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擬態の魔術

 シルヴァン様と別れた後は、エドガー様の案内で私たちも魔術師がいるという研究棟へと移動した。

 擬態魔術が得意だという魔術師様を紹介してくれるという話なのだけれど……。


「おいギオ、アブドゥルはいるか」

「えぁっ? 筆頭?? 今日はもう来ないかと……」

「アブドゥルはいるかと聞いてるのだが?」

「はいはい、今呼んできますって」


 相変わらずのエドガー様の横暴さ。ギオ様も慣れてるのか、私たちと目があうと苦笑しながらお辞儀をしてくださったから、私もぺこりと頭を下げておいた。

 ギオ様は部屋の奥へと行くと、資料や道具がごっちゃり、山と積まれた机の裏へと声をかけた。


「アブドゥルさん! 起きてください、アブドゥルさん!! 筆頭来ましたって!!」

「…………」

「アーブードゥールーさーん!」


 ギオ様の声が響いて、周囲の魔術師の方々が一瞬だけ顔を上げるけれど、すぐに自分には関係ないと察して視線を下に戻す。なんだか朝なのに眠たげな人が多いような……?

 そう思いながらお兄様と並んで扉の近くで待っていたら、とうとうギオ様が声をかけていた人の机に積まれていたものたちが、ズササと雪崩を起こしてしまった。


「んぁ……あー、おち、た」

「落ちたじゃないよ、起きてくださいよ、筆頭来ましたってば」


 雪崩を起こした資料の束の向こうに見えたのは、え、熊……?

 思わずお兄様の背中に隠れれば、お兄様が扉のすぐ向こうにいたエドガー様に声をかけられて。


「魔術師は獣でもなれるのかい?」

「本気でそう思ってるのか?」


 知ってたけれど、やっぱりこの二人は相性が悪い!

 別の意味でハラハラしていれば、ギオ様が熊のような人を連れてきて、話をするならこちらへと別室に案内してくれた。お兄様とエドガー様の間に挟まるように私も連れて行かれて……あの、私が間に挟まる意味あります??

 ギオ様がお茶を出してくれると言うので手伝おうとすれば、魔術でするっとお茶が淹れられてしまった。お師匠はこんな魔術の使い方を教えてくれなかったので、私はちょっとドキドキしてしまう。

 それに何より、ギオ様が魔術を使われた瞬間、私の視界の中でチカチカと瞬いていた精霊たちが活気づいたから。音楽が光で表せられるのであれば、こんなふうにリズミカルに瞬くのかもしれないと思うくらいに、精霊たちが楽しそうにさざめきながら光っていた。相変わらずその光は私の目には暴力的なところもあったけれど、それでも整然とした魔術の流れに沿った精霊たちの動きは、綺麗だと思えるくらいに素敵な光景だった。


「それじゃあ後はごゆっくり〜」


 ギオ様はそう言い置いて、部屋を出ていってしまわれた。てっきりギオ様もこの場にいてくれると思っていた。なんだか面倒見がいい人だから。


「アブドゥル、研究はどうだ」

「けん、きゅ……」

「お前が研究している擬態魔術はどこまで機能する」


 エドガー様の問いかけは静かな水面に一石を投じるようなものだった。

 それまで寝起きのようにぼんやりとしていたアブドゥル様が、大きな身体にちょこんとついている小さな瞳を目一杯見開いて。


「筆頭がおれの研究に興味持ってくれるなんて天変地異ですかねすごい奇跡かもでも話すなら今しかないですよね擬態魔術の研究は質量保存の法則に則ったものであればある程度実用化の見込みは出てきましたが大きな物を小さな物に擬態させる場合はやっぱり物質をどこかの亜空間に格納しないといけないのでその格納する場所として空間座標の演算を常にしないといけないんですけどその演算がかなりめんどくさくて人間の頭が三つくらい欲しいなって今日もちょうど思っていたところで」

「実用化出来る魔術式だけ提示しろ」

「まじゅつ、しき」


 びっくりするくらい滔々と流れ出したアブドゥル様の答え。しばらく聞いていたエドガー様は、話し続けるアブドゥル様の話を全部聞くことなく問答無用で自分の欲しいものを要求した。アブドゥル様はまたぼんやりとぽつんとこぼして、指を振って。

 その指先に精霊たちが集まると、チカチカと瞬きながら右往左往し始める。いくつかの光はそよそよとどこかに消えていく。

 その光を追っていけば壁なんてものともせず部屋の外へと消えていき、それからガチャリと扉がひとりでに開いて一枚の紙が私たちの前の机の上に滑り落ちた。


 魔術というものが精霊に干渉するものだと知識としては知っていたけれど、こうも目の当たりにするもちょっと驚いちゃう。


「これ、です」

「ふん」


 エドガー様が漂ってきた紙を取り上げて目を通した。

 何が書かれているのだろうとそわそわしていれば、私の隣に座っているお兄様からお茶うけに出されていたクッキーを差し出されて、つい食べてしまう。甘くて美味しい。


「おい小娘」

「ふぁ、はい!」

「自分でこの魔術を発動できるか」


 紙を差し出される。

 その紙に書いてあることを覗き込んでみるけれど……うーん、これはちょっと。


「私には高度すぎます」

「何がわからない」

「わからない……」


 間髪いれずにエドガー様に言われて困ってしまう。

 じっと紙に書かれたものを眺めても、さっぱり理解ができなくてやっぱり困ってしまう。


「あの、前にもお話しましたが、私、普通の魔術が発動できなくて」

「……そうだったな」


 エドガー様が舌打ちをする。お兄様からエドガー様に極寒の視線が送られるけれど、エドガー様は全然堪えていないみたいで無視してる。むしろアブドゥル様がおろおろとお兄様とエドガー様を交互に見て困ってしまってる。


「お兄様、このお茶美味しいです。どこの銘柄でしょうね」

「このお茶が気に入ったのかい? なら、がんばるリディアへのご褒美にこのお茶を贈ってあげるよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 お兄様の視線をエドガー様から離せば、アブドゥル様も安心したのかちょっとほっとした様子になってる。うん、お兄様、エドガー様とあんまり喧嘩しないようにお願いしますね?


「小娘」

「君は人の名前を呼ぶこともできないのかい?」

「お兄様、大丈夫です。気にしないで? ね?」


 エドガー様はもう少し空気を読んでください!

 せっかくお茶でそらしたお兄様の意識がエドガー様に向いて、ピリピリとした空気になる。エドガー様は尊大そうに鼻を鳴らすと、私の手の中の紙を指して。


「精霊を使役してこれを発動させるのはできるか」

「わ、わかりません」

「やれ」

「アークライト」


 お兄様が低い声でエドガー様を呼ぶ。呼ぶというよりも、牽制みたいな雰囲気。

 エドガー様はお兄様を一瞥すると、いつものように鼻を鳴らした。


「できないのであればここまでだな。妖精女王になる器ではなかったということだ」


 エドガー様の言葉にハッとする。

 これはもしかして、試されてる?

 封印を解いた私が妖精女王として相応しいか。私に妖精女王が務まるのか。候補とはいえ、今後も封印を解いていくのに値する存在なのか。

 覚悟を決めたのなら、妖精として覚醒しているのであれば。

 精霊を従えてみせろと、エドガー様は私に発破をかけているんだ。

 もしそうであるなら、私はこれくらいこなせなくちゃ。

 私は紙をもう一度見る。それから顔を上げて。


「魔法式の意味を教えてください。私には解読できない部分があります」

「いいだろう。アブドゥル、お前が作った式だ。基本の説明はお前がしろ。小娘はその説明で理解できた部分を精霊に伝達して発動させろ。私は補佐をする」

「補佐ですか?」

「私も魔力や精霊が視える。お前が使役する精霊が想定していた動きから逸れたら指摘する」


 端的なエドガー様の言葉は私にとってこの上ない助けになる。エドガー様にはこの魔法式の発動後の正解や道筋が視えているのかもしれない。正解が分かっているのであれば、その道筋に沿っていくだけ。

 お兄様が不満そうにしているけれど、大丈夫と微笑みかけて、アブドゥル様に魔術式の手ほどきを受ける。それと同時に、精霊たちにどう意思を伝えていくのかを考えた。

 声に出して命じるだけじゃ駄目みたい。ならどうしようかと考えて、妖精キャンドルに願いを籠めるように、今朝生まれたばかりの魔石に魔力の火を灯して願ってみた。

 妖精キャンドルの源である魔石から、チカチカと沢山の色があふれ出す。七色の光が道筋となって、くるりくるりと私の身体を彗星のように駆け巡る。


「小娘、羽をほどけ」

「はね、を、ほどく……?」

「お前の羽は純粋な魔力の塊だ。亜空間への格納ではなく、お前の周りにいる精霊に少し預けてみろ」

「預ける……ちょっと持っていてくれるかしら?」


 私の囁きに、七色の光が応えるように背中に集まってくる。それからちょっとしたこそばゆさを感じて、背中がふっと軽くなった。


「あっ」

「うまくいったか」

「リディア、痛いところとかはないかい?」


 七色の光がしゅわりと天に昇るように消えた。

 それと同時に、今まで背中に感じていたものがなくなっていることに気がついて。


「お兄様……私の背中、どうなってますか?」

「大丈夫。綺麗だよ」

「そうではなくて」


 ちょっと斜めの返答に苦笑したら、それまで黙って私の様子を見ていたアブドゥル様が熊のような身体を突然起こして前のめりに私のほうへと――来ようとしたのを、お兄様にお顔を掴まれてしまって阻まれた。


「えっ痛いまってすごい痛いです何が起きたの痛いんですけど物質を魔力に還元したの物質を亜空間に格納するのではなくて魔力に気化させたんですかねでもいったいなにを魔力に還元したのか見えなかったんですけど羽ってなんですちょっと痛いですごめんなさい離してください」

「アークライト、説明を」

「小娘の羽を文字通り精霊に預けた」

「もっと分かるように言ってくれるかな」


 お兄様がアブドゥル様のお顔から手を離す。

 涙目のアブドゥル様がお兄様から我が身を守るように離れれば、エドガー様はめんどくさそうに鼻を鳴らして。


「魔力を物質にするために魔術式があるが、その理論を遡り、物質を魔力に還元させる術式をアブドゥルは開発した。そこから物を変質させる魔術へ応用させるが、今回は魔力化したまま精霊に小娘の羽を預けさせた」

「それはもとに戻るのかい?」

「小娘、そこらに散っている小娘に精霊に戻せと命令してみろ」

「は、はい!」


 エドガー様に言われて、私は近くの精霊たちに羽を戻してとお願いする。七色の光が集束して、ふわりと背中に柔らかな質感を感じて。


「は、はね……!?」

「アブドゥル、他言無用だ。誓約を」

「ひゃ、ひゃい……!」


 エドガー様とアブドゥル様が片手をあげた。

 エドガー様の周囲の精霊たちがさざめいて、アブドゥル様へと向かっていく。光の糸でつながるようにエドガー様とアブドゥル様が精霊で結ばれて、精霊の糸がぷつんと切れた。


「エドガー様、今のは……?」

「魔術師が使う、誓約の魔術だ。簡易的なものだが、誓約に反した場合は相手に伝わる」

「部外者に知られたにしては、甘い判断では?」

「どうせいずれは知られる。むしろ不要なのをわざわざ誓約にしてやったのだから、褒め称えるべきではないか?」


 お兄様とエドガー様が仲良くなれる日はくるのかな……?

 ひとつ口を開けば喧嘩腰になるお兄様も珍しいけれど、エドガー様もそれを真正面から受けるからたちが悪い。私より年上の二人が視線で火花を散らしているのをどうしようもなく眺めていたら、アブドゥル様が私のほうへと寄ってきて。


「……背中、見ても?」

「帰ろうか、リディア」


 私が返事をする前に、エドガー様から視線を外したお兄様が私の手を引いて立ち上がらせてくれると、腰に腕をまわしてぴっとりと寄り添ってくれる。

 羽が見たかったらしいアブドゥル様の手がおろおろと宙をさまよったのを、エドガー様がはたき落として。


「お前が触れるには畏れ多い。やめておけ」

「筆頭ぉ……」


 用は済んだとばかりにエドガー様も立ち上がって、部屋を出てしまう。

 そのあとに続くように歩き出したお兄様にエスコートされて、私も部屋を出る。

 アブドゥル様には小さく会釈したけれど、なんだか項垂れてるから見えていたかどうか。お兄様とエドガー様の潔さに、こういうときばかりは息が合うんだからって思ってしまったのは、しかたないと思う。


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