真実の愛を見つけたからと婚約を解消された私は……
男性陣に名前がないのは仕様です。
誰も不幸にならないハッピーエンド!
「今すぐ出ていって!二度と来ないでッ」
私、リリアナ・ニーレンベルギアは、婚約者の屋敷に入るなり響いたヒステリックな声に思わず息を呑んだ。傍らで困惑の表情を浮かべ立ち尽くしている婚約者を一瞥してから、ゆっくりと声の主──彼の妹である、マーガレットへと声を掛ける。
「マーガレット様、そんなに私がお嫌いですか?」
「嫌い、大ッ嫌いよ!今すぐ私のお兄さまから離れて……!」
私がマーガレットの兄と婚約することになったのは、つい数ヵ月前のことだ。年齢は互いに16歳、爵位にも問題はなく、家同士の事業の提携が決まったことで調度いいと両家が判断してのものだった。
政略結婚ではあるけれど、それでも関係は悪くないと思う。少し頼りないところはあるものの、気遣いのできる優しい彼は、私にとっては安心できる素敵な婚約者だし、私も彼に対してそうあれるよう努力はしているつもりだ。
けれど、そんな婚約者にも一つだけ良からぬ噂があった。
友人のお茶会に招かれた際、複数の令嬢達から聞かされた噂──彼は実の妹であるマーガレットを溺愛していて、マーガレットもまた、そんな兄にべったりなのだと。
特に妹のマーガレットの執着ぶりは異常で、やれ今まで兄に来ていた婚約話を次々駄目にしてきただとか、パーティーで兄に話しかけてきた令嬢を泥棒猫と罵っただとか……それらは、十分に醜聞と言えるものだった。
実のところ、噂については半信半疑だったのだけれど……なるほど、どうやら本当のようだ。
「マーガレットさま、あなたはやはり……」
「気安く呼ばないで!どうしてあなたなんかがお兄さまの婚約者なの!?赤の他人の癖に、私達の屋敷にずかずかと入り込んできてっ」
相変わらず私の婚約者はと言えば困り顔で黙りこんだままで、そんな彼から少し距離をとる。だって、敵意を剥き出しにしたままのマーガレットが、今にもこちらに飛び掛かってきそうだったんですもの。
それから数分して、ずっと黙ったままだった婚約者が漸く口を開いた。何を言うかと思えば、彼は──
「すまないリリアナ、今日は帰ってくれないか」
などと宣った。
「これ以上マーガレットを傷つけたくないんだ」
まさか、この状況下で婚約者よりも妹の心配をするなんて。どうやら異常なのはマーガレットだけではないらしい。
「お兄さま……!ふふん、分かったらさっさと帰ることね」
勝ち誇ったように胸を張るマーガレットは、さながら娯楽小説に出てくる悪役令嬢のようで、不謹慎ながら少し笑ってしまいそうになる。
「リリアナ、今回のことで決心がついた」
「はい、一体何のでしょう……?」
「マーガレットこそが、僕のただ一人の最愛……真実の愛だ。だから、君との婚約は解消する」
一方的にそう言ってマーガレットを抱き締めた彼は、恥じらいも躊躇いもなく私の目の前で熱い接吻を交わすのだった。
それはもう、まるで物語のヒロインのように幸せそうに身を任せるマーガレット。あら?もしかして、悪役令嬢は私の方だったのかしら。
「家には僕から伝えよう。今までありがとう、リリアナ……さようなら」
言うや否や屋敷から追い出された私は、口元を押さえて俯く。どうやら、私が今日屋敷に来たことで、彼等の想いを後押ししてしまったようだった。
◇◇◇◇◇
自分の屋敷に帰るなり、私は泣いた。泣いて泣いて、泣きじゃくりながら先程の出来事を話す。
少し頼りないところはあるけれど、気遣いができて優しい私のお義兄さまに縋りついて。
「お義兄さま、私……私……!」
えっくえっくとしゃくりあげる私を抱いて、お義兄さまは今何を考えていらっしゃるのかしら?
私は知っていた。数年前、家族で観劇に行った際、偶然近くに座っていたマーガレットに義兄が一目惚れをしたことを。彼女が実の兄だけに見せる笑顔に、甘えた仕草に強く惹かれたのだということも。
私は、ただただ心を傷つけられた可哀想な少女の振りをして義兄の胸に額を擦り付ける。私を抱く義兄の腕に力が入るのを感じて、つい上がってしまった口角を見せるわけにはいかなかったから。
でも、きっとマーガレットならこうするでしょう?それからゆっくりと顔を上げて、自分を慰めてくれる優しい人を潤んだ目で真っ直ぐに見つめてこう言うの。
「おにいさま……もう少しだけ、このままでいてくれますか?」
甘えた声で、ひどく心細そうに。まるで私の味方は世界で貴方だけなのよとでも言うように。
途端、目を見開き息を呑んだ義兄の胸に再び顔を埋めて私は微笑む。ああ、よかった……やはり義兄は彼によく似ている。
正直、こんなに上手くいくとは思っていなかった。もっと時間が掛かると思っていたし、最悪の場合婚約を解消できないまま嫁ぐことも覚悟していたのだから。
ふふ、真実の愛を見付けてくれた彼等に感謝しなくては。
ありがとう、二人とも。あなたたちのおかげで、私は私の最愛を手に入れることができそうよ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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