてだけ納得した僕と違い、お姉さんはもう少しつっこんだところまで理解したみたいだった。「つまり――」と、これまたアイドルみたいな高い声で問い返す。


「おじさんは、さっきみたいなゴミたちを懲らしめるために、そのABCとかってサークルをやってるの?」

「違う」

「え。だって今――」

「おじさんじゃない。オウジだ」

「……そこかよ」


 ぼそりと、けれどもいいタイミングでお姉さんがつっこむ。ということは、ABCとかいうサークルの活動目的は彼女が語った通りなのだろう。正義の味方、というのもたしかに合ってはいる。


「オウジさん」

「ん? なんだ、マサキ」


 少し興味が湧いてきた僕は、詳しく尋ねてみた。


「ABCって、オウジさん以外にどんな人がいるんですか?」


 お姉さんも一つ頷いて、オウジさんの答えを待つ顔になる。彼のとぼけたリアクションはともかくとして、やはり関心を持ったようだ。

 そんな僕らにふたたび自慢するように、しかも今度は胸まで張って、オウジさんはあっさりと答えた。


「俺だけだ」

「は?」

「……あんたねえ」


 またしても目と口を丸くする僕と、もはやタメ口を隠そうともせずに呆れるお姉さん。けれども彼は相変わらず堂々と、しかも完全なドヤ顔で説明を加えていく。


「今のところABCは俺だけだ。けど、か弱い市民を守る正義の味方がたった一人だとさすがに限界がある。戦隊ヒーローだって基本はチームだろ? だから俺はABCにおけるブルーやイエロー、グリーン、ピンクを探していたんだ。あ、もちろんピンクは女の子な」

「……自分はレッドで確定かい」


 お姉さん、つっこむのはそこじゃないと思う。ていうかオウジさんがレッドでお姉さんがピンクなら、僕は何色のポジションになるんだろう。そもそも戦隊ヒーローのピンク=女性っていうのは、昔の話じゃないだろうか。実際、僕が幼稚園の頃に見てたシリーズはイエローとピンクが女の人で、タイプの違う可愛い女優さんがそれぞれ演じて……って、そんなことはどうでもいい。


「あの、オウジさん」


 戦隊ヒーローどころか、胸を張ったままスーパーマンのように腰に手を当てているオウジさんに、僕は苦笑とともに確認した。


「つまりABCっていうサークルは、オウジさんとお姉さんが今やったみたいに、いじめとかカツアゲとかをしてるヤンキーを見つけて、やっつけるんですよね?」

「その通り。こうやって仕事帰りとか学校帰りの時間が合うときに、何人かで町を見回って、ああいうクズどもを処理するんだ。ABCは、ヤンキー・()(きゅ)()を、ぶっ潰す!」


 どこかの怪しい政党のように、オウジさんは右手でガッツポーズをつくってニカっと笑いかけてきた。かなりインチキくさい笑顔だけど、彼の気持ちが本物だというのは、さっきのヤンキーたちへの対応で実感させられている。オウジさんがダカツのように(最近、好きなライトノベルで覚えた言葉だ)いじめを憎む気持ちは、少なくとも本物だとわかる。


「学校の先生や警察に任せないのは、さっきおじさんが言ってたみたいに、その場で懲らしめてくれないからってこと?」


 僕の中で残っていた疑問を、お姉さんが確認してくれた。


「正解だ、ABCピンク。しかも教師や学校によっては、〝ふざけ合っていただけだと思った〟みたいにそれこそふざけた責任逃れをしたり、警察だって『民事不介入』なんていう、もはやギャグとしか思えない伝統芸能を言い訳になかなか動かない。だけどいじめは立派な、そしてどうしようもなく卑劣な犯罪だ。完全なる悪だ。だから俺は、少なくとも自分のそばに現れた悪は即座に潰したい。できれば、ことが起きたその場で被害者を守りたいんだ」

「ふーん」

「いじめによるトラウマやフラッシュバックで、大人になってからも苦しんでる人間は大勢いる。けど、いじめられた目の前で犯人を潰して〝君は何も悪くない。いじめる奴が百パーセント、いや、千パーセント悪い。そしてその完全なる悪は、こうして二度と悪事ができないようにしてやった。逆にトラウマになるくらい懲らしめてやった。だから安心していい。普通に、胸を張って生きていい〟って伝えたいんだ」


 いつしかオウジさんは、普段の飄々としたそれではなく、熱を込めた真剣な口調になっていた。最後の「胸を張って生きていい」という台詞を真っ直ぐに目を合わせて語られた瞬間は、僕も自然と頷いたほどだ。いじめを憎む気持ちとともに、被害に遭った人たちをなんとかしてあげたいという彼の願いが、ひしひしと伝わってくる。


「いいよ」


 先に答えたのは、お姉さんだった。


「おじさんの言ってること、納得も賛成もできるしあたしも同じように思ってたから。そのABCってサークル、入ってあげる」

「おお、ありがとう! ABCピン――」

「マユ」


 とぼけた口調に戻り勝手に「ピンク」呼ばわりしようとするオウジさんを遮って、お姉さんがあらためて自己紹介する。


「あたしは、マユ・(きた)()・メドヴェージヴァ。ちなみに好きな色はピンクじゃなくてペパーミントグリーンだから。そこんとこよろしく、オウジおじさん」

「お、俺はまだ三十だ!」

「三十なら、じゅうぶんおじさんじゃん。ねえ?」

「え……」


 お姉さんあらためマユさんにいきなり振られて、僕はリアクションに困ってしまった。オウジさんが三十歳だとあらためて知ったのもそうだけど、いろいろと情報量が多すぎる。


「あの、マユさんてハーフなんですか?」


 失礼じゃないよな、と思いながらおそるおそる訊いてみると、マユさんはけろりと教えてくれた。


「うん。お父さんがロシア人。だからこの目も、カラコンじゃなくて自前だよ」

「へえ」


 日本人離れした可愛らしいルックスは、そういう理由からだったのだ。


「綺麗ですね。青い目も凄く似合ってます」

「ありがと。ええっと――」

「あ、僕はマサキです。田中将来。中一です」

「中一かあ。じゃ、三つ違いだね。私は平塚(ひらつか)河西(こうせい)の一年。ここのバイトも高校に入ってからすぐに始めたの」


 たしかにマユさんをこのコンビニで見かけるようになったのは半年近く前、四月の頃だった気がする。ちなみに彼女が通う平塚河西高校は、学力が高いことで知られる県内でも有数の進学校だ。こう見えて、と言ったら怒られるけどマユさんも頭がいいのだろう。


「ちなみに、俺の名字も田中だ。田中オウジ」

「ふーん。じゃあ紛らわしいから、やっぱりおじさんは『おじさん』ね」

「おい――」


 口を挟んできたオウジさんにあっさりと宣告したマユさんは、「マサキ君は? マサキでいい?」とツインテールを揺らして僕に尋ねてきた。中身を多少知っていても、相変わらずどきっとするような可愛らしさがある。


「は、はい。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げてから、僕はオウジさんにはっきりと伝えていなかったことを思い出した。


「オウジさん」

「ん?」

「あの、僕もABC、やらせてください。強くないし、なんにもできない中学生だけど、見回りのお手伝いとか連絡係とかなら、手伝えるかもしれませんから」


 そう。僕の心には、このとぼけたトレーナーさんの風変わりなサークル活動を手伝いたいという気持ちがはっきりと芽生えていた。なぜだかわからないけど、それが自然なように感じたのだ。オウジさんと過ごす時間が増えることが、自分にとって当たり前のように。

 垂れ目の角度をさらに下げて、オウジさんがにっこりと笑う。


「おう。ていうか、もともとマサキも頭数に入ってるから心配すんな。もちろんクラブの練習や試合優先で大丈夫だぞ。俺たちと時間が合うときに、一緒に見回りをしてくれればいい。そうだ、時間があれば簡単な護身術も教えてやるよ。俺はちょっと格闘術をかじった程度で、マユほど強くないけどな」

「いえ、ありがとうございます!」


 もう一度頭を下げる僕の斜向かいで、「もう呼び捨てかい」とマユさんがまたもやぼそりとつっこむ。

 オウジさん。マユさん。そして僕。

 反いじめサークル『ABC』は、こうして本格的に活動を開始した。

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