12.目に見えるものは愛おしい
心に負荷の掛かるあれこれを悶々と考えて疲れはて、僕はいつしかソファーに転がって眠ってしまった。
どこにでも寝転がるアルビーみたいだな、と自分でもくすくす笑いながら――
夢の中はいい。ずっと楽に呼吸できる。
金銀のラメを散らした夜の空に似た黒曜石の闇に、一抱えほどの、てらてらと虹色の光を帯びた球体が浮かんでいる。その内側に、火の精霊の焔が包まれているのだ。焔が伸び上がり縮むたびに、球もまたシャボン玉のように不安定に膨れたりへこんだりその形を変える。
僕はずっとそれを眺めていられる。丸みを帯びた艶やかな地面に腰を据えて。
ドラコがくれた僕の生命力――。
この焔が消えたら、きっと、僕の命も尽きるのだろう。
そう考える刹那に湧きあがるのは、死ぬかもしれない恐怖ではなくて。
愛おしさ。
僕を活かす命という目に見えないものを可視化できる不思議な恍惚。
彼をこの身に受け入れた時から、僕はこちら側の住人だという方が相応しいのに。それまでの生活を維持できていることこそが、奇跡。
僕が僕でいることを許してくれた火の精霊からの贈り物だ。
だけど、ドラコやサラの前では、こんな想いを口にすることはない。心にも浮かべない。だってあいつら、絶対に調子に乗るもの。感謝しているならそれに見合う働きをしろって、ふんぞり返るに違いない。
だからいつもドラコには、「僕が死にかかったから仕方なく魔力を分けてくれただけじゃないか」と憎まれ口を叩いている。
それにたぶん、そういうことにしておく方が彼にとっても都合がいいはずだ。
だってあの儀式の折、動かない僕を抱えたドラコは、自慢の赤い髪が青白く透きとおるほど血相を変えてあたふたしていたもの。
そんな記憶を――、この焔はほんの時おり透きとおる球面に映してくれるのだ。僕の知らない、火の精霊の視ていた僕たちの姿を。
だから僕は、ここでこうしているのが好きなのかもしれない。きっと待っているんだと思う。焔の気まぐれを――。
だけど一つ困ったことがある。ここにこうしているときと違って、目が覚めているときのこれはとても熱いのだ。熱すぎて僕の生身の体には負担がかかりすぎる。耐えられない熱を発散し調節するために、僕はいろんなことをしなきゃいけなかった。
例えば、アルビーに病的だって言われるほど家事に打ち込んでみたり。勉強に励んでみたり。他人の問題に首を突っ込んでみたり。ほとんど自覚なしに体が勝手に動いていたのを後から理由付けして、自分を、そして心配してくれていたアルビーを納得させていた。
だけどアルビーに恋したのが、この熱に浮かされたからだとは思わない。思いたくない。
焔の脈打つ鼓動を恋と錯覚し、熱でのぼせているにすぎない火照りを目の前にいたアルビーのせいだと紐づけた、とドラコはそんなふうに言うけれど。
火の精霊が地の精霊を警戒し、過剰に避けようとしていたから、逆に僕の注意をアルビーに釘づけることになったんだ、なんて。
そんなものはドラコの勝手な言い訳だ。ドラコはたんに、アルビーに邪魔をされたくないだけ――。
アルビーのことを考えようとしたら、そこから追いだされるように目が覚めた。いや、追いだされたのかな。意識を鷲掴みされてぎゅんと引っ張られたような感触に、頭がずきずきしている。
トクトクと走る動悸が収まるのを待って、目に映る天井からローテーブルへと視線を流した。飲みかけの紅茶の替わりに、僕が目を覚ますタイミングを見計らって置かれたかのようなコーヒーポットがあった。それに翡翠色のコーヒーカップ。
夢の中であそこにいた後は、眠った気がしない。
目覚めは悪くない、むしろ良すぎるほどだけど。覚めすぎて現実感がないというか。
僕の現実はどっちなのか、判らなくなる。
それでも体はちゃんとこの現実を生きているから、一頻りして身を起こし、銀のポットから湯気の立つコーヒーを注げば、その香りをかぐわしいと感じて嬉しいし、苦みのある味は脳を刺激してくれる。
とぽりと生クリームを足した。濡れ羽色に乳白色が沈んでいく。
あ、いいことを思いついた。




