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エートス 風の住む丘  作者: 萩尾雅縁
Ⅵ クリスマスチャイルドの受難
39/99

38.思い込みは大抵間違っている

「そうだね、後は二人で話そうか」平坦な声音を鏡壁に向かって放ってから、ようやくアルビーは僕を振り返った。怒ってる様子はないけれど、向けられた眼差しは厳しい。溜め息を、喉の奥で呑み込んだ。


 なんでこんな大変なときに、アルの気持ちを宥めることに時間を割かなきゃいけないんだ。


 そんな苛立ちを頭の隅へと追いやった。

 面倒でもちゃんと納得してもらわないと、アルはまた後からヒートアップしていくに違いないから。

 アルのことを好きな気持ちは確かなのに。確かだからこそ、巻き込みたくないし立ち入ってほしくないだけなのに。どうしてアルビーは、僕を信じてくれないんだろう。


 この気持ちは、アルビーがあんなにも歩み寄ってくれた後でも変わらない。隠す必要がなくなったから余計に、彼の感じる困惑や拒絶をダイレクトに受け取ってしまって肌がヒリヒリする。


 ここまでは受け入れてくれても、ここから先は判らない。

 そんな不安でいつも、喉元をぎゅっと締め付けられている気がする。



「それじゃあ、俺、皆と話してくる」と、ゲールが腰を浮かすと、侏儒はその肩からぴょんと飛び降りた。と同時に小鳥の姿に戻り窓の方へとパタパタと羽ばたいて。ゲールも続いてテラスに面した掃き出し窓を開けた。とたんに雑多な鳥の声が波のように押し寄せた。窓は慌てたゲールの後ろ手に閉められ、室内にはすぐに静寂が戻った。



「――なんだか、すごい話だったね。こんな設定のアニメーション映画がなかったっけ?」


 間をおいて呟かれたアルビーの、特に茶化しているようでもない、しみじみとした言い様に驚いた。


「えっと、知らない……。どんな映画?」


「こっちに座りなよ」アルビーが自分の横をポンポンと叩いて言った。「まだ何も食べてないんだろ? 顔色が悪いよ。低血糖や貧血かもしれない、少しでも胃に何か入れておいた方がいいよ」


 結局、僕の皿は手も付けずピアノの上に置きっ放しだった。それを持って、言われた通りに彼の横に座った。アルの引力に引き寄せられて。


「ほら、まず水分から」と、生ハムを巻いた無花果(いちじく)を刺したフォークを口許に差しだされた。パクっといただくと、口の中に瑞々しい甘さと適度な塩気が広がる。

「これ美味しい。生ハムメロンより好きかも」

「もっと食べる? 今日の料理、どれも美味しかったよ。僕のところにいる()よりも、きみのところにいる()の方が料理の腕はいいようだね」

「うん、そうかもしれない。マークスの方が料理するのは好きみたいだね。スペンサーは、掃除や修理や、体を使う仕事が得意なんだよ」


 アルビーは、ブラウン兄弟の名前をほとんど呼ぶことがない。この名前が便宜上のものでしかないってことを、分かっているからだと思う。


 彼らはブラウニーだと話した時、「だからブラウンさん?」と怪訝な顔で訊かれた。

 御伽噺では、地味でぼろぼろな茶色の服を着ていたために“ブラウニー(茶色い奴)”と呼ばれた彼らだが、ここでは地の精霊(グノーム)の眷属を意味する緑の制服を着て、誉れとばかりに嬉々としている。グリーンさん、とした方が良かったかもしれない。

 そして個々の名前は、彼らが気に入る名前を僕が与えた。本当の名前は誰にでも発音できるような音ではないからだ。人間界での彼らの大好きなスーパーマーケット、M(マークス)(・アンド・)S(スペンサー)から拝借した。

 この名前の由来をアルビーに話すと、「確かに特別(スーパー)感のある、市場(マーケット)がまるごとキッチンにやってきたような料理人だものね」と苦笑された。


 ともあれ、本人たちはこの名前が気に入っているので、僕は普通に呼んでいる。だけど、ロンドンのどこにでもあり、幼い頃からこのスーパーマーケットにお世話になってきたアルビーには、複雑な思いがあるのかもしれない。



 そんなことを思いだしながら、黙々と皿の上に盛られたものを食べていた。


「さっき話した映画はね、確か、ドジな新郎が、森の中で殺されていた花嫁だった死体の骨に誤って結婚指輪を嵌めてしまって、幽霊につきまとわれて死の国へ連れていかれる、って筋書きだったと思う。うろ覚えだけどね」


 僕が食べるのをにこにこ眺めながら、アルビーは話の続きをしてくれた。


「それで、どうやってその新郎は死者の花嫁から逃げるの?」

「彼女の方が本当にその男を好きになって、命を奪えなくなるんだ」

「そんなふうになってくれればいいけれど。僕には相手がどんなモノなのか見えなさすぎて」

「援助するにしても、彼にもう少し詳しく話を聴いた方がよさそうだね」

「うん、今は皆がいるから早めに切り上げたけど、パーティが終わってから、もう一度訊いてみようと思ってるんだ」

「そうだね、それがいいと僕も思うよ」と、アルビーはしっかりと頷いてくれた。






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