32.無関心は優しさなのかな
ダイニングテーブルの上には、メインディッシュが並んでいる。もちろん定番のローストビーフだ。それにミートパイやフィッシュケーキ。サラダにスープ、デザートまでが、取りやすく食べやすい一口サイズで揃えられている。
マークスは着席でのディナーにしたがったのだが、人数も増えたことだから、と説得してビュッフェ形式にしてもらった。皆が一堂に会して食事するよりも、セルフサービスで料理を選び、好きな場所で楽しんでもらうのが今風だと言うと、「さようでございますか!」とびよーんと伸びあがって納得してくれた。
だけど、そのために寝室以外の部屋も解放する、と話したことが、この大改装に繋がったのかもしれない。昨日の予定では、レセプションルームとダイニング、それにティールームとテラスくらいのつもりだったのだが。伝え方がまずかったのだと思えて仕方がないが、後の祭りだ。
ともあれ皆が揃ったところで、シャンパングラスが回された。バーナードさんの差し入れてくれたものだそうだ。
マリーが窓外を伺いながら、小声で「あの人はいいの?」と訊いてきた。ドラコのことだ。「うん、あいつはこういう席は出禁」と同じく小声で応じた。これまでに二度もやらかしているからね。僕だって慎重になる。
「それじゃあ、」とマリーは軽く頷き、パンパンッと注意を促すために手を叩いた。
「お忙しいなか、お集まりくださった皆さん、」と、マリーが主催者として喋り始める。
おかげで僕は、ここでひと息。
ゲールやミラが加わったことで、この会の主旨も「コウの大学入学を祝って、そして、こうして新しく広がった私たちの交友が、より深い絆となりますように!」と、すり替えられている。この山積みされた料理からしてバーナードさんのケーキのお礼にしては仰々しすぎるから、当たり障りのないスピーチにしてくれたマリーの機転に感謝しかない。
それに、入学祝い、とそんなふうに言ってもらえるのは、嬉しいような、こそばゆいような気もする。けれど――
今は正直言ってそれどころじゃないんだよ。僕は怖くてアルビーの顔を見れないんだ。早く乾杯を済ませて、名目だけでも何か皿に取って移動して、とんでもない誤解の元となった裏のありそうな事情を、ゲールの口から聞き出さなきゃいけない。
乾杯の音頭でシャンパンを一口、口を湿らせる程度に飲んだけれど、僕はすっかり今までの酔いから醒めた気分だ。かけられていた呪が解けたからだろう。
「コウ」と低い声に呼ばれ、金の蔦模様で縁取りされた皿を差し出された。一通り料理がのっている。
「どこがいい?」
「音楽室かな。防音になっているし」
「あ、ちょっと待って」
ゲールが僕たちを見て、慌ててミートパイやローストビーフを皿に山盛りのせている。
「ああ、それなら大皿ごと持ってこさせればいい」
アルビーが軽く頭を振ってマークスを探した。呼ぶまでもなく「承知いたしましたとも、アルバートさま」と鼓膜をかする声がした。ゲールがきょとんとして、きょろきょろ辺りを見回している。彼には聞こえるんだ。マリーたちには聞こえていないようなのに。相変わらず彼女たちに捉まっているバーナードさんも気づいていない。
そういえばショーンは?
この場に彼がいないことに、僕はようやく気がついた。
いつからいなかったのだろう? ゲールを浴室に連れていって、戻ってきた時にはいなかったような。
「ショーンは?」心配になって、ついアルビーに尋ねてしまった。「知らない」とひどく冷たく素っ気ない声が返ってきた。
僕は今しがた、アルを苛立たせるようなことをしたばかりだ。それなのにショーンのことに気を取られている。それがアルには気に入らない。ショーンはミラがいるから、この場に来られないのかもしれないのに。アルはそんなことはどうでもいいのだ。本人の意思で選択した行動を、他人が勘繰ってあれこれ言う方が失礼だ、と彼ならそう言うと思う。
でも、僕は――
「キッチンにでもいるのかな。ちょっと、見てくる。先に行ってて」と、アルビーから顔を背けて言った。
きっと、彼はこういう僕のもの言いにますます機嫌を損ねてしまう、と解っているけれど。
だけど、僕のせいなのだ。初めの予定通りにバーナードさんだけを招いていれば、ショーンは嫌な思いをすることもなかったはずだ。僕が、マリーとバーナードさんとの間に挟まれるのが嫌だったから。それに、ゲールの問題を、駆りたてられるように処置したかったから。ショーンの気持ちは意識の上になかったからだ。あんなに相談にのってもらっていたっていうのに。ちょっと考えれば、マリーがミラを呼ぶことくらい気づきそうなものなのに――
恩知らず。そんな単語が僕を責めたて、駆りたてる。僕はそれに耐えられない。
アルビーの視線を背中に突き刺さるように感じながら、キッチンへ急いだ。寝室とジム以外はどの部屋も開かれた構造になっている。不自然でなく皆をやり過ごせるのは、死角になるキッチンカウンターの中くらいだろう。
予想した通りに、ショーンはキッチンにいた。でもカウンター内部ではなく、その横のハイテーブルで、――声を殺して笑い転げていた。




