45.親しくない間柄の以心伝心は居心地が悪い
蜂蜜ミルクティーを飲み終えると、もうあれこれ言うことはせずに素直にアルに従った。
予定では、マリーがバーナードさんにしつこくして迷惑をかけないように、早めにお開きにしようと決めていた。責任持って彼女を連れて帰るって。けれどそれも、彼女の保護者代わりでもあるアルビーが来てくれたのだから、任せていいのだと思う。
それよりもゲールだ。ここなら彼を守ってあげることだってできるし、何かあった時のためにも僕がいる方がいい。彼ともっと話したい焦燥も、明日の朝にでもゆっくり話せるのだと思えば諦めもつく。彼はいろいろ誤解しているようだから、まずはそこから。だけど、とにかくアルの前では話しづらい。今は時間を置いた方がいいのだと自分自身を納得させた。
寝室に行く前に、マリーとミラ、それにショーンに挨拶しておいた。ショーンはキッチンにいると思っていたのに、いつの間にかレセプションルームに戻っていて、彼女たち相手に和気あいあいと過ごしていた。すごいなって思う。僕はいまだにミラの前では、怖くて自然に振舞えない。きっとショーンのことだから、アルとバーナードさんが僕のところへ駆けつけてくれているのに気がついて、彼女たちまでが押しかけてこないように話し相手になってくれたんじゃないかな。ありがとう、ショーン。
ショーンにしろマリーにしろ同居人である二人は、僕が体調を崩しやすいことを知っている。改めて説明する必要もない。だから「きっと疲れが出たのね。私たちのことは気にしないで、ちゃんと休みなさいよ」とマリーにさらりと労われただけで、深く詮索されることもなかった。ミラはどうでもよさそうに、「お大事に」と愛想笑いしている。それからショーンが「あまり騒がないように気をつけるよ!」と真面目な顔で言い、「また後でな」と意味ありげな笑みで見送ってくれた。
ああ、そうか。
眩暈や倦怠感は少し経てば収まる。本当に体調が悪いわけではないのだ。言われた通りにベッドに入る必要なんてない。休んだフリをして戻ればいいのか。――アルビーには怒られるかもしれないけど。
当然のように付き添って寝室にまで入ってきたバーナードさんをちらと盗み見た。
眠るのでもういいですよ、なんて言い方じゃ失礼だろうか? 無難に「ありがとうございます」と頭だけ下げておく。だけど彼は会釈を返してくれただけで、ゆるりと室内を見回すと、窓際にあった一人掛けソファーに腰を下ろしてしまった。
「あの、僕は先に休ませてもらうので」
「どうぞ。僕はしばらくここできみを見守るから、気にせず休んでくれてかまわないよ」
なんで? と、思わず眉をひそめてしまった。「かまわない」と言われても、僕の方がかまう! 小さな子どもじゃあるまいし。アルビーがするみたいに、この人にまで子ども扱いされるのは嫌だ。
「また昼のようなパニック発作が起こると心配だからね。で、今回は何を視たの、現れたのは同じ女性かい?」
彼の口調は、昨夜は何の映画を観たの、とでも尋ねるような何げないものだったのに、この思いがけない質問のせいで、僕の肩はびくっと跳ね上がってしまった。そう、まるで悪戯のバレた子どものように。
だからとっさに、
ついさっき、貧血だろう、って言ったのはどの口だよ!
などという悪態を思い浮かべてしまったのも、やましさからくる動揺を誤魔化したかったのだと思う。
「ああ、貧血だと言ったから、それとは関係ないと思った? 貧血の引き起こす動悸が、パニック発作を誘発する一因になっているかもしれない。きみはストレスで食が進むようだけど、それでは消化吸収が上手く働かないだろうな。一度血液検査を受けた方がいい」
強張ったまま、上手く表情が作れない僕に語り掛ける彼の口調は穏やかで、まるで昼間の続きを話しているみたいだ。だけど、今聞かれているのは昼の事情とは違う。僕は、何て応えるのが正解なんだろう。
「そんなに構えて考えなくてもいいんだよ」バーナードさんがくすりと笑う。目を細めると、目尻に皺がよって、すごく優しそうに見える。なんでも委ねて大丈夫のような、そんな気にさせる。だけど――
「さぁ、もう横になるといい」
また僕の逡巡を見透かしたかのように、この話を切り上げてくれたのも彼だった。
何を視たの、と問われた時はあんなに動揺したのに、目を瞑るとそこにいる彼の視線ばかりが気になって、何も考えられなかった。今日はこんなにいろんなことがあって、考えなきゃいけない事が山ほどあるのに。
けれど、そのせいだろうか。僕は自分でも知らぬ間に、速攻で眠りに落ちていた。




