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エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
第三章 Ⅸ いつか来た町
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60.見せてやればよかった

 どうしてこんな大事なことを失念していたのだろう。以前来たときは車で前を通り過ぎただけだったから、話で聴いた場所とここがピンとこなかったのか……。それにしたって無神経すぎるだろ!

 顔を引きしめて「ごめん」と謝った。

「俺の方こそ」

 ショーンは苦笑を浮かべて、またトーストで膨らませた頬をもごもごと(せわ)しなく動かし飲み込んだ。

「つい黙りこんじまって、俺らしくないよな。きみを無視したつもりはないんだ。むしろ逆だよ。喋り出すと止まらなくなりそうで」

「聴くよ! どんなことだって!」

 

 いきなり因縁のある町に連れてこられたんだ。胸に来ることが余りあるほどで当たり前だ。聴く事でショーンの心が少しでも軽くなるなら、いやむしろ、僕にはそれくらいしかできないけれど――


「ありがとう」

 それだけ言うと、ショーンはまず皿に残ったトーストを終わらせることにしたようだ。僕も食べかけのベーコンバップを口に運んだ。じゅわっとベーコンの油脂が口に広がる。さっきまでそれが美味しいと感じていたのに、今はショーンが気になってそれどころじゃない。だけどショーンは、いつもよりもゆっくりナイフとフォークを動かしてトーストを切り分けている。僕は待つしかないみたいだ。


「ずっと、あのマーケットクロスのこと以外、ほとんど思い出せなかったんだ。だけど今日、そこの道を歩いていた時にさ、なんていうか、あの日の記憶が、というか気持ちが、ついさっきの出来事みたいに溢れてきたんだ」


 やがてショーンが食事の手を止め、おもむろに話し始めたのは、思った通り妹さんのことだった。予想していたのに驚いて、僕は相槌を打つことさえできなかった。


 まるで考えもしなかったのだ。ショーンにとってこの町がどんな意味があるか知っていたはずなのに――

 僕は通りや店、特にオカルトショップのある辺りに、歪みがないか探す事だけに夢中だった。互いに黙って歩いていたのは、ショーンも僕と同じだからだと勝手に思ったのだ。ただ、集中してゲールを探してるからだって。

 突然、この町にいると判った時、ここを歩いている時、ショーンはいったいどんな気持ちでいたことか――


 貝のように口を結んだままの僕を気にするでもなく、ショーンはどこか遠い眼をして話し続けた。


「コウ、あの日な、ジニーにもきみと同じことを言ったんだよ。寒いから上着を着ておけって。夏至の時期だってのに、いやに寒い日だったんだ。その辺からかな、変な気分になっていったのは」

「変な?」

「うん。ガキの頃、そこからハイストリートを下って行ったのをさ、逆に時間を遡ってここまで戻ってきたような気分。歩いている時はこんなふうに説明できる感じじゃなくて、文字通り変な気分だったよ」


 ガラス越しの通りを指を動かしながら指し示して、ショーンは、はは、と笑った。そんな彼を見ている僕の方が胸を締め付けられる。「うん」とだけ頷いて続きを促した。


「あの日はな、そこのマーケットクロスの前で俺たちアイツを、母親を待ってたんだ。そのうちジニーが退屈しだしてさ、ショーウィンドウを覗きたいって言いだしたんだ。ほら、あの辺の店の」

 マーケットクロスを挟んだ道向こうには、ひと際目を引く一群の店舗があった。緑色の窓枠はオカルトショップ、その横はパワーストーンの店だ。それにおもちゃ屋。小さな子ならきっと飛んで行きたいに違いない。


「だめだって言ったら、ごねてぎゃーぎゃー泣きだしてさ」

 ふぅー、と大きくため息をつき、ショーンは少しの間押し黙った。

「うるさくて、そっぽ向いてたんだ。それで、つぎに振り返るともういなかった」

 ショーンは薄ら笑って、力なくカフェラテの大きなカップを持ちあげた。だけど、カチャンとまたソーサーに戻して話を続けた。


「慌てて探してたら、ハイストリートの店を行く後ろ姿が見えたんだ。人通りもあったしさ、本当に見たのか、勘違いだったのかあやふやなんだけどな。――今日歩いててさ、ああいう店には、キラキラした石だの、魔法の杖だの、魔女のローブだの、あいつの好きそうなものがいっぱいあったんだなって、改めて気づいた。今まで、さんざ見てきたのにさ」


 僕はぐっと拳を握りしめて聴いていた。ショーンが崩れ落ちてしまうかと怖かった。


「見せてやればよかった」

 ショーンもテーブルに置いた手を握りしめていた。 

「しっかり手を握って、見せてやればよかった」

 それから、カフェラテの残りを一気に飲み干した。

「そうしたらそうしたで、今度は欲しい、欲しいって言いだして困ったことになるんだ! なんたって、魔の三歳児だったんだからな」


 きみのせいじゃない。きみのせいなんかじゃないよ!

 こうしてまた、この町で同じ道を辿っているのも――


 そう言いたかったのに、喉が締め付けられて言えなかった。なんだか無性に腹が立ったのだ。ゲールを探しに来て、どうしてショーンの傷を抉るようなマネをされるのか、訳が判らなかった。だけど、これだけは解かった。


 ゲールは、ショーンを通してしか見つからない。僕らがこれから辿る道は、この道しかないってことだ。




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