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ABC  作者: 迎ラミン
第一章 君こそ、俺が求めていた人材だ
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第一章 4

「あたし、いじめってマジで許せないの。おじさん、ゴミ処理手伝わせて」

「お、おじ……!?」


 口をパクパクさせるオウジさんのことは無視して、お姉さんは右手を押さえて悶絶し続ける坊主頭に、それこそ道端のゴミでも見るような目を向ける。そうして顔の近くにしゃがみ込むと、ふたたび軽く腕を動かした。


「うっ!」


 僕にはお姉さんが、坊主頭の顎のあたりを軽くはたいたようにしか見えなかった。だがなんと、彼は小さなうめき声を上げたきり、もうぴくりとも動かない。


「ええっ!?」


 またもや声が出た。まさか死んだわけではないだろうけど、何をやったんだ? 僕だけじゃない。いつの間にかそばに来ていた被害者の子と、オウジさんに押さえつけられた茶髪男もぽかんとするばかりだ。

 すぐに事態を把握した様子なのは、茶髪男の背後に立つオウジさんだった。しかもなんだか楽しそうに見える。


「お、掌底か。脳を揺らすとはやるねえ」


 ショウテイ? それってたしか手の付け根の固い部分で、相手を叩く技じゃなかったっけ。有名な格闘漫画で読んだ覚えがある。でも、当たり前だけど実際に使う人なんて初めて見た。それに「脳を揺らす」?


「あ、こいつも落としちゃおっか。おじさん、スイッチ」


 混乱する僕の姿など気にも留めず、茶髪男にも視線を向けたお姉さんは、ぼそりと言ってオウジさんに一歩近づいた。


「おう。ちなみに俺はおじさんじゃなくて、オウジ――」


 ささやかな抗議をあっさりスルーしたお姉さんとオウジさんの間で、茶髪男の手首が素早く受け渡される。知り合いでもなんでもない様子なのに、どうしてこんなにもスムーズに連携を取れるのだろう。

 オウジさんに代わって茶髪男の手首を掴んだお姉さんは、さらに空いている方の右腕を流れるような動きで首に巻き付けた。こんなときに思い出すのもおかしな話だけど、昔テレビの動物番組で見た、獲物に絡みつく蛇みたいだ。


「は、放せ! 何しやが――」

「やだなあ、ゴミクズ締め落とすの。袖が汚れちゃう」


 茶髪男の言葉もまた完全に無視したお姉さんが、首に絡めた腕へ力を込めていくのがわかる。


「さっきも言ったけど、あたしはあんたらみたいなゴミが一番嫌いなの。ゴミを処分するのは当然でしょ」

「……ぐっ……」


 ようやく返事をしてもらえた茶髪男だったけれど、それから十秒も経たないうちに、くぐもった声とともにあっさりと気絶した。よく見ると完全に白目を剥いている。驚いたことに、お姉さんは宣言通り二人の不良を本当に「落とし」てしまった。


「…………」


 僕はといえば、あ然とするしかない。オウジさんとコンビニのお姉さん。一体全体、この人たちは何者なんだ?

 そこでようやくオウジさんがこちらを向いた。カツアゲされていた男の子に、のほほんと声をかける。


「君も一発ぐらいやっとくか、少年? ……って、あれ? マサキじゃん」


 彼の隣にいるのが僕だということに、今さら気づいたらしい。「はあ」と間抜けに答えるしかない僕を見てから、お姉さんの方も男の子にさらりと言った。


「今なら意識飛んでるし、指の一、二本折っとけば? こいつらは犯罪者で、君はれっきとした被害者なんだから。警察には正当防衛だって言えばいいよ。あ、ハゲの方は右手の人差し指だけもう折っちゃったから、それ以外でね」

「い、いえ」


 男の子は僕以上に戸惑っている。当然だ。いくら被害者とはいえ、逆にいじめっ子の指を折っていいと言われて、はいそうですかと躊躇なくやれる人間なんてそうそういないはずだ。というか、さっき聞こえたパキッていう音は、恐ろしいことに狙って骨を折った音だったのか。


「この姉ちゃんの言う通りだ。いじめ、カツあげ、シメる……簡単な言葉で語られるけど実際はすべてが立派な、絶対に許しちゃいけない犯罪なんだよ。目の前に警官がいることなんてほとんどないんだから、身に降りかかる火の粉は払っていい。ましてやそれが、こいつらみたいな汚ねえ粉ならなおさらだ。二度と燃えないように、徹底的に踏み消しとかないとな」


 続けたオウジさんの顔を見て、あ、と僕は思った。


 オウジさん、物凄く怒ってる。


 飄々とした口調は変わらないし、とぼけた感じの垂れ目もいつも通りだ。でも直感的にわかった。オウジさんは本気で怒っている。今言ったように、いじめは絶対に許しちゃいけない犯罪で、見つけたら即座に潰さなきゃいけないんだって。


「あの、そ、そこまではいいです。ありがとうございました! 本当に、ありがとうございました!」


 なんとか我に返った男の子は、大きな声でお礼とお辞儀を繰り返すと、なかば駆け足で去っていった。別の意味でいたたまれなくなったのかもしれない。あっという間に二人の不良を気絶させ、そのうえ指を折るだの踏み消すだのと、なんでもないように言ってのける人たちだ。たしかに、これ以上一緒にいるのが怖くなっても仕方ない。


 あ。


 そこまで考えて、僕は別の事実にも気がついた。


 まさか、僕も仲間だと思われた!?


 だとしたらちょっと困る。僕もヤンキーは嫌いだしいじめは許せないけど、この人たちみたいに強くないし、武力行使(最近覚えた言葉だ)に積極的なわけでもない。……いや、でもこうでもしないと、さっきの彼を守れなかったのか。う~ん。

 文字通り困った顔になりかけたところで、オウジさんがまたしてもとんでもない質問を口にした。


「どうした? マサキもこいつらになんかやられたのか? じゃあ肩の外し方を教えるから、サクッと脱臼でもさせて――」

「違います!」


 本当になんなんだ、この人。

 気を取り直した僕は、素直に訊いてみることにした。


「あの、オウジさんて元警察官とか、元自衛隊とかだったりするんですか?」

「え? 俺が?」

「はい。だって凄く強いし、法律みたいな話もしてたから」

「いやいや、俺はただのトレーナーだって。それに多分、対人技能は俺なんかより彼女の方がよっぽど強いぞ」


 言いながらオウジさんは、スマートフォンを取り出してどこかと通話していたコンビニのお姉さんを手で示した。どうやら警察に連絡してくれたようだ。


「え? あたし?」


 スマートフォンをお尻のポケットにつっこんだお姉さんは、オウジさんと同じような台詞とともにきょとんとしている。ツインテールに挟まれた小さな顔の中、つぶらな目が真ん丸になって本物のアイドルみたいに見える。

 興味津々の口調でオウジさんが尋ねる。


「君、柔術か何かをやってるのか? かなり実戦向きの格闘技に見えたけど」

「システマ」

「ああ、システマか! 素晴らしい!」


 システマという単語を僕は知らなかったけど、ようするに格闘技とか護身術の類なのだろう。オウジさんの反応を見るに、知っている人にとってはかなり凄いものでもあるっぽい。

 そして。

 お姉さんの答えに顔を輝かせたオウジさんは、さらなる予想外の行動に出た。


「ちょ、ちょっと!? 何すんのよ!」


 スマートフォンを持っていない彼女の左手を、いきなり両手でガシッと包み込んだのだ。

 さっき以上に目を丸くするお姉さんを真っ直ぐに見つめて、彼が告げる。


「君こそ、俺が求めていた人材だ!」

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