6.人はそれを腐れ縁と呼ぶ
「それでコウ、誰が、どこに来るんだって?」
ただでさえキリキリ痛む僕の頭に、小さなかぎ爪がコツコツ当たる。マリーにはさらさらになるまで気力をすり潰され、サラは自室に戻るなりこの仕打ちだ。酷くない? 頭皮を傷つけないように気は使ってくれているようだけど、地味に痛いんだぞ。応えるのも億劫だったけれど、無視するとますます煩くなる。しかたない。まずはベッドに身体を落ち着けて、それからぼそぼそ呟いた。
「話、聞いてたんだろ? だったらわざわざ僕に訊くなよ」
「分からないやつだな! お前が、そいつをどこまで入れるつもりなのか、訊いてるんだ!」
すぐにキィキィと短気を起こす。こうなると髪にかぎ爪を巻き付けて、ぐいぐい引っ張るんだ。意地悪。
「痛い、ってば」
うつぶせに投げていた身体を反転させ、腕で払った。サラはさっさとよけて、宙を旋回。砂金のような火花を散らしている赤い体は、なんだかいつもよりまるまるして見える。
「カップケーキ、美味しかった?」
「まぁまぁだな」
即答かよ。悪びれもしない。
僕だって、ひとつくらい味見したかったのに。極甘が好まれるこの英国で、甘さひかえめってどの程度なのか気になってたんだぞ。
「また行けばいいだろ。それとも、あいつに持ってこさせてやろうか?」
サラの大きな口がにっと三日月形に釣りあがる。僕がそういうことを嫌がるのを解かって言ってるんだ。
答える代わりに、はぁ、とこれ見よがしに息をついた。
「彼をどこまで入れるかって――、下で食事する、それだけだよ。家のなかを見せて回ったりはしないさ」
サラが僕に訊ねたのはこの世界のことじゃない。解っちゃいるけど、わざとはぐらかして答えた。
サラは珍しくあの人に関心がある。これまで人間に――、いっしょに住んでいるマリーやショーンにさえ興味を示したことはなかったのに。
彼のような人は「太古の昔から稀にいるからな……」と、サラというよりもドラコが、目を細めて思案しているような、らしくない表情で呟いていた。あの送別会の後のことだ。だけど、それが彼のどのような面を指して言っているのかは、それきり話を逸らせて教えてくれなかった。
僕は――、サラが興味を示す相手、というだけで、より慎重にならなくちゃいけない。火の精霊がどんなふうに彼を利用しようとするか判ったものじゃないからだ。アルビーの二の舞だけは踏むわけにいかない。関係のない人を、それもアルビーの大切に思っている人を巻き込んで、危険に晒すわけにはいかないのだ。
僕が日本からこの英国へやってきた目的は達成できたにもかかわらず、これでお終い、というわけにはいかなくなったのだから。事態は想像以上に複雑で、困難さを増している。
こんなことになったのは、ひとえに火の精霊のせいだと言って過言じゃないのに――。
「お前の見解が甘いからだろ、親友」
キキキー、と意地悪な笑い声をあげて、サラはバサバサと火の粉を飛ばした。僕はそれを手で打ち払いながら顔をしかめて睨んでやったけど、知らんぷりだ。
こんなふうに僕の心を勝手に読むくせに、肝心のことは教えてくれない。あまつさえ気づかないうちに身体を操られて、自分が何をさせられているのかさえ知らされないこともある。
それなのに僕はやっぱり、こいつのことが嫌いになれない。
ほら、もういい気になってタップダンスを踏んでいる。
こんなことを平気でする、こんな酷いやつでも、僕の1番の親友だから――。
割り切れない自分がやりきれなくて、目を瞑って無意識の森へ逃げ込みたくなるのも仕方ないじゃないか。
アルビーに繋がる、深い、深い森の奥へ――。