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薔薇色乙女の夜会

 案の定というか、なんというか。

 お兄様の説得はかなり難航した。

 お兄様は近衛騎士で、第二王子付き。

 王族の護衛という立場上、薔薇色の髪の乙女の話は兄王子の口にもよく上っていたそうで、その乙女を見つけるために神殿や魔術師が動いていたのも知っていたらしい。

 それでも私のことを王子たちに話さなかったのは。


「リディアにはまだ早いでしょう? せっかくこれまで離れ離れだったのだから、もう少しだけ兄妹で一緒に過ごしたかったんだ」


 そんなことを言われてしまえば、大好きなお兄様の頼みだからと、私も絆されてしまうわけで。

 結局、私を王都に連れて行ってもっと詳しく契約紋について調べたいエドガー様と口論になり、翌日にやってきたギオ様の仲裁と勅命の一言で、渋々、ほんとうに渋々、私が王都に行くことを許してくれた。


 ……許してはくれたんだけど。


「私の見立てに狂いはなかったね。リディアが私の見立てたドレスを着てくれる日が来るなんて……しかもそのエスコートを私ができるなんて、夢のようだよ」

「お兄様、わかりました。分かりましたから。それもう、三回目です……」


 いざ王都にやってきた私は、ホーネスト伯爵家のタウンハウスに一泊すると、お兄様から贈られたドレスに身を包み、招待状を片手に王城の夜会に出席するという義務を果たした。


 会場は王城のダンスホール。初めて目にした王城のきらびやかな空間に、私の目が潰れそう。金銀真鍮の装飾に、自分のドレスが反射するくらいぴかぴかに磨き上げられた明るい大理石の床。楽団が一段高く上がった壇上から絶え間なく音楽を奏で、夜の間尽きることなく灯される魔法の明かりは昼間のように明るい。


 そんな空間で、私は早くも家に帰りたくなってしまっている。


 この華美で絢爛なこの場所は、見渡す限りの人が赤髪だらけ。

 薔薇色の髪の女性という参加資格は、わりと曖昧だったようで、一口に薔薇色と言っても真紅のような髪色から茶色に近い赤色、私のように淡いストロベリーピンクと多岐に渡っている。

 その上、目のやり場に困るドレスが多くて。


 ギオ様がドレスの手配をしてくれると言っていたことを思い出していた。

 その証拠に、お兄様が褒めちぎってくれるこのドレスだって……。


「私の見立ては正しいと思うけれど、やはりこれだけはいただけないね……あの王子の性癖なんて知らないけれど、それを私のリディアに強要するのだけは、ほんとうにいただけない。この真白の無垢な背中に欲情する男どもは全て私が切り捨てなくては……」


 会場を見渡す私の隣から、物騒なお兄様の声が聞こえた。

 お兄様がかなり過激な発言をしているのは分かっているけれど、私はそれに口出ししない。だって私も、これだけはどうなのだろう……と正直ドン引きだったから。


 お兄様が用意してくださったドレスは、私の髪色に合わせた桃色のドレス。幾重にも重ねたオーガンジーは裾にいくほどレモンイエローの淡い色に変わっていって、まるで春の花をイメージしたような可愛い色をしていた。


 だけど一つだけ問題が。

 これ、背中がすごく空いている。

 他の招待客も同じで、背中が大きく開いたドレスの人たちばかり。


 目のやり場に困るこの状況、どうしてこうなっているのかといえば、ひとえにこの薔薇の夜会のドレスコードが『背中が開いたドレス』だったから。

 しかも、詳細にどこまで背中が空いていればいいのかっていう指定付き。

 その範囲がとても際どくて、肩甲骨から尾てい骨の上ギリギリくらいまでという。


 これはお兄様どころか、着せられる私としても悶死もの。

 ドレスの手配までしてくれるという、お膳立ての夜会の理由を垣間見てしまった気がする。


 思わず空きすぎている背中のことを思い出してしまって、私もお通夜の気分。私とは違って騎士の正装というかっちりとした黒の騎士服に身を包んでいるお兄様もまた、私への賛美と第三王子への恨みつらみに忙しそう。

 そんな兄妹を鼻で笑うのが、何故か夜会に着いてきたエドガー様。


「小娘が色気づいたところで、誰も気にはしまい。それに今回の夜会は王子の妃探しなのだから、その候補から横取りするような馬鹿もいないだろう」


 髪の色と相まって全身黒のコーデになっているお兄様とは対象的に、エドガー様は魔術師の正装だという白のローブを身にまとっている。金の髪と海色の瞳がよく映えて、周囲の女性の視線をお兄様と二人で半分こしていた。

 その間に挟まれている私の居心地の悪さは今更だし、エドガー様の不遜な物言いなんて言わずもがな。

 そろそろ本気で帰りたいです。


「お兄様、夜会の開始の案内から随分立ちますが、このあとの流れってどのような感じですか? もう帰っていいですか?」

「可愛いリディア。いや、可愛いだけじゃ物足りないな。世界樹を守護する妖精女王も霞むほどに素敵な君を、ちょうど私も隠したいと思っていたところだ。帰ろうか」

「騎士ホーネスト、寝言は寝て言え。主催の王子が姿を見せていないだろうが。仮にも兄王子付きの貴様が挨拶もしないで退出するのは無礼だろう」

「まさか筆頭魔術師殿にものの道理を諭される日が来るとは……」


 お兄様のその言い様に、お兄様の中でのエドガー様の為人の片鱗を見た気がする。

 頭上で交わされる二人の会話を見上げていれば、お兄様がため息をついた。そのとんでもなく色っぽく艶めいた姿に、周囲からきゃあっと黄色い悲鳴が聞こえた。


 分かってる。分かってますよ。私のお兄様はかっこいい。

 かっこいいけれど、普段は領地でもここまで露骨な視線というものはなかったから、こうもあからさまにオモテになるのを見てしまうのは気後れしてしまう。思わず小さく一歩、お兄様から距離を取れば、お兄様はさりげなく私の方へ一歩距離を詰めた。


「リディア?」

「……なんでもないです」


 お兄様から話しかけられるたびに、女性から突き刺さる視線が痛いんです、なんて言えない……。

 曖昧に微笑んでお兄様の追求を逃れようとすると、ふと前方から私達の方へと真っ直ぐにやってくる人を見つけた。


 ブルネットの髪をきっちりと結い上げて、招待客にも多い、おそらく王城支給のドレスを身にまとう、少し吊り目気味な榛の瞳を持った女性。

 周囲がお兄様とエドガー様を遠巻きにするなかで、その人は物怖じせず真っ直ぐに私の方へと歩いてきて。


「お初にお目にかかります。私はティルダと申します。リディア・プライド様でございますね」

「えっ……あの、はい」

「第三王子がお待ちでございます。どうぞこちらへ」


 私とティルダ様は初対面だ。それなのにどうして名前を、と思っていたら、続いた言葉に思考が停止した。

 ぐっとひそめられたティルダ様の言葉は、たぶん遠巻きにしている人たちには届いていない。聞こえたのは私と、私を挟むように隣りにいるお兄様とエドガー様だけで。


「……それは、なんの冗談だろうか?」

「ほう」


 お兄様の機嫌は急直下、エドガー様は面白そうな感嘆が聞こえてきた。

 私はそこでようやくティルダ様の言葉を飲み込んで、なんとか言葉を返す。


「や、やっぱり人違いだと思います! ごめんなさい!」


 名前を言われて返事をしてしまっているから、今更すっとぼけるのは無理だと思いつつも、こう言いたくなるのは仕方ないと思う。







 私のささやかな抵抗は虚しく、お兄様の微笑と絶対零度の不機嫌ブリザードの圧力も虚しく、頑として私を連れて行こうとするティルダ様の意志は固く。最後はエドガー様に腕を取られて引きづられるようにしてダンスホールを後にした。


「アークライト、私のリディアにその不躾な手で触れないでくれないかい?」

「貴様が第三王子の召喚を無視しようとするのが悪い。この庶民の小娘が私だけではなく、第三王子にも呼び出されるとは、何かあるに決まっているだろうが」

「むしろその逆では? リディアは社交デビューすらしたことがない。王子と面識はないと断言しよう。なのに呼び出されるのはおかしいことでは?」

「だが私はこの小娘を知っていたぞ。会ったこともないはずの小娘の顔を、毎夜毎夜、夢の中でな。小娘の魔力があと三つ、どこかに伸びているのも気がついている。なぁ、騎士ホーネスト?」


 どうやらエドガー様の中では、私と王子の間に何かしら繋がりがあると確信しているみたい。

 意味深にお兄様に視線を向けながらも、エドガー様はずんずんと歩いていく。

 というか。


「え、エドガー様? どちらに向かわれてるんですか? ティルダ様に案内してもらわなくてもいいのですか?」

「リディア様、問題はございません。第三王子はこちらにある控室でお待ちでございます」


 エドガー様は最初から分かっていると言わんばかりに鼻を鳴らす。私はドレスの裾を踏まないように一生懸命ドレスをたくし上げて小走りをするけれど、エドガー様の一歩は大きくて、慣れないドレスとヒールに、つんのめってしまって。


「リディア」

「どんくさい」


 お兄様に腰を支えられ、なんとか転倒しなくて済んだ私はほっとした。エドガー様は舌打ちしてお兄様に睨まれているけれど、反省した様子はない。ティルダ様は少し先の扉の前に立つ衛兵らしき方に声をかけに行ってしまった。


「リディア様、こちらで第三王子がお待ちです。どうぞ中へ」


 身を起こしてお兄様ごしに見てみれば、ティルダ様は扉の一つを開けていた。

 私が伺うように視線を見上げると、お兄様は一つため息をつかれて。

 お兄様は私の手をすくうように取ると、ゆっくりと私の歩調に合わせてエスコートしてくれた。状況をちゃんと飲み込めないまま私を引きずってくれたエドガー様とは違って、心の準備をする時間をくれるようなゆっくりとした歩みに、混乱していた私の頭も次第に落ち着いていく。


「失礼いたします。近衛騎士アルベルト・ホーネスト並びにリディア・ホーネストでございます」


 そう思ったら、予想もしていなかったところからの伏兵が。

 視線を伏せて、入室の前に一礼。名乗りを上げようとしたら、一足早くお兄様が私のことを、ちゃっかりホーネスト家の一員として紹介してしまった!


「アルベルト? 何故そなたが? それにリディア嬢は魔術屋の主人ときいていたが……」


 かけられた声は困惑に満ちていて。

 反射的に顔を上げてしまう。


 さっきいたホールにいる誰よりも鮮やかに燃えるような赤い髪に、森林の芽吹きを感じさせるような緑の瞳。

 見るからに仕立ての良さそうな衣装に身を包むその人と目があった瞬間、その人の目が大きく見開かれて。

 おそらく王子様だろうその人の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「薔薇色の乙女……! やはりそなたで間違いはないな!」


 紅潮した頬とうっとりと蕩けるような碧い瞳がまるで恋する乙女のよう。すっくとソファーから立ち上がって私の方に近寄ってきたその人に、私は思わず一歩下がり、私と王子様の間には壁のようにお兄様の腕が差し込まれた。


 流石です、お兄様。


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