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エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
XIII お茶会へのご招待
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98.欲望の結晶

 ショーンのなかにある、ここ、マーケットクロスから繋がる道でジニーを見失った記憶と、ゲールのお母さんであるアマンダに連れられてどこかへ向かった記憶。この二種類の記憶を僕のなかでも整理して、考えてみた。

 けれどいくら考えても、そこから結びつく未来は、すでに知り得ている未来と変わらない、とそう結論づけるしかない。

 ショーンのなかに生まれた、()()()()()()()が、ぷつりと途切れているからだ。ここにいるショーンは、()()僕の知っているショーンで、別の人生を生きてきたショーンじゃない。


  この事実にほっとしている僕は、ずいぶん酷い人間だと思う。「そんなことはないよ」と言ってくれそうな人は、アルくらいしか思いつかない。少なくとも、ショーンからはそう見えるに違いない、と思う。

 せっかく、永遠に失ってしまったと思っていた妹に、事件の起きる前に出逢えたのに、「ここまでだ」と冷たく告げられ、何もしないことを約束させられているのだもの。


 すぐ横にいるのに、そっぽを向いて黙りこくっているショーン。僕という人間に失望しているのか、今ここにいるという残酷な状況に怒っているのか、口をきいてくれそうにない。

 僕も、彼に追い打ちをかけるようなことを、これ以上言う気になれなくて。彼の心の整理がつくのをただ黙って待っている。


 だけど、こうしている間にも、こんな疑念が凪いだ沈黙にぽとりと落ちて、インクの紙魚(しみ)のように広がっていく。


 彼を説得してロンドンに戻ったとして、その後ショーンは、僕とこれまで通りのつき合いをしてくれるだろうか? 

  ジニーを見失った自分をその後ずっと許さなかったように、ここまで来て、何もできないまま諦めさせようとした僕を、永遠に許せなくなるのではないだろうか。


 彼にとってこの世界は、辛い過去をやり直すことのできる魔法の世界。そう見えているに違いないから。

 分かり合えない沈黙は、途方もなく辛い。


 魔法なんて欲望の結晶でしかないのに――


「コウ、ショーン、どうしたの、こんなところで座り込んで!」


 聞き覚えのある高い声に頭が跳ね上がった。

 よかった、とほっとしたのも束の間、どうしようと頭がパニックを起こしてしまった。

 僕は彼に逢ってお母さんのことを聞きたかったのと同じくらい、彼に接触することで彼を巻き込んでしまうことが怖かった。だから、どうするのが正解なのか判らなくて。びっくりしたまま固まって、言葉を発することを忘れた。


「やぁ、ゲール! あっちの部屋まで来てくれたのかい? 悪かったな、いなくて」

 そんな僕の戸惑いなどお構いなしで、ショーンは、さっきまでの重苦しさを微塵も感じさせない軽い調子で話しだした。

「あ、うん、いいんだよ。コウはビルベリーが好きでしょ、部屋に置いてきたよ。戻ったら忘れずに食べてね!」

 ショーンが広げた僕との間のすき間に、ゲールがすとんと腰を下ろした。


「ところで……、」と、ショーンがちらりと僕を見てからゲールに話しかけた。「今朝、きみの店に行ったんだ。それで、きみとすれ違ったんだと思う」

「あ、僕、朝早く出かけてたんだ! ビルベリーを摘みに、」

「それにしても、きみのお母さんの店、ずいぶん人気があるんだな」

「うん! それに今日は夏至の日だからね。この町じゃ、一年の中で一番の人出なんだ! 」

「そうだったな。きみのお母さんに代金を取りに来るように言われてたんだけど、店にいなくてさ」

「ああ、ママの占いは別館。お客さんが入ってる時はたいがいそっちにいるよ! 週末は予約で埋まるからさ、店の方はサニーさんに来てもらってるんだ。サニーさんっていうのは、近所に住んでるおばあさんで――」

 ゲールのお喋りを聞き流しながら、ショーンが僕を見つめて頷いた。


 すごい。僕がまごまごしている間に、ショーンはごく自然に彼女の居場所を聞き出してしまった。


 このまま、ジニーのことには触れずに、僕たちだけで彼らの様子を伺うことができれば――


「ゲール、それで、別館ってどこにあるの?」

 ポンポンと飛び交う会話のキャッチボールを眺めるだけで口を挟めなかった僕は、お喋りを遮る形でこの二人の会話に割り込んだ。


 もう一度ジニーに逢って、それから――


 彼女が本当に誘拐されたのか確かめるくらいならいいのではないか、とそんな妥協案が僕の心を占め始めていた。


 もしかすると本当に、彼女を攫ったのは人間ではない可能性だってあるじゃないか。

 過去は変えられなくてもこれから、今まで想像できなかった未来を紡ぐことができるかもしれない。


 絶対に諦めないショーンを見ていると、(ことわり)に触れるぎりぎりのラインまで試してみたっていいんじゃないか、とそんな気持ちが湧きあがってきたのだ。

 

「ん? すぐ近くだよ。ほら、あのギャラリーの隣、ビリヤード用品店の3階を借りてるんだ」

 ようやく口を開いた僕に満面の笑顔を向けて、ゲールの小さな指が、すいっと道向こうの建物を指示した。





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