表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
Ⅰ 僕を取り巻く人々
6/99

5.恋模様は複雑

 空になった皿を横目で見つつ、僕は、またか……とため息を呑み込んだ。よかった、ショーンもマリーも気づいていない。シルフィだけが、ちょっと膨れて唇を尖らせている。


 ――ありがとう、シルフィ。その気持ちだけで嬉しいから。


 心のなかで呟いた。

 彼女はついっと立ちあがり、パタパタと居間を出て行った。

 電光石火の神業でカップケーキを奪いさったサラに、文句をつけに行ったんだと思う。


 そこで、僕もそろそろ――、と言いたかったけれど、どうもそうは問屋が卸さなかった。


「で、いつがいいかしら?」と、マリーが青い瞳をキラキラさせて問いかけてきたのだ。 

「ああ、次の予定だっけ? いつもと変わらないよ。毎水曜の午後――、」

「コウの面談がすんだら、そのまま家に来てもらってもいいんだけど、それよりむしろ家でしちゃえば? あんたも楽じゃない」

「え? なんでわざわざ。彼の職場からここは遠すぎるよ。だからいつも中間地点にある大学の近くで――」

「そのくらい知ってるわよ、アルが通ってたんだもの。だから、あんたの面談と夕食を別の場所でとるより、その方が合理的でしょ!」

「え、何の話?」

「は? 今さら何言ってんのよ? ケーキのお礼に、彼を夕食に招待しましょうって話をしてるのよ! あんただってついさっき、いいねって言ったじゃない」


 そんなこと言った? 


 あっけにとられている僕の顔を、マリーは露骨に眉をひそめて睨んでいる。カップケーキに気を取られていた間に、話題はとんでもない方向に向かっていた、ってことらしい。


「うちの料理は絶品でしょ。外で食べるより自慢できるし、なによりくつろげるじゃない。歓んでもらえると思うのよ」


 このまま黙っていると、この話、どんどん進んでいく。沈黙は自分の意見がないと同じにみなされるから。


 マリーは落ち着かない様子で部屋のあちこちに目をやりながら、早口でまくしたて続けている。


「アルのものもたくさんあるから、ここなら話題作りに困らないと思うの。きっと話も弾んで、ゆっくりしてもらえる――。ねぇ、お酒は何を用意しておけばいい? スコッチ? アイリッシュ?」


 あ、アルビーの送別会で話題が噛み合わなくてまともに話せなかったこと、気にしてるんだ……。だけど、


 そんなこと、僕に訊くなよ!

 とは言っても、アルビーに訊かれるのも、それはそれで嫌だ。


 助けを求めようとショーンに目をやると、彼は我関せずといった風情でいつのまにやらノートパソコンを開いている。でもこれは同意の沈黙ではなく、抗議のそれだ。もちろん、マリーにはこんな手は通用しない。


「ちょっと待ってよ、マリー。まずは相手方に都合を尋ねないと。彼、いつも超多忙みたいだよ。それに僕だって――」

「だから今、訊いてるじゃないの。今すぐ、彼に訊いてみて。水曜よりも、金曜の夜がよくないかしら。翌日を気にしなくていいもの。――あんだだって、週末の1日くらい、()()()()()、使ってくれてもいいわよね?」


 ぴしゃりと出鼻を挫かれた。

「あんただって――」の一文から、声のトーンがぐっと強迫的に下がっていた。

 アルビーのことを持ちだされると、どうも弱いのだ。僕が反論できなくなるってことを、マリーはもう充分知っているんだ。


 僕はふくれっ面をして――、それから「分かったよ」と頷くしかない。


 ――ごめん、ショーン。


 この夏、アルビーと僕がこの家を空けていた間に、ショーンは犬猿の仲だったマリーとすっかり仲直りして親友のようになった。というか、ショーンの方は友情以上の気持ちがあるんじゃないか、って僕もアルビーも感じている。だけど、マリーの気持ちはこの通り。

 そして、僕が毎週末アルビーの実家まで彼に逢いに行くことを、彼女だって手放しで受け入れてくれているわけじゃないってこと、僕だって気づいている。それが僕が彼女に強く出られない理由。


 きっと今でも一番大切で、一番大好きなアルビーの不在を、マリーは、他の誰かで埋めようともがいているのに違いないから。その堪らない喪失感の苦しさは、僕も同じ。


 だけどもし、その穴を埋めてくれる誰かがバーナードさんじゃなくて、ショーンなら――、僕だって手放しで応援するのに。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ