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エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
Ⅶ 今度は僕の番
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43.相手を見ているつもりでも

 ふくれっ面をしたままのゲールがぷいっとそっぽをむいた。そんなにドラコに腹を立てたのかな。それとも、僕に?


 心臓の嬉しいドキドキが、途端に不安な鼓動に取って代わられる。


 僕はどこから話せばいいのだろう……


「えっと、ゲール、今日はここに泊まる? 日が落ちてからの方がいろいろヤバそうだし、ここなら安全だよ」


 対処の難しい危険に晒されている彼を守るには、その方がいいに違いない、とそう思ったのだ。それに明日は休みだし、僕も泊まって夜っぴいて話すのもいいかなって。

 ところが、ゲールはとんでもないとでも言いたげに口をあんぐりさせたのだ。僕は、そんなにも呆れられるようなことを言ってしまったのだろうか。心臓がぎゅっと縮こまる。


「安全だって!」叫ぶように口火を切って、ゲールは怒涛の如く言い放った。「たった今あんな目にあったってのに! 俺だって、俺って大概じゃんって思うけどさ、コウの感覚はこんなもんじゃない。そうとう、おかしいよ!」

「大概って? え、だってさ、ドラコの領域ならお化けの類は入って来れないんだよ。何も心配は、」


 あ――。

 気づくと同時に両手で顔を覆って、曲げた膝上に突っ伏してしまった。

 僕は、おかしい。

 彼が心配しているのは彼自身のことじゃない。僕は、僕の望みばかり優先させて、こんなにも僕を心配してくれている彼の気持ちを受け取っていなかった。

 ようやく出会えた、自分を隠さなくてもいい相手と思う存分話したい、そんな思いばかりが膨れ上がっていたのだ。僕は、僕に対するゲールの気持ちをないがしろにしている。彼が叱っているのは、僕のそういうところだ。


 ちゃんと応えなければ。

 顔を伏せたまま、くぐもった声を絞り出す。


「ごめん。それに心配してくれてありがとう。僕は、いろいろ言葉が足りなかったみたいだ。その、僕は不器用で、分かってもらえるように話すのが下手で、」


 諦めてきたから。

 そう言ってしまうことが嫌で、喉元でぐっと押し留めた。

 

「下手なんだ。――上手く話す訓練を、してこなかったから」


 そう思いたい。きっと、諦めていたわけじゃないのだ、と。望んで失望するのが怖かっただけ。いや、それよりも、失望させるのが怖かったから。


 ああ、とゲールの息を呑む音が聞こえた。それから、強く頷いてくれる。


「すごく解る。こんなの誰にでも話せるようなことじゃないもんな。仲いい奴らにだって説明なんてできっこない。だけどさ、上手くなくていいからさ、俺には話してよ。だって俺には聞く権利あるだろ? きみは不本意かもしれないけどさ、もう()()()()()()()るじゃん、俺たち」

「もう?」

「出逢っちゃったからね」


 床に胡座を組んで座り、にこにこしているゲールは、もうさっきまでのように怒っている感じはない。ふわりと和んだ彼の(まと)う空気に触れていると、「でも」、と脳裏に浮かんだ言葉を形にすることができなかった。ここで僕が水を差すようなことを言おうが言うまいが、運命は変わるはずがない、とおざなりに済ませてしまった。それに僕は承認していないのだからこの呪は完成しない、と後ろめたい思いは頭の隅に追いやったのだ。


「きみの言う通り、今晩はここに泊めてもらうよ。きみの話が聴きたい。一晩中でも聴くから。それに、外にはまだあいつがいるんだろ? 俺がいる方が安心じゃん」

「ドラコのこと?」

「うん」

「ドラコは、」

「あ、その前にあの人を呼んでくる。話、長くなるだろ? まず医者に診てもらう方が安心じゃん。せっかくここにいるんだしさ」

「バーナードさん? 彼は医者じゃなくて、」

療法士(セラピスト)だっけ? なら似たようなもんじゃん」

「え、全然違うって、」

「ちょっと待って」


 大きな手のひらをひょいと持ちあげて僕を遮ると、ゲールは立ち上がり入り口の仕切りを開けた。途端にしゅっと彼の脇を緑の風が通り抜ける。


「コウさま、コウさま、申し訳ございませんとも、申し訳ございませんとも! このマークス一生の不覚でございますとも! あの野蛮な紅色をコウさまの尊い御身に近づけるなど、そんなことがあって良いはずがありませんでしたとも!」


 さっきまでゲールのいた辺りに、マークスが跪いて両手を揉み合わせ、口角泡を飛ばして捲し立てていた。飛び出し気味の大きな目からは、大粒の涙をぽろぽろと零して。


「大丈夫だよ。もとよりきみが謝るようなことじゃないしね。それより何か、体が温まる飲み物をくれる?」


 ()()()後は、血圧が下がるのか、とても体が冷えるのだ。

 

 マークスがひゅんと縦に伸びあがる。直立不動に姿勢を正しているのが見えたのは一瞬で、もういない。その後には「すぐにご用意いたしますとも!」という声だけが残っていた。


 


 

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