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第三王子様の妃探し

 伯爵家で寝泊まりするようになってしばらく。

 エドガー様の言う私と契約紋の関係についての進展がない日々に、段々とお兄様の過保護が加速してきた気がする。


「可愛いリディア。今日くらいは休んだらどうだい? 毎日仕事をしていては疲れるだろう?」

「平気ですよ、お兄様。これがもう私の生活ですから。慣れっこです」


 毎日心配して玄関まで何度も振り返り、振り返り、私を気にかけてくれるお兄様。だけど今日は一段とその引き止めがひどかった。

 不思議に思いつつも、今日は騎士の仕事で登城しないといけないお兄様をなんとか言いくるめて見送って、お店に出勤。ここ最近の日常風景になりつつある、私とエドガー様とレイさんの組み合わせ。いつものように二人が私と一緒にお店に着いて来てくれたのだけれど。

 ……なんかお店の前に人がいる。

 開店前だけれどお客様かなと思ったら、エドガー様が私より一歩前に踏み出した。


「ギオ。何をしている」

「え、筆頭? 筆頭こそなんでここにいるんですか!! 魔術省、筆頭がいないって上から下まで大騒ぎしてますよ!」


 エドガー様のお知り合い?

 挨拶もなく、エドガー様が不遜な言い方をしても、相手の方は怒る様子もない。それどころか相手の人がびっくりしているのに対し、エドガー様はさらに腕を組み、ふてぶてしそうに鼻を鳴らしてて。


「知らん。私は今、最重要命題があって忙しい。これが解明するまでは帰らんぞ」

「帰ってきてくださいよぉ! 長と副長がめっちゃ怒ってるんですって!!」


 ギオって呼ばれた男の人は、よく見たらエドガー様と似たようなローブを着ていた。ということはもしかして、魔術師の方? それでエドガー様を探していたのかな。

 だけどそんなギオ様の訴えも虚しく。


「知るか。それよりお前こそなんでここにいる」


 エドガー様は一刀両断。

 そんなにもつれない反応をするのを見ていると、もうちょっと寄り添ってあげてって言いたくなっちゃう。

 だけどギオ様は慣れっこなのか、打たれ強いのか、エドガー様の我の強い言葉にため息だけついた。


「俺ですか? 俺はー……」


 ギオ様の視線が私を向いた。

 ぱっちりと目が合ってしまう。

 曖昧に笑って、軽く会釈だけしたんだけど、ギオ様の視線はそのまま私に固定されちゃって。 


「えっと、もしや、そちらの薔薇色の髪の方は、リディア・プライド様でしょうか」


 驚いた。

 私の名前を知っているの?


「えっと、はい。そうですけど……」

「良かった。こちらにお住まいだと伺っていたのですが、外出中でしたか?」


 このお店が私のお店だと知っていて来てくれたんだ。

 そなると、私のお店のお客様なのかもしれない。

 せっかく朝早くから訪ねてきてくれたのに悪いことをしてしまったかもしれない。


「すみません。一時的にですが、今は兄の元に住んでいるんです。なので通いでお店に来ていて……」

「お兄様が?」


 ギオ様が不思議そうに首をひねってる。

 あ、もしかして私とお兄様のお話は知らないのかもしれない。

 案の定、ギオ様は私に戸惑うような口ぶりで確かめてきた。


「失礼ですが、リディア様は故ナターシャ様のご息女だとお伺いしていますが……」

「こいつの兄はアルベルト・ホーネストらしい。前ホーネスト伯爵の隠し子だ」

「えっ!? あの騎士ホーネストの!?」

「そんなことよりさっさと本題に入れ」


 エドガー様が舌打ちをしながら、ギオ様の言葉を遮った。お行儀がわるいなぁと思いつつも、私ギオ様が何をしに来たのかは気になるんだけども。


「とりあえず、中に入りませんか?」


 ここじゃ、人の目が気になってしょうがないです。









 お店に入って、お店のカウンターの所に家中からかき集めた椅子を持ってくる。うん、私を入れて四人。たいへん賑やかです。

 お茶を淹れて、お互いに自己紹介。

 ギオ様は思った通り王城の魔術師で、今日は王城からの使いとして派遣されてきたそうな。

 私は伯爵令嬢としての籍がないから社交界デビューなんて当然していないし、お店のことだって王城とは関係ない。王城から使いがくる要素なんてないのに。

 そう思っていたんだけど。


「こちら、二週間後にあります薔薇の夜会の招待状です。リディア様も参列するよう、ご勅命が降りております」

「勅命!?」


 思わずひっくり返った声を上げてしまったけれど、許して!

 エドガー様がうるさそうに私を見てくるけれど、仕方ないじゃない! だってこんな庶民に勅命なんて、雲の上の出来事すぎるもの!


「失礼ですが、その勅命は本物でしょうか?」

「陛下の命を疑うと?」

「いえ、人違いや手違いの可能性はないのですか?」

「いいえ。確かにリディア・プライド様宛です」


 レイさんが私が思ったことを代弁してくれるかのようにギオ様に聞いてくれるけれど、呆気なく否定される。

 私が必死に目を瞬いて状況を飲み込もうとしていれば、ギオ様は困ったように眦を下げながら教えてくれた。


「お聞き及びではございませんか? 今第三王子の妃探しで、薔薇色の髪を持つ乙女を探していると。神殿からの指示で、国中から妃を集っているんですよ」


 そういえばこの間、薬屋のティガさんがそんなようなことを言っていた。

 あの時は自分に関係ないって思っていたんだけど。

 そのことかとようやく合点がいったけど、でも私以上になにか納得できなかった人がいたようで。


「待て、神殿だと? なぜ神殿の指示で魔術省が動く? ギオ、私がいない間に何があった」


 エドガー様がギオ様に食いつく。

 対するギオ様は。ひょいっと肩をすくめた。


「だからそれ含めててんやわんやなんですって。薔薇色の髪の乙女を探すのに、遠見の魔術ができる魔術師に協力依頼が来たんです。その一人である筆頭が無断欠勤してるんで、魔術師長がお怒りどころか神殿にも詰められて大騒ぎですよ?」


 どうやらエドガー様の働いている魔術省は大変な騒ぎになってるみたい。


「エドガー様、無断欠勤はよくないですよ?」

「誰のせいでここにいると思っている? 小娘?」

「私に言われても……」


 藪蛇だったかもしれない。身に覚えのないことで押しかけられて迷惑しているのは、こちらもなんですけれど……。

 でもそんなことを言えば、収拾がつかなくなるのは目に見えている。私、言っていいことと悪いことは、心得ているので。

 そんな私の横で、エドガー様は悪態をつく。


「神殿め、得意の神託やら占術やらで自己完結させればいいものを。魔術師を巻き込むとは図々しい」

「それは激しく同意ですけど」


 エドガー様の悪態に、ギオ様も頷いてしまわれた。

 魔術師同士の会話に私が口を挟むのも憚られて、お茶をすすっていれば、エドガー様から視線を外したギオ様がこちらを見た。


「という次第でして。この勅命は正真正銘本物の勅命書になります。ちなみにこちらが夜会の招待状です。宿泊施設やドレスの手配等、もしご自身で不可能でしたらこちらで用意することも可能ですが、いかがです?」

「いかがですって言われても……」


 困る、本当に困る。

 王城への招待ってことは、王都に行かないといけないということ。ホーネスト伯爵領と王都は隣接していて、お兄様いわく「身体強化をした馬で早駆けすれば二時間ほどで着くような距離」だけど……そんなことができるのはお兄様くらい。普通の馬で早駆けしても半日、馬車なら一日はかかるもの。

 となると、私が王城へ行くのは二泊三日くらいは余裕を見ておかないといけないってことで。

 そうなるとお店のこととか、お兄様やエドガー様のことも気がかりだし……。

 それに、なんというか、今まで無縁だったきらびやかな世界に突然放り込まれるというのは、とても居心地が悪そうで。

 勅命だから断れないのは分かってるんだけど。


「ごめんなさい、お兄様に相談してもいいでしょうか」

「兄君というと……騎士ホーネストですか?」

「はい。無断で決めてしまっては、心配をかけてしまいますから」

「いいですよ。ここは王都に近くて時間的余裕がありますから。明日、またお伺いします」


 ギオ様が話しの分かる方で良かった。

 私はほっと一息つく。

 とりあえずお兄様に相談できる時間ができたから、その間に覚悟を決めないと。

 そんなことを頭の隅で考えていたら、ふとギオ様が話の矛先を変えた。


「そういえば筆頭。さっき最重要命題がどうのって言ってましたけど、欠勤の理由って実際なんです? 会った以上は、魔術師長に報告しときたいんで」

「貴様には関係ない」


 ギオ様の言葉をすっぱり一刀両断するエドガー様。

 エドガー様のこの唯我独尊な感じの態度は、誰に対しても同じみたい。

 ギオ様はエドガー様のこの態度に慣れているのか、すいっと視線を私に戻す。


「リディア様は筆頭と一緒に歩いていらっしゃいましたよね。筆頭が何をしにこちらにお伺いか、ご存知で?」

「ええと……」


 これ、言ってもいいの?

 よく分かんない言いがかりをつけられて監視されてます! って。

 ちら、とエドガー様を見たらすごい睨まれた。

 「言うなよ」の圧がすごい……っ。


「こちらの御仁は現在進行系で、リディア様におかしな言いがかりをつけてストーカーをしていらっしゃいます。私はそのためにつけられた護衛です。主人であるアルベルト様もたいそうご迷惑をかけられているので、こちらとしては是非とも連れ帰っていただきたいのですが?」


 レイさん―――!?

 私が! 私がせっかくぐっと飲み込んだことを!!

 エドガー様の方からブリザードが吹雪いてきているわ!! そんな! そんな本当のことを言わなくても!!


「お嬢様、こういうのははっきり言うべきです。迷惑なら迷惑と」

「待て、貴様。迷惑を受けているのはこちらだ。その娘が無責任なことをしているんだろうが」

「ですがここ数日様子を見ましても、特に不自由はされておりませんよね? 魔力や行動に制限がかけられているわけでもありません。こちらでも調査は続けますので、帰られてはいかがですか? お迎えも見えられていますし」

「この国筆頭の私でも解けない魔術だぞ? 魔術師(せんもん)でもないやつなら、なおさら解けるわけがないだろう?」


 レイさんとエドガー様が、私を挟んで言い合いをし始めた。私は肩をすくませて交わされる会話を聞いていたけれど、二人の話を聞いていたギオ様がぱちんと一回手を叩いた。


「なんとなく話は分かりました。筆頭が重要命題と言っている魔術に、リディア様が関わっているんですね?」

「は、はい。そう、らしいです」

「で、筆頭はそれを解くまでリディア様のストーカーをしていると」

「おい、ギオ」

「それならリディア様、ついでに王都に長期滞在する流れでどうでしょう? 王都の、特に魔術省は専門の設備が整ってますし、筆頭もその方が都合が良いのでは?」

「……確かにな」


 ギオ様がなんてことのないように言うし、エドガー様も納得しちゃってるけれど、勝手に話を進めないで!

 私、夜会だけでも行くのを渋っているのに、そんな長期滞在なんて無理だわ!


「ギオ様、その、長期滞在って言っても、私もお店や生活のことがありますし」

「滞在中の費用は魔術省から出します。筆頭が納得できるところまでご協力いただけたら、魔術研究の協力報酬をお出しすることもできますよ。そうですねぇ、最低でもこれくらい……」


 そう言ってギオ様はカウンターに置いてあった計算機を拝借して、ぱちぱちと計算をする。

 その額は、私のお店の一ヶ月分の売上と同等で。

 それだけ貰えれば、滞在費用を出してもらえることを差し引いても貯蓄ができるし、お店をお休みした分のロスも賄える。

 思わずごくりと喉がなった。


「……お兄様と相談します」

「分かりました。夜会のこと含め、色よいお返事お待ちしております」


 にっこりと笑うギオ様。

 この人、とんでもない策士かもしれません。


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