魔術師の卵と噂話
「これにするー!」
「はーい、お買い上げです」
ジュド君が妖精キャンドルを一つ選んでカウンターに持ってくる。金貨三枚ですって言うと、銀貨と銅貨がジャラジャラっと袋いっぱいに差し出された。ちょっと数えるのが大変だけれど、それだけジュド君が頑張った努力の結晶なんだろうなって思うと、粗野にはできない。
「ちょっと待ってね、数えるから」
ジュド君は二年前くらいから妖精キャンドルが欲しいって言ってくれてた。そのためにコツコツとお小遣いをためにためて……近所の人の仕事のお手伝いとかもがんばってやってたみたい。子供が金貨三枚貯めるなんて相当色々なものを我慢しないと行けなかったと思う。私がジュド君と同じ年頃の頃、銀貨三枚四枚貯金してたらいいほうだったと思う。
銀貨銅貨、きっちり金貨三枚分に換算できるのを確認して、私は笑顔で妖精キャンドルにつけていた値札のタグをハサミで切ってあげた。
「はい、これでこの妖精キャンドルはジュド君の物だよ」
「やったー!」
「それじゃあ、妖精キャンドルの使い方を説明するからよく聞いてね。ちゃんと約束は守るのよ」
カウンターから出て、ジュド君に妖精キャンドルを手渡しながら伝える。
「一つ、願いを込めながら火を灯すこと。二つ、キャンドルに名前をつけること。三つ、キャンドルの蜜蝋がすべて溶け切って炎が消えたら、ランプの蓋を開けること」
妖精はキャンドルの蜜蝋部分が溶け出して純粋な魔力体になると生まれる。だから願いを込めて火を灯すことで魔力体に使命を与えて、名前をつけることで意思を持つ。それらが全てカタチとなって妖精になり、生まれた妖精はランプから解放されることで使命を果たしてくれる。
「でも注意してね。妖精はあなたをちゃんと見てる。あなたが願いに相応しくなければ妖精はあなたの願いを叶えないし、あなたの願いが弱ければ妖精は生まれない。全てはあなた次第。いい?」
「うん! 分かってる。頑張って妖精に願いを叶えてもらうんだ!」
ジュド君はこっくりとうなずくと、大事そうに妖精キャンドルを抱えて帰っていった。
ジュド君を見送ってカウンターに戻ると、エドガー様がじっとこちらを見てきた。
「……まるで子供騙しだな。願いを叶える蝋燭だと? そんな不明瞭な魔導具なんて必要か?」
「それ、魔術師の方によくに言われます。でも、さっきのジュド君みたいにたまに買ってくれる子はいますよ。娯楽道具の一つとして見られる方が多いからか、魔術師の方よりは一般の方が買われていきますね。後は冒険者の方もでしょうか」
魔道具って言うにはお手軽だし。加護ってないよりはある方が安心感が違うらしい。ただそもそも魔術屋という怪しげな店構えのせいで、来るお客さんほとんどいないけど。
「明確な魔術を使うというよりは、妖精の加護を得る魔術ですから。私の妖精キャンドルってけっこう曖昧なんですよ」
「ふむ……」
エドガー様はそう言うと、妖精キャンドルを適当に一つ選び取る。
エドガー様の瞳のように、深い海色のキャンドルだ。
「これを貰おう」
「買っていただけるのですか?」
「ふん、研究用にな。お前の魔法の領域にある魔術に興味がわいた」
「そうですか」
まぁ売れるならなんでもいいけど。
ぽんと金貨三枚を出したエドガー様からありがたく金貨をいただいて、妖精キャンドルを手渡す。
「どうぞ。ここで火を点けるよりは、屋敷かご自宅に戻ってからの方がおすすめです。物によって蝋燭の溶ける時間が変わりますから」
「そうなのか」
「はい。一日で溶けるものもあれば、一週間かかるものもあります」
「そうか」
エドガー様が妖精キャンドルを手に定位置に戻っていく。その後は興味深そうに手をかざしなり、しげしげと妖精キャンドルを眺めたりしていた。
この人、筆頭魔術師と言われてるだけあって、魔術への好奇心が強い人だよね。
エドガー様から視線を外してお店の片隅に立っていたレイさんを見ると、レイさんも私と同じことを思ったのか苦笑気味だ。でもレイさんは私と視線が合うと、その苦笑をひっこめて、にこりと微笑んでくれたのだった。
妖精キャンドルが一つ売れてからさらに数日。
相変わらずお店は閑古鳥が鳴いている。
毎日お兄様に心配されながらもお店を開いていたけれど、そろそろ真面目に仕事をしなくては、食べていけなくなってしまう。
そういうことで、今日はコツコツ作っていたポーションを薬屋に卸すことにした。
工房の隅に詰んでいた木箱を荷車に載せて数件隣の薬屋さんに行く。荷車に乗せるのはレイさんも手伝ってくれた。エドガー様はふてぶてしそうな顔で後ろから着いてくる。相変わらず私と一緒にいるけれど、エドガー様はお仕事に行かなくて大丈夫なのかたまに不安になる。
「ティガさん、こんにちはー」
「リディアちゃん。こんにちは」
薬屋の店先で荷車を停めて、戸口を叩く。
お店をのぞいて声をかければ、店番をしていたお兄さんがにこっと笑顔で挨拶をしてくれた。
薬屋のティガさん。お師匠様の時代からの顧客の一人で、薬を売ったり素材を買ったりと、懇意にしている薬師さんだ。
ティガさんはいつものように荷車から木箱を卸すのを手伝おうとお店の外に出てくる。そこでようやく私の後ろにいるエドガー様とレイさんに気がついて、私に戸惑ったような表情を向けてきた。
「えぇと、この方たちは? リディアちゃんの護衛?」
「……お兄様の知り合いです」
「ああ。なんだ、とうとう伯爵様の過保護が行き過ぎたのかと思った」
ティガさん、わりと真実に近いです。レイさんは護衛なのであってるんだけど、エドガー様の説明がややこしいので詳しいことは割愛。
レイさんが手伝ってくれたので木箱はさくっとおろせた。なお、エドガー様は我関せずで薬屋の店内を物色してる。エドガー様の自由っぷりにはもう慣れたほうがいいかもしれない。
「体力回復薬と魔力回復薬、治癒薬、熱冷ましと痛み止め、各二十本ずつ受領ね。いつも通り回復薬系と治癒薬が一本銀貨三枚、熱冷ましと痛み止めが一本銅貨五枚な。合わせて金貨二十枚か。ちょっと待ってな」
ティガさんがざっと計算して店の奥に消えていく。それをのんびり待っていると、エドガー様が寄ってきた。
「これだけ納めて金貨二十枚か? 材料費で飛ぶぞ」
「そうですね。でもこれ以上値上げすると、下町の人とかは買えなくなっちゃいますから」
「それで生活ができるのか?」
「できてますよー」
カツカツですが。
別に貧乏でも困りはしてないし。食事代は稼げているし、日用品も買えている。貯金は無いけど、生活できてないわけじゃないから、全然問題ないと思ってる。
私の答えが気に入ったのか気に入らなかったのかは分からないけれど、エドガー様はじっと私を見つめた後、また興味を無くしたように店内の物色を始めた。高給取りの魔術師様からすれば、雀の涙のような賃金だもの。そうそう興味を持たれても困る。
のんびりとティガさんを待っていると、しばらくしてティガさんが戻ってきてくれた。
「お待たせ。納品代金、確認してくれ」
「はい」
いーち、にー、と金貨を数える。うん、二十枚ぴったり!
「ティガさん、ありがとうございます」
「こっちこそ、いつもありがと。……あ、そうだ」
帰りますよー、と店内物色中のエドガー様に声をかけようとしていたら、ティガさんが何かを思い出したかのように声を上げた。
「リディアちゃんはお城に行くの? 王都に行くならお使い頼みたいんだけど」
「へ? え、なんでです? 行きませんけど?」
「あれ? その感じだとリディアちゃんの耳にはまだ入ってない感じ?」
「え、何がです?」
要領の掴めないティガさんの言葉に首をひねっていれば、ティガさんが親切に教えてくれる。
「第三王子の妃探し。なんでも、薔薇色の髪をした背中の綺麗な乙女を国中から集めるんだとさ」
「え、なんですかそのフェティッシュな妃探し」
王子様なのに貴族的地位とか気にしなくていいのかな? それに背中の綺麗な娘ってどうやって探すんだろう……? え、全部見て回るの? 変態過ぎない?
「薔薇色って言うから、リディアちゃんも条件に入るでしょ」
「そうですけど、お妃様には興味ないので行くことはないですね」
「玉の輿なのに?」
「玉の輿狙うなら、とっくの昔に伯爵家の娘になってますよ」
「あー、たしかに。リディアちゃんは変わり者のお嬢様だからなぁ」
「お嬢様じゃないですよ、魔術師の卵ですー」
胸を張ってそう言えば、ティガさんがカラカラと笑った。
そんな雑談をして薬屋を出る。荷車を押す私の後ろをエドガー様とレイさんが着いてきた。
「エドガー様、さっきの話ですけど。お妃様探しって本当なんですか?」
「詳しいことは知らんが、一月半ほど前から第三王子が妃探しに精を出してるのは聞いたぞ。どうやらどこぞで見初めた娘がいたようだが、名前も知らん、顔も覚えておらんで話にもならんかったな。神殿が何やら動いてるらしいが」
しらっと我関せずみたいに話すエドガー様。さすが王子様って言うべきなのかな? 神官様が動いてるっていうんだもの、お嫁さん探しすら大変そう。
適当に相づちしながら歩いていると、ふと背後から刺々しい声が聞こえた。
「あら、あの子……またアルベルト様に付きまとっているらしいわよ」
「奥様お可哀想だったわね……」
「あのチェンジリングのせいで死んだのよ」
「忌み子のくせに―――」
……耳を傾けるんじゃなかった。
聞こえてきた声にズキリと胸が痛む。今更だというのに、胸が痛むのはいつまで経っても慣れないものだね。
レイさんの気配が鋭くなって立ち止まろうとしたのを袖を引っ張って歩かせる。にこっとレイさんに笑いかければ、レイさんは憤慨した。
「リディア様、あの者共はリディア様を伯爵令嬢と分かってのあの物言いです。伯爵家の侮辱は許されるものではありません」
「ううん、いいの。もう十七年も前のことだし。気にしてない。貴族の義務なんてそっちのけで、市井しか知らない私は、もう立派な庶民だよ」
「ですが!」
首を振って、レイさんに笑いかける。レイさんは私が何も言わないと理解すると不満そうに口をつぐんだ。
「いつもこんな風なのか?」
「街の人全員じゃないですよ。お師匠様と交流のない人たちの一部です」
「チェンジリングとは……なかなか面白い観点だな」
「面白いですか?」
話しかけてきたエドガー様の独特な感想に思わず聞き返す。
「人間と妖精の入れ替え子のことだろう。妖精は世界樹を育み、世界を流転させる存在だ。人間に関わる妖精は悪いイメージのものが多いが、魔術師や神官など世界の根源を知るものからしたら神聖なものだぞ」
「はぁ」
「その顔は理解してないな」
「え、理解はしてますよ? でも、この国は妖精信仰って浸透してないから、それを一般の人に説いたところでって思います」
「……そうか。それもそうか」
エドガー様が少しだけ不満そうに眉をしかめると、その後はもう何も言わずに口を閉じてしまう。
エドガー様の言いたいことはなんとなく分かった。たぶん、私に気にするなって言いたかったんだと思う。
妖精は素敵なものなんだってこと、世界に大切な存在だってこと、エドガー様は知っている。
妖精はこの世界を守護する世界樹を育む存在だ。
でもこの国では妖精よりも世界樹信仰のほうが浸透してるから、妖精のイメージって良いも悪いもあるのが事実。そして人間になりたい妖精が、生まれた赤子を奪ってその人間に成り代わるチェンジリングっていうのは、その悪いものの筆頭だから。
実は私の妖精キャンドルが魔道具のわりに安価なのに売れないのも、そのせいだったりする。命名が悪かったなって思うんだけど、師匠は譲らなかったし、そもそも私が作る時点で不気味だって言う人も多いんだって。
世界樹も妖精もどちらも世界に根付く大切なものなのに、同じように慕われないのはこの世界の不公平さを物語っているようでなんとなく悲しくなる。
だからか、妖精のことをちゃんと理解して、私自身を見てくれようとしたエドガー様の心遣いは嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなった。




