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世界樹と妖精女王候補

 頬を紅潮させて、瞳をキラキラさせている、明らかに興奮した様子の王子様を止めたお兄様。

 私と自分との間に差し込まれた腕に眉を寄せた王子様だったけれど、ふと気がついたように眉を下げた。


「すまなかった。感動のあまりについ前のめりになってしまったな。私はシルヴァン・ドライ・アルセイス。薔薇の乙女、リディア嬢と出会えたこと、世界樹へ感謝しよう」


 跪いて、私の手を取り、口づけを落とす王子様。

 ……王子様が私に跪いて、口づけしてる??

 驚きすぎて固まってしまった私の代わりに、お兄様がやんわりと王子様から私の手を奪い返して、微笑みながら懐から取り出したハンカチーフで私の手の甲を拭き取り始めた。……そんな汚いものを拭うようにごしごししなくても。

 ほら、王子様もその様子に眉根を寄せてしまっているし。


「アルベルト。そなた、私をなんだと思っているんだ。さすがにそこまで露骨にされると傷つく」

「申し訳ありません。私のリディアに男の垢がつくなど、到底耐えられなくて」

「……先程も質問したのだが、そなたとリディア嬢はどのような関係なんだ?」


 私の目の前で話し始めたシルヴァン様とお兄様。

 私ははらはらしながら二人のやり取りを見ていると、後ろからコンコンコン、と扉をノックする音がして。


「エドガー・アークライトだ。シルヴァン殿下、私も入室しても?」

「エドガー? そなた今までどこに行っていたんだ! 魔術省にそなたがいないと大騒ぎだったぞ!」

「その件を含めて同席を願いたい。どうやら私と殿下、そこの小姑騎士と小娘は、一度情報を共有すべきだと判断したからな」


 王子様相手にも不遜な態度のエドガー様。その肝の太さを私にも少しわけてほしいなんて考えていると、シルヴァン様にソファーをすすめられる。お兄様に手を引かれて、私は意識を部屋の中へと戻した。

 入室したときにはシルヴァン様の方に目が行ってしまって気がつかなかったけれど、シルヴァン様が座っていたソファーの後ろには、神官服を着た男の人が立っている。視線が合うとにこりと微笑まれて、私は慌ててぺこりと会釈を返した。


 シルヴァン様が神官様らしき人の控える、上座の一人がけのソファーに座る。私とお兄様で二人がけのソファー。エドガー様がローテーブルを挟んで私の目の前の外二人がけのソファーに座った。

 全員が着席すると、王城の侍女の方々がお茶のワゴンを運び込んで、一礼して部屋を出ていく。ティルダ様がドレスのままお茶をふるまってくれると、その後はシルヴァン様の背後に控えた。


 部屋の中には私とお兄様、エドガー様とシルヴァン様。それからティルダ様と名前の知らない神官様らしき男の人の六人だけになる。

 人払いのされたこの部屋で、一番最初に話し始めたのは、この場で最も位の高いシルヴァン様だった。


「まずはリディア・プライド嬢。こんな形で貴女を探してしまった無礼をお詫びしたい。国内にいるだろうことは見当がついても、どこにいるか分からなかった貴女を探すにはなりふりをかまっていられなかった」


 まず真っ先に謝罪をされて、私は困惑するしかなかった。シルヴァン様が私を探す心当たりなんて、平民の私にはなかったはずだったから。


「あの、そのことですが……人違いとかではありませんか? 大変失礼ですが、私が王子殿下とお会いするのはこれが初めてのはずです」

「どうかシルヴァンと。私はいうなれば貴女の下僕にあたるらしいゆえに、そうかしこまる必要はない」


 シルヴァン様からかけられた言葉に、今日一番の驚きで顔が引き攣った。

 第三王子の妃探しの夜会で王子様に声をかけられることすら私のキャパシティを超えていたのに、その上、シルヴァン様が私の下僕? なんの冗談だと叫ばなかっただけ、誰か褒めてほしい。

 吹き荒れる私の心情を察してくれたのか、お兄様が私の肩に腕を回して、落ち着くように撫でてくれる。


「シルヴァン殿下、ご冗談を言うには場と人を選ぶべきです」


 お兄様、ありがとう。

 私の代わりに苦言を呈してくれたお兄様に、シルヴァン様は渋面になるけれど、私だって渋い顔になりたい。


「……アルベルトはもっと柔軟な男だと思っていたぞ。兄上の側に侍っている時とは全然違うではないか」

「仕事と私生活は別です。私のリディアを煩わせるものはたとえ王子殿下であろうとも、容赦はいたしません」


 言葉とは裏腹ににこやかに応対するお兄様に、シルヴァン様の表情が変わった。


「そう、それだ。いい加減説明してくれ。リディア嬢とそなたの関係はなんなんだ? ホーネストの性を名乗ったことといい、アルベルトは彼女と結婚したのか?」

「結婚!?」


 もうこれ以上驚くことはないと思っていたのに、さらに驚きの種を振りまかれて、私は動揺の挙げ句、素っ頓狂な声を上げてしまった。エドガー様の鼻が白み、お兄様といえば。


「リディアと結婚……? 対外的には赤の他人となっているのだから、書類さえ提出してしまえば、リディアは屋敷に来てくれる……?」

「お兄様! お兄様、正気に戻って! 私とお兄様は血が繋がってますから無理です!!」


 とんでもないことを言い出したお兄様の腕を叩いて、難しい顔をして考えこもうとするのを必死に阻止する。お兄様が私を可愛がって、大切にしてくれてるのは知っているけれど、最近はなりふり構わなくなってきたので危険だ。


「申し訳ございません。発言をしてもよろしいでしょうか」

「ロジェ。許す」


 それまで黙っていた神官様らしき男性が、発言の許可を求めてきた。ロジェ、とシルヴァン様が呼んで許可をすると、その人は私とお兄様を交互に見比べる。


「まずは自己紹介を。わたくしは森林(アルセイス)神殿が神官長、ロジェと申します」

「は、初めまして。私はリディア・プライドです」

「リディア様。リディア様はそちらの騎士アルベルト・ホーネスト様の妹君であらせられるのでしょうか」

「はい」


 ちらとお兄様を見上げると、少しだけ不満そう。

 この状態のお兄様がさらに不機嫌になるのは分かっているけれど、先程からシルヴァン様も私とお兄様の関係を知りたがっているし、きちんと説明したほうがいいと思った。


「私は前ホーネスト伯爵の娘です。母はアルベルトお兄様と同じですが、この容姿のせいで母は不貞を疑われ、私は伯爵の庇護から外れ、庶民として育ちました」

「……そういうことか」


 シルヴァン様は納得してくれたようだけれど、すぐにその表情は曇ったものになる。


「ロジェ、確か神託では」

「はい。まだ確定はしておりませんが、シルヴァン殿下がリディア様を薔薇の乙女と認定されたのであれば……」

「そうか……」


 悩ましげに瞼を閉じて熟考するシルヴァン様。

 シルヴァン様とロジェ様の含みのある会話に不安が募って、お兄様を見上げれば、お兄様は私を安心させるように微笑んでくれる。

 やがて言いたいことをまとめたようで、シルヴァン様の緑の瞳が私とお兄様を交互に見た。


「リディア嬢。それにアルベルト。これから話すことは、そなたたちには酷な話になる。リディア嬢は当事者ゆえ話を聞いてもらわねばならないが、アルベルトはできれば退室したほうがいい」


 お兄様は、聞かないほうがいいような話?

 一人で聞く勇気なんてなくて、視界が揺れる。

 だけど私のお兄様は、やっぱり優しくて。


「酷な話であれば、リディア一人では心細いでしょう。私が側についているべきだと思いますが」

「……もし話を聞いても、そなたはリディアに対する態度を変えないと誓えるか?」


 シルヴァン様の真剣な話に、私は知らないうちに身体に力が入っていたみたい。ぐっとお兄様の袖をしわになるくらい握り込んだのを、お兄様がなだめるようにその大きな手のひらで包み込んでくれた。


「私がリディアを見捨てることなんてありえませんよ」

「シルヴァン殿下、どちみちコレも関係者だ。下手に隠して、後々にまた説明など二度手間だ。さっさと話せ」


 お兄様の頼もしいお言葉と、エドガー様の援護射撃で、私たちに気づかってくれていたシルヴァン様も覚悟を決めたらしい。居住まいを正すと、ロジェ様と視線を交わして頷きあった。


「では、初めから話そう。ひと月……いやもうふた月も前になるのか。その頃から私は夢を見るようになった。不思議なことに夜毎に同じ夢を見るゆえ、夢占を神官に依頼したのが始まりだった」

「ご希望に従い、シルヴァン殿下の夢占を請け負ったのは私です。シルヴァン殿下の夢占の結果に出ましたのは『妖精女王の代替わり』でした」


 妖精女王の、代替わり?


 ロジェ様の言葉に私は言葉を失った。お兄様もぴくりと眉をはね、エドガー様は眉間にしわを寄せている。


 妖精女王は世界樹を育む存在だ。妖精女王が世界樹を管理してくれているから、世界は調和し、荒れ狂うことなく生き物たちが生活を営むことができる。


 世界樹がまだなかった頃、世界の秩序はなく、妖精や精霊が争い、海は常に嵐が起こり、山は火を噴き続け、植物は息づくことなく腐り落ち、大地を踏みしめば底なしの地中に引きずり込まれるような状態だったらしい。

 もちろん人が住める場所など限られていて、細々と生活をしていた始祖の人々を守り、慈しんだのが初代妖精女王・ティターニア。


 彼女は世界を創り給うた神より、あらゆる生き物が共存できるようにと使命を受けて生まれ、世界樹を作り、世界の調和をはかり、秩序を生んだ。

 世界樹の守護が行き渡る場所に生き物の住処を与え、生き物と共存のできない妖精や精霊は世界樹の守護下の土地からつま弾いた。


 そして世界樹の守護下にある大地の管理を、自分に一番近しい存在である人間たちに委ねた。

 世界樹の守護のある国は現在五ヵ国。


 世界樹の膝下にある、ドリュアス神国。

 鉱山が多く、鍛冶や宝飾が盛んなオレイアス連峰国。

 数多の島国から成立するネレイース群島国。

 技術の発展や芸事が目覚ましいナパイアー共和国。

 そして大陸の食料庫と言われるくらい畜農が盛んな私達の国、アルセイス王国。

 太古の昔にはもう一つ国があったそうだけれど、今やそこは滅び、ドリュアス神国に吸収されている。


 この五つの国の外はおよそ人が住める環境にはなく、だからこそ私たち人間は世界樹の大切さを幼い頃から教えられて育ってきた。


 そうやって世界樹が生まれ、生き物の営みがくるくると巡りはじめ、数千年の時が流れているのがこの世界の歴史。

 その間、妖精女王も何度か代替わりをしていて。


「……今の妖精女王は確か」

「在暦五百八十一年【星海(せいかい)水母(みなも)】ジェリー・シー・フィー様でございます」


 通り名は知っていても、真名まではあまり知られていない妖精女王。

 ロジェ様が告げるその名前を頭の中で反芻していると、話が続いていく。


「夢占の結果が出てすぐに大神殿に問い合わせました。すると大神殿より各国の神殿へ妖精女王候補の擁立の通達がありました。……大神殿の聖女エインセル様。彼女はすでに妖精候補として立たれたと。そしてその妖精候補の守護者を探していると、各神殿に守護者の捜索を命じたのです」


 とても壮大な話になってきた。

 妖精女王の代替わりなんて、今の今まで噂の欠片も聞いたことがない。

 私が聞いていい話なのかと思っていれば、エドガー様がふと口を開いた。


「妖精女王の代替わりが近々起きることは理解した。その守護者を大神殿が探しているのも。それがどうして王子とそこの娘につながる?」

「神殿にある古き書物を紐解くと、かつて妖精女王候補は一人ではありませんでした。各国に一人ずつ、妖精女王候補が存在していたようです。ただし、妖精として覚醒できるかどうかはまた別であり、ジェリー・シー・フィー様の代は妖精として覚醒したのは彼の方お一人であらせられたと伝わっております」

「妖精としての覚醒……?」

「妖精女王候補となる妖精は、人間に擬態します。生き物の営みをよく知るものの中から、妖精女王が後継を選び取るのです。世俗で言うチェンジリングがこれに当たりましょう」


 きりっと心臓が引き絞られた気がした。

 嫌な汗が吹き出して、手足の末端が冷えていくのが分かる。

 血の気が下がって、たぶん青ざめて見えるだろう私の表情を見たシルヴァン様が、心配そうに私に声をかけてくれる。


「大丈夫か? 顔色が悪い」

「……いえ、その……続きを聞かせてください」


 バクバクと心臓が駆け足になっているけれど、それをぐっと抑えて、私はロジェ様に続きを促す。

 ふっと指先に温かいものが触れる。視線を下げれば、お兄様の袖を掴みすぎて真っ白になっていた私の指を、そっとお兄様が撫でていて。


「大丈夫だよ、私のリディア。落ち着いて深呼吸をしてごらん」

「お兄様……」

「君が何者であっても、君の十七年間はなくならない。君は私の大切な妹に変わりない」

「……ありがとう、お兄様」


 この話の流れから、私がどういった存在なのか、理解してしまった。

 それはきっとお兄様もそうで、それでも、私が何者でも大切な妹であると断言してくれたお兄様に、私は涙が溢れそうだった。


「続きをお願いします」


 覚悟を決めて、改めてロジェ様に続きを促す。

 ロジェ様はゆっくりと頷くと、この話の核心へと触れていく。


「結論からいって、シルヴァン第三王子殿下は大神殿が擁立する聖女エインセル様の守護者ではございませんでした」


 なんとなく読めていた話の流れ。

 私は死刑宣告にも似た心地で、ロジェ様の言葉をじっと待つ。


「リディア様。夢占の結果から導くに、おそらく貴女こそがアルセイスの妖精女王候補でございます。そしてその守護者にシルヴァン第三王子殿下と、そちらの魔術師、エドガー・アークライト様が選ばれたのだと推察いたします」


 私の運命が、定まった瞬間だった。


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