40.見かけに騙されてはいけない
自分の中で気持ちを無理やり捏ねまとめて立ちあがった。掃き出し窓を開けると、びゅわっ、とびっくりするほど冷たい風が吹きこんできた。すでに日は落ちきり辺りは闇に覆われている。とはいえ、こんなにも早々と冷え込んでいたなんて思いもしなかった。
しゃがみこんだまま僕を見あげるゲールの顔は蒼白く、膝を抱える大きな手だって小刻みに震えている。それなのにじっと動こうとしない。
風邪を引いてしまう。心配になって「早く入りなよ」と、つい怒ったような口調で急かしてしまった。
「――こいつらも」ゲールは言いにくそうに小首を傾げて、続く言葉は瞳で問いかけてきた。
「もちろん入って。今晩はひどく冷えるしね」
当然だとばかりに、僕は手をかけていた窓をいっぱいまで開いた。
ほっとしたように大きく息をついてから弾みをつけて身を起こしたゲールに続いて、鳥たちが几帳面に一列に並んで部屋へと入ってきた。ぴょこぴょこ跳ねる姿が可愛いな、と頬を緩ませたのも束の間、敷居を跨いで人型になり体がすっと縦に伸びた彼らは、――態度までがでかくなった。
奇声を上げ、足を揃えてびょんびょんと弾んでは好き勝手な場所に陣取っていく。あるいは先を争って食べものに手を伸ばし、ギャアギャア叫びながら奪い合っているのだ。
野生だもの。
躾がなってない、なんて思っちゃだめなんだろうな。むしろ慇懃すぎるマークスやスペンサーたちが異質なんだ。
ぼんやりそんなことを思っていると、ゲールがひどく恐縮した瞳で僕を見ていた。僕が彼らに呆れてる、それに嫌がってる、とでも勘繰られたのだろうか。
そんな心配はいらない。サラに比べれば、これくらい可愛いものだよ。
「きみも温かいものでも飲みなよ。寒かったんだろ、鼻が赤くなってる。トナカイみたいだ」
「ホッ、ホッ、ホッ! トナカイの鼻は赤くないぞ!」
「それはほれ、あれじゃ、こやつは、お子さ、」
「もういいじゃん! 茶々入れないでくれよ!」
ゲールがふくれっ面で侏儒たちを嗜める。だけど彼らはお構いなしだ。笑い声ばかり響かせて、ますます興奮して跳ねまわっている。
「おい、コウ! 俺のことはほったらかしかよ!」
耳を突く高い声に打たれたように、ぴたりと姦しい侏儒たちの動きが止まった。
振り返ると、ドラコが敷居の向こう側で仁王立ちして睨んでいる。
「ああ、きみはべつに凍えたりしないだろ」
「そういう問題か!」
「入りたいならアルの許可をもらってきなよ。僕にはどうしようもできないんだから。それより、シルフィーは?」
ドラコは僕の問いには応えずに、顔をしかめてキィーと歯を剥いた。
「俺だって腹減ってるんだぞ、せめて食い物をよこせ!」
「仕方ないやつだなぁ。わかったよ、ちょっと待ってて」
ちらっと目にしたローテーブルの大皿には、もうほぼほぼ食べられそうなものは残っていない。飾りの白薔薇くらいだ。ドラコならこれでも食べるだろうけど、さすがにそこまでの意地悪はできない。
キッチンに、と思って引き戸に目を向けたけれど止めた。開けたとたんに起こることは目に見えている。連中が騒ぐのはここだけにしてもらわなくては。音楽室で良かった。フレキシブルな造りとはいえ壁は防音になっている(そうスペンサーに説明された)。
となると、いったんテラスに出てからキッチンに回る方がよさそうだ。ゲールに、「ここにいて。もっと料理を取ってくるから」と声をかけて、この部屋を出た。
さっき窓を開けた時のような激しい風は、もう止んでいる。凪いだ空。今日は雲が出ているのか星は見えない。だけど、どこか金属を思わせる無機質な闇が地上を彩る星々を反射して薄らと明るい。
そんな、闇色の上に虹色のホログラムを映す空に気が取られていた。気がついた時には、辺りはしんと静まり返っていた。何のことはない。侏儒たちの大騒ぎを気にしたゲールが掃き出し窓を閉めたのだろう。
「――――」
キーンと金属を叩くような、ドラコの声がした。
静寂のなかに投げ込まれた小石のようなその音が、空気を揺さぶり波紋を作る。瞬く間に波となり、渦となってとぐろを巻き、板金に似た空を突きあげるように湧き立つ。
そんな狂暴なうねりが――
僕に向かって襲いかかってきた!
呑み込まれる!
と、思った時には遅かった。
爪先に引っ掛けられでもしたように軽々と絡めとられ、僕は、テラスの石造りの欄干に嵌めこまれた鏡に放り込まれてしまった。




