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エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
Ⅺ もしも過去に戻れたら
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80.ここであって、ここでない場所

「きみはこんなに小さな頃から、僕の知っているゲールと同じゲール・マイスターなんだね」

 この真摯な瞳に嘘はつけない。正直な気持ちが口についてしまった。

「どういう意味?」

「僕は違うからさ」

 つい苦笑を浮かべてしまった僕を、彼は不思議そうに見つめている。

「もし立場が逆だったら、18歳のゲールが6歳の僕に逢ったとしたら――、彼は僕を僕だと判らないと思う」

「僕は18になっても僕だけど、6歳のコウはあなたにならないの?」

「正しくは、6歳の頃の僕が僕とはいえない。本当の僕は、これくらいの小さな瓶のなかに封印されていたからね」

 ゲールがびっくり(まなこ)で小首を傾げている。解らないだろうな。

「ほら、早く行かないと。ショーンが待ってるんだろ? とにかく、あの指輪は僕のじゃないよ。彼が正当に譲り受けたものだから、心配いらない」

「本当にもらっていいんだね?」

 

 意外に疑り深いんだな。


「ショーンはいいって言ったんだろ?」僕はにっこり笑って頷いた。


 あの程度の魔力で色めき立つなんて、やっぱり子どもなんだ――


 魔力、などというほどのものでもない。あの指輪に染みついているのは、それまでの持ち主の底知れない欲望の残滓。その貪欲さが人の何かを刺激する。

 ショーンの場合は、それがいい具合に彼の向上心や探究心、集中力を刺激していた。だから僕は、ショーンと相性がいい、手放すのは惜しいのに、と残念に思った。けれど人によっては――


「願わくば、あれに引きずられない人に持っていてほしいかな。それがきみなら安心だ」

「僕がもらうわけじゃ……」


 すごく残念そうに唇をすぼめて、ゲールはすっと顔を伏せた。けれどそのままリュックを担ぐと、「それじゃ、行ってくるね!」とまた笑顔になってドタドタと出て行った。賑やかだな、子どもって。動作のひとつひとつが(かしま)しい。



「もういいだろ?」

 階下のドアが確実に閉まるを待ってから、僕はようやく声を発した。

 すーっと、空気が凝固するように集まり、色づき、ヴィーになる。早速、僕のいるベッドの上で、ボーン、ボーンと跳ね飛んでいる。

「止めろよ。反動で気分が悪くなる」頭を抑えて、ヴィーを睨みつけた。

「それは失礼をば致し申したな、火の依代よ」

 ヴィーは空中でくるりと一回転して、そこに留まった。


「それで、僕の探している方のゲールはどこにいるの?」

「安全なところに隠しておる」

「安全な――?」


 それって、それほどまでに危険が迫っているから? 


 意外な返答に僕は少し戸惑ってしまった。シルフィやドラコの悪戯程度にしか考えていなかったのだ。まさか、ゲール側の理由だなんて思いもよらなかった。


「お前さんが申し出を断ったからじゃ」

 畳みかけてきた。

 そうくるんじゃないか、って気がしたのだ。やっぱり、こっちの意思なんてお構いなしで。


 僕は盛大なため息をついた。

 ヴィーと、それからゲールと交わした会話を思い出そうと目まぐるしく記憶を漁る。洗濯機を覗きこんで渦巻く中から、必要な一つ、二つを見つけだして取り出すなんて瞬時にできることじゃない。だけどただ一つ確信できるのは、僕は彼らとの会話をしくじったのだ、ということ。


『助力を惜しまない』確か、僕はゲールにそう言った。だから、こんなところに連れてこられた。

『ここに住まない? ここには悪霊は入ってこれないから』そんな提案もした。


 断片的に浮かんできた記憶から「じゃあ、ゲールは今もあのアパートメントにいるってこと?」と問い質した。

「そこであって、そこでない場所におる」ヴィーが髯をしごきながら応えた。「あそこには、ほれ、ドアがあるからの」


 僕らだって、そのドアを通り、今ここにいる。ゲールは確かにいたけれど、僕らの探している彼とは違う。彼であって彼ではない。


「つまり、ゲールは今、安全な場所にいて、きみは万聖節が終わるまで彼をそこに匿っておくつもりなの?」

「それはお前さん次第じゃの」


 ヴぃーはふわりと飛び立って、床の上に降りた。そこでまたぴょんぴょん飛び跳ねている。落ち着かない。もしかして、緊張しているのだろうか?


 すっと、今まで力んでいた心が緩むような気がした。ヴィーはヴィーなりに、ゲールのことを本気で心配しているのだ。そのために僕の想いを無視してしまうけれど。それは僕にとって腹立たしいことだけど、僕は今、少しだけヴィーにほだされてきている。


 いつも自己中心的で自分勝手な妖精たち(かれら)が、人のためにこんなに一生懸命なんだもの。だけど——


「これだけは言っておくけどね、ゲールと僕が結びつくのは無しだよ。僕はもう四大精霊の名においてアルと誓約を立てているからね」


 ちっ、と舌打ちの音がもこもこした白髭の下から聞こえたような。だけど老獪な彼のことだから、それ以上露骨な態度を示すことはなかった。ただ、ぴょんぴょん跳ねるスピードが上がったくらいで。


「それで、きみは僕に何をさせたいの?」慎重に尋ねてみた。


 僕はここまでの間、ヴィーにやられっぱなしなのだ。

 ショーンまで巻き込んで——


 





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