妖精キャンドル
ふぁああ、と朝起きる。
むくりと起きるとシーツについた手のひらの下で何かがゴリッと動いた。
「んー……地味に痛い」
いつものことだけれど。
寝起きで目をくしくししながら、ベッドの上に転がっていたソレをつまんで、サイドボードに置いてあった小瓶の中へと落とした。
瓶の中にはキラキラと輝く何色もの小さな卵型の石が幾つもしき詰まっている。
「そろそろ魔石も溜まってきたなぁ。うん、今日は妖精キャンドルを作ろう!」
というわけで、本日も伯爵家からお店へとお仕事に行きます!
エドガー様の襲来から数日。私はお兄様の伯爵家からお店兼工房へと通っている。
元々閑散としていたお店なのでそんなにも毎日開ける必要もないだろうけど、師匠の遺したお店と生活は、なんとなく変えたくはなかった。
だからエドガー様とお兄様からつけていただいた護衛の方と一緒に今日も店を開けつつ、奥の工房で魔法具作りに励むんだけど。
「何故だ。貴様、睡眠魔術でもかけているのか? 昨日、干渉してきただろう。何故だ。騎士ホーネストも何故気づかない。何がしたいんだ」
ぶつぶつとエドガー様が独り言を言っている。ここ数日の間、毎日のように聞いているからそろそろ聞き飽きた。
私が無意識に発動してるらしい何かの魔術を突き止めようとしてるエドガー様だけど、どうしても夜中、気がつくと眠ってしまっているようで、私が発動しているらしい魔術が何か未だに突き止められてないみたい。お兄様も同じらしいし、他に使用人の中で魔力感知が得意な人にも見てもらっていたらしいけど、その人達じゃあ感知できなかったらしい。
「やっぱり気の所為だったとかはないんですか?」
「そんなわけあるか。こんなにもくっきりと契約紋をつけておいて。あれだけ魔力残滓を残しておいて!」
工房でパタパタと道具を揃えながらエドガー様の独り言に疑問を投げかけると、エドガー様から睨まれてしまった。ごめんなさい、本当にその契約紋には心当たりがないです。
イライラしているエドガー様に肩をすくめつつ、工房の作業台に必要なものを揃えた。
私秘蔵の魔石にキャンドルの型、キャンドルの芯棒に使う綿毛草で編んだ縄、それからマドラー、吊り棒。
「で? お前はこれから何をするつもりなんだ」
「妖精キャンドル作りです。地味な作業なので、特に面白いこともないですよ?」
断りを入れたけれど、エドガー様は私を一瞥だけして机に並べられた道具に目を向ける。その目が瓶詰めされた魔石たちに向いた。
「これはどうした。魔石か? どこで採掘したものだ」
「採掘……? 私の魔力ですけど」
エドガー様の表情が白ける。えー、なんですかその反応は!
「確かに込められた魔力は似通っているが……魔石は採掘するものだろう」
「そうらしいですけど、これもれっきとした魔石です。石ですし、魔力持ってますし」
「質問を変えよう、どうやって作る?」
「寝て起きたら出来てます」
エドガー様のお顔がさらに鼻白んだ。
でも、本当にそうなんだもの。
「寝て起きたらベッドの上にあるんです。気がついたら生成されてて。これを有効活用するために、妖精キャンドルができたんです」
最初は年に数回だったらしい。私が眠った後、気がつくと魔石がころんとベットに転がってた。まだ私が幼児のころからお師匠様が気づいて集めてくれてたとか。その集まったものを分析して、有効活用の方法を編み出してくれたのもお師匠様だった。
ありがたいことだけれど、この魔石で困るのが、年々その魔石の量と大きさが増えていくこと。最初は砂のような粒だったのが、今は赤ちゃんの手のひらくらいのサイズくらいはあるし、なんなら年に数回だった生成量も、ここ一ヶ月くらいは毎日のようにベッドの上に転がってるのを見つけるくらいだ。妖精キャンドルがたくさん作れて嬉しいけど、作っても売れなきゃ意味がないから。
「……昔からというのなら、契約紋とは関係ないか」
「そうだエドガー様。その契約紋についてもう少し、詳しいことを聴きたかったんですけど。契約紋って言いますが、何を契約してるんですか?」
「それを調べるために来ているんだが?」
「あ、そうなんですね」
ごめんなさい、と言いつつ、テキパキとキャンドルを作っていく。
ガラス製の円筒状の器に、適当に魔石をぽいぽいっと放り込む。色も量も完全に気分。魔力を流そうとして胸がざわざわしたから、ちょっと中に入れる石をちょろちょろと変えてみる。うん、これなら良さげ。
火で温めるように魔石に魔力を流していくと、とろとろと魔石がなめらかな液体状になる。色々な色の魔石を混ぜていたけど、根気よく混ぜて溶かしたら綺麗な青色の液体に変わった。これ、混ぜる魔石の色とか量とかで、絵の具のように毎日色が変わるから、どんな色ができるのかは混ぜてからのお楽しみだったりする。
「夢のことだが、やはり何も覚えていないのか? 昨夜も夢に干渉してきただろう。お前の方では変わったことはなかったのか」
「え、特には……? あー、でも今日も夢を見た気はするんですが、内容までは覚えてないです」
「話にならんな」
エドガー様からのこの質問はすでに毎日のようにされてる。けどやっぱり心当たりはないし、起きたら忘れてしまってる夢を思い出そうにも思い出せないので、私は丸投げだ。何もできることはなくてお手上げなんです。
溶かし終わった魔石を組み立てた型へと流し込む。蜜蝋のように滑らかなそれは、予め垂らしてあった芯棒の縄をのぞかせてなみなみと注がれた。
後はこれが冷えて固まるのを待つだけ。
その間にもう一つ、残った魔石を溶かしてキャンドルを作ろうと。
「あと、単純な疑問なんですが、夢に干渉するとエドガー様の見る夢ってどうなるんですか?」
「……言う必要はない」
「あらぁ」
それは不公平というものでは?
魔石を溶かしながらちらちらとエドガー様を見てみるけど、青い目をジロリと半眼にしてこちらを睨み返されてしまった。
「何かやましい夢なんですか?」
「やましくは、ない」
「じゃあどんな夢なんですか?」
じろりとこちらを見ていたエドガー様がはぁと深くため息をつく。
「お子様にはまだ早い」
なにそれ。
「やましいんですか?」
「やましくはない」
「お子様には早いんでしょう?」
「……黙って仕事をしろ」
ふん、と鼻であしらわれてしまった。それ以上話すつもりもないようで、渋々キャンドル作りを進める。
まだまだ固まるのには時間かかるので、埃が入らないようにキャンドルには布を被せて放置する。液体状態だった魔石が固まるまでは型から外せない。溶かした魔石同士の魔力が馴染んで固形化すれば型から外せるけど、これにかなり時間がかかる。今日はちょっと大きめの型を使ったから、明日まで待たないといけないかも。
今日は後どうしようかなぁ。お掃除は昨日してるから、今日はサボっても許される日!
工房を出てお店に行くと、お兄様から護衛にとつけてもらえた女性の用心棒さんが店番をしてくれていた。
「レイさん、お待たせしました。店番ありがとうございます」
「いいえ。まぁ一応護衛なのでもう少しお側に控えさせて貰えればと思いますが」
「すみません」
レイさんにちょっと小言を言われてぺこぺこと謝る。
肩口で切りそろえられた茶髪がさらりと揺れる。レイさんはパリッとしたジャケットにタイトなスカートを履いて、腰には細身の剣を佩いているすごくかっこいい女の人だ。いっしょにいるとちょっとドキドキするのはここだけの秘密です。
「お客様は来ましたか?」
「いいえ、誰も」
「そうですか。あ、ならお茶しましょう! ちょっと休憩です」
妙案だと思って踵を返すと、すぐ後ろにいたエドガー様にぶつかりそうになった。
「あっ、すみません」
「落ち着きがないな。それに仕事という仕事になっていなさすぎる。こんなので店が回っているのか? 生活できる収入が得られているのか?」
「あー、まー、カツカツですけど。定期的にポーションを作って、近くの薬屋に卸してますから」
「ほう」
エドガー様がふむと何か思案するように考え込む。そのすきにするりと横を通り抜けて、二階にあるキッチンでささっとお茶の準備をした。この家、一階はお店と工房になってて、居住スペースは二階になってるのでお客様がくるとちょっと面倒だったりする。半隠遁者だったお師匠様を訪ねてくるお客様なんてほとんどいなかったから、今まで気にしたこともなかったや。
さくっとお茶を用意して、トトトと階段を降りきる。お店側に出て、カウンターに三人分のお茶を並べようとして、ふと店内にお客様がいることに気がついた。
「いらっしゃいませー」
「リディア!」
お客様は近所に住む男の子、ジュド君だ。おっかなびっくりしながらこっちに来てくれる。
「お店きたら、知らない人たちばっかりで、リディアもナターシャみたいにいなくなったかと思ったっ」
「あはは、ごめんね。この人たちお店のお手伝いさんだから気にしないで」
「え? リディアのお店、お手伝いいるほど忙しいの?」
「……忙しんだよ」
嘘です、閑古鳥が鳴いてます。
それでもエドガー様とレイさんがいる理由を詳しく説明するのはちょっと面倒な上にややこしいので、そういうことにしておく。
「それより珍しいね、ジュド君がうちのお店に来るなんて」
「ふははー! ようやく、ようやくお金がたまったからね! 妖精キャンドルを買いに来た!」
え? うそ?
「お金、たまったの?」
「ためた! めちゃくちゃ仕事がんばったんだ。ほめてくれよ!」
「わぁ、すごいね、がんばったね!」
やったー、とジュド君とハイタッチ!
すごいなぁ。妖精キャンドルはこの店の中で一番安いけど、子供が気軽に買えるようなお値段じゃないのに、よくためたね!
「ゆっくり選んでいいよ。好きな子を見つけたら、声をかけて」
「そうするー!」
ジュド君が再び妖精キャンドルを物色し出した。微笑ましくてそれを見ていると、横から不意に声がかかる。
「魔道具が子供にも買えるのか? そんなに安いのか?」
「安くはないですよ。金貨三枚ですから」
「魔道具にしては安すぎる」
「まぁ材料費で言えば金貨一枚分ですから。それに効果の確約ができないので」
「そもそも妖精キャンドルは何なんだ。どんな効果がある。魔力の塊のようだが、補助魔道具と違うのだろう」
「んー……まぁどうせジュド君が買うので後で説明します」
エドガー様、けっこう面倒くさい。好きあらば店にある魔術具について色々と聞かれる。構造、効果、制作方法等々……お師匠様じゃないと答えられないような専門的なことまで聞かれるから、正直つらいです。
とりあえず、ジュド君が早く選び終わるようにとひっそり祈った。