46.サイズ感って大事だよね
目が覚めて一番に目に入ったのは、バーナードさんの姿だった。正確には、ベッド横の壁にかかる大きな鏡の中の。アンティークゴールドに縁取られた空間には、彼に並んで座るアルビーもいる。二人はとても親密そうに額を寄せ合って話していた。風がアルビーの額にかかる黒髪をなぶっている。彼は気にも留めない。オレンジ色の光が濃い影を刻むここは、テラスみたいだ。昼間、バーナードさんと面談していた……
まだ目覚め切っていないぼんやりした頭で、これまで何百年もの間ずっとそうしてきたような、しっくりとした二人を眺めていた。まるで美術館にある名画のような調和のとれた二人。華やかなアルビーと落ち着いた彼。容姿も雰囲気も、年齢だって違うのに、この二人は似ているような気がした。根本的な何かがとても似ているような。それが何なのかは僕には判らないけれど。
「本当に再発ではないんだね?」
アルビーが綺麗な眉を寄せて彼に尋ねた。ひどく不安気な瞳をして。
そんな顔をしないで。僕は大丈夫だから。
「前回の症状を見ている訳ではないからね、絶対にとは言い切れないよ。けれど、僕がいた間の眠りは聴いていたような深いものではなかったし、声をかけたら夢現でも返事をくれた。レム睡眠からノンレム睡眠への移行もスムーズに見えた」
「気絶するみたいに、意識がガクッと落ちるような感じではなかった?」
重ねて尋ねるアルビーに、バーナードさんは優しく微笑んで首を振る。
「むしろ現実から解放されてくつろいだ穏やかな入眠だったよ。細やかに気を使う子のようだからね、きみたちから離れ、寝室に入ることでようやく張り詰めていた糸を緩めることができたようだ。僕にはそう見受けられたね」
話しているのは僕のことなのに、僕の説明というよりも、彼はアルビーの不安を拭い取り安心させるために話しているみたいだ。
おそらく、アルはずっと――、この夏からずっと、僕がまた目覚めなくなる不安に囚われて苦しんでいたに違いない。きっとバーナードさんは、そんなアルのことを気遣ってきたのだろう。
もう、あんな事は二度とないから、とアルに約束してあげられればどれほどいいか。
でもこれは、絶対病気にならないとか、死なない約束と同じ、人間である以上どうしようもできない、守れない類の約束だ。「どうして?」って疑問に思われるかもしれないが、簡単な約束に見えても、僕には、それに誰にも、いつどこでそうなってしまうか判らないのだ。要は本人の意志なんて届かない、そんな様々な宿命を持つのが人というものなのだ。
僕は、その宿命に素直に従い全うするのが善い生き方だと、そう教えられ、言い含められてきた。
仕方がないんだ、って信じていたのだ。アルビーを巻きこんでしまうまでは。
だけど、気づかされたんだ。アルは僕とは違ったから。そこで納得したりはしなかったから。彼は僕のようにそんな安易な生き方を選ばなかったし、従わなかった。心から頷ける解答を自分自身で掴み取るまで、どこまでも探し続けて。そうやって僕を見つけだしてくれた。
「馬鹿が! 買いかぶりすぎだ!」
甲高い声が耳に突き刺さる。鏡にはもうアルビーたちの姿はなかった。そこに映るのはこの部屋、バーナードさんのいたソファーにふんぞり返るドラコだった。
「入れてもらえたんだ。よかったね。だけど、そんなことばかり言っているとまた追いだされるんじゃないの」
鏡にではなく、視線を流して彼を見据えた。いかにも高級そうな一人掛けソファーは座る人を選ぶのだろうか。バーナードさんが腰かけていた時とは違い、ドラコを支えるこのソファーは、テカテカとした玩具のようだ。いや、この空間そのものが、人形の家みたいで――
クククッ、とドラコが笑う。
「所詮、お前の視る世界なんて俺様の焔が幻じた影にすぎないからな」
「僕の目にきみのいる世界が玩具に見えるのは、僕がきみをそう捉えているからじゃないの」
ふん、と鼻先で笑っただけでドラコは答えなかった。
地の精霊の制約からようやく逃れ、アルビーの監視下とはいえ、力を取り戻すことのできた今のドラコは、以前にも増して、ふてぶてしく傲慢だ。――サラは可愛いのに。
「どっちも俺だろうが!」
「同じことを言っててもねぇ。やっぱり大きさかな」
小憎たらしくても小さいサラだと許せることも、ドラコに言われるとカチンとくる。アルビーの悪口なんて特にそうだ。ああ、そうだった。ドラコに問い質さなきゃ。
「あそこに――、なんで今さら……」
口に出してから、反射的に眉根を寄せてしまった。ゲールのことを一番に尋ねようと決めていたのだ。それなのに脳裏に浮かんだのは金鳳花の花畑にいるアビゲイルだったのだ。




