18.黒曜石と天然木
「もちろん、アルバートさまの許可をいただきましたとも! お手伝いにいってらっしゃい、と送りだしてくださいましたとも! お美しく、お優しいアルバートさまでございますとも!」
広い瞼がブリッジする三日月のように細まっている。アルビーの名を口にするとき、その瞳は恍惚として唇はさも嬉しそうにいっそうの滑らかさを増すのだ。
「このお宅のお披露目パーティでございますからして、コウさまはお忙しいですとも! お手伝いがたくさん必要ですとも! わたくしども誠心誠意なさいますとも! そのためにもわたくしどもは――」
ぱくぱくとよく動く口が、まるで台本を読みあげるかのように、ことの経緯とインテリアの説明を語り始める。
ざっとまとめると、僕がお世話になってる人を呼んでここでホームパーティーをしたいから、「天井の魔法陣をどうにか隠して欲しい」と頼んだことが、一族総出で腕を揮ったリノベーションという結果を招いたらしい。マークスからは朝食時、「掃除して花を飾った」という報告はもらったけれど、まさかこんなことになっているとは……。
「これでたくさんお客さまがお越しくださいましても、ご存分に楽しんでいただけますとも! フーランシスさまはお住まいにはご関心を示されなかったですとも。とても残念なことでございましたとも。しかしながらコウさまはお偉いですとも! こうして――」
なるほど、彼らは家の装飾や機能にはまるで興味のないドラコに不満を持っていたらしい。家付き妖精の矜持でもって、腕を揮う機会を手をこまねいて待っていたのだ。
彼らブラウニーはとても勤勉な一族だ。田舎での昔ながらの生活を尊びながらも、実は現代の生活様式にも興味津々だということを、僕は知っている。
火の精霊であるドラコに仕えていたことで、地の精霊に帰属する一族から一線をひかれていたマークスとスペンサーだったけれど、ドラコがここを離れたことで彼らの雇い主も正式にアルビーということになった。異端だった彼らは、今や羨望される先駆者となったのだ。
怖々と成り行きを見守っていたに違いない同胞たちもこの機に乗じて安心して、秘めていた本当の望みを具現可したのに違いない。
だって、ますます熱をこめてスペンサーが語るのは、最新型システムキッチンについてなのだ。スチームオーブン搭載、自動洗浄機能付きレンジフード、タッチレス水栓に汚れにくいシンク……。次から次へと最新の何かの名前が流れでてきて溢れるほどだ。ちょっと僕では使いこなせないような。
まるでショールームでセールスされているような喋りなのだ。僕の耳の右から左へと抜けていたのも、しかたないんじゃないかな。けれど、彼らがいかにキッチンという場所を愛しているかだけは、よく解った。
そんなことよりも、面談はここでいいかな、と考えていたティールームが、キッチンとの壁を取り払われてダイニングの一角になってしまっている。
黒光りのする黒曜石の床に、キッチンカウンターの天板も黒曜石。けれどカウンター周りは天然の杉板だ。以前は天井に埋められていたダウンライトは、部屋周りを囲む蔦の絡みつく天然木の梁に移されている。
艶やかな黒い床は夜の海のようにダウンライトの小さな光を映し、鏡張りの天井が夜の海を星空に変える。
奥の壁一面も鏡。その手前、夜空と海の狭間をつなぐ切り株のようなハイテーブル。
なんだかここにいると眩暈がしそうだ。キッチンだけじゃない、どの部屋もどこかの壁面が鏡だった。まるでわざと錯覚の迷路を作っているみたいだ。
ふっと心が鏡面を滑り、迷いこみそうになる。
――流行の最先端を取り入れたデザインでございます。アルバートさまにお喜びになっていただけますように、贅を尽くした作りに……
マークス、え? スペンサー? 声が遠い。どこから聞こえているのか――
「ここはきみらの出入りもあるだろうし、別の場所でいいや。バーナードさんと話すには、ちょっと落ち着かないと思うから」
呑みこまれ引きずられそうな意識を振り切って、鏡の中ではない、背後にいるスペンサーを振り返った。彼もマークスと同じように、鼻高々な様子でとうとうと説明してくれているのだ。ここが気に入らないなんて、とても言えない。
「それで、寝室は残ってるんだろうね?」
「もちろんでございますとも! 主寝室とゲストルームでございますとも!」
ゲールに部屋を貸す話がまとまるようなら、残る5つの寝室も、それぞれ大雨で部屋を台無しにされた学生を募集して貸そうかな、と考えていたのだが。どうやらそれは、白紙に戻ってしまったようだ。




