30.大切なことには答えてくれない
薄らと黄金色に滲んだ空を背にして、クククッとドラコが体を震わせて笑った。逆光を孕んだ赤い髪がゆらめきますます輝きを放つ。燃えたつ焔のように。
「お前にはこいつがどう視えてるんだ?」と、ドラコは僕の方へと顎をしゃくった。
「どうって、コウは透けてる。半魂じゃん。そしてあんたはコウとダブってる。あんた、コウの魂を喰ったんだろ!」
すごいな、この子――。
神々しいまでの威圧感を放つドラコを恐れもしないばかりか、火の精霊の化身である彼に食ってかかっているなんて。地の精霊の呪縛から自由になったドラコは、以前よりもずっと本質に近い姿をしているのだ。僕やドラコの姿がそんなふうに視えているなら、当然彼には、ドラコの本質だって視えているだろうに。
「面白れぇ! 生意気だな、お前! おい、なんだって、こんな小僧を選んだんだ?」
にたにた笑いながら、ドラコの金色の瞳が宙を見据える。つうとその空間に入った一本の切れ目から、シルフィが体を滑らせるようにしてでてきた。
「だめだよ! こんな、扉でもないところから!」顔をしかめた僕を、すかさずドラコが「これくらいのことで怒るなよ、コウ」と揶揄うように笑う。
「だめ。この世界の規則は守ってよ。こんなところを皆に見られたら、僕が困る。きみだってここで暮らせなくなるんだよ」
シルフィに「め!」と唇を尖らせてみせた。彼女は素直に、ごめんなさい、と肩をすぼめる。ほら、ドラコと違ってちゃんと言う事をきいてくれる。
彼女の目線が、そっとゲールに向けられている。彼の方は、なんだかぽかんと僕たちを見ている。
何を、どう説明すればいいのか――
たぶん、彼は僕と同じかよく似た体質の持ち主で、生まれつき視える人なのだろう。でも、同じなのはそれくらい。ここからどう話を持っていけばいいのか、皆目判らない。彼みたいな人に逢うのは初めてだから嬉しいといえば嬉しいのだが。だからこそ、理解されないと怖い。安易に「同じだ」というカテゴリーで括ってしまうわけにはいかない。
誰もが何も口にできない沈黙に支配されていた。この場をどうしよう――、と思いあぐねていたその時、いきなり腕を掴まれた。
「コウ、きみ、そんな透けた身体で普通にちゃんと暮らせてる?」
いつでもにこにこしている印象しかなかったゲールが、眉間に皺をよせ、警戒感まる出しでドラコに眼を飛ばしている。僕とドラコとの間にはけっこう距離があったけれど、ゲールがその間に立ったのは、おそらく僕を庇うためだ。
「えっと、僕はべつに彼に喰べられた訳じゃなくて。その、合意の上っていうか」
「嘘だ! きみがどんな馬鹿でも自分の命を削るようなこと、する訳ないじゃん!」
ごもっとも。合意したのはすべてが終わってからだった。
「仕方がなかったんだ。いろいろ事情があるんだよ」さすがに、正直に話せば反発必至な儀式のことを、こんなところで明かすことはできない。僕は彼が何者なのかもまだ判ってはいないのだ。そう、ただ彼の名前に惹かれただけで――
そうだ、名前。
「彼はその名の通り、大風の使い手なの?」
ゲール本人ではなく、シルフィに、継いでドラコに視線を送って尋ねた。
でもドラコは意地悪くにやにやしているだけだし、シルフィは、そんなドラコと僕をチラチラと見るだけだ。
ほら、こういう大切なことには答えてくれないんだよ……。
「いやいやいや、失礼おば致し申した」
突然のしゃがれ声がどこからしたのか判らなくて、きょとんと辺りを見回してしまった。
「ほれ、ここじゃ、ここじゃ」
その声に応えたくてもドラコもシルフィも知らんぷりしてるし、ウッドデッキには鳥たちがウロウロするばかりで。
ゲールがクスッと笑った。
バサバサッと小鳥が飛びたち、彼の肩に留まり――
真っ白な髯をたくわえ、綺麗なアメジスト色の服と頭巾を身につけた侏儒になった。人間の赤ちゃんくらいの大きさだろうか。ゲールの頭を支えにして、そう広くもない肩の上に器用に立っている。
「お初にお目にかかる。御方の定めしゲールの伴侶よ」
伴侶?
どういうこと、とゲールに瞳で問いかけた。けれど心は、ゲールよりもその向こうにいるドラコを睨みつけていた。
やっぱり、何か仕掛けてたんだろ。皆の揃うこのタイミングで、ゲール・マイスターがここにいる、ってことに意味がないはずがない。
間違いない。
ドラコのやつ、肩を震わせて笑っているじゃないか――




