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妖精の名前

 羽の生えた自分の姿にちょっとだけ感動していれば、ロジェ様がパチパチと拍手を贈ってくださった。


「素晴らしいです、リディア様。いえ、シャン・デ・リディア様。このような場に立ち会えて、光栄にございます」


 照れながら受けたロジェ様の手放しの称賛の中に、私はふと気になる言葉を見つけてしまう。


「シャン・デ・リディア?」


 エドガー様も、シルヴァン様も、さっきの誓言で言っていたような?

 気になってしまって聞き返せば、ロジェ様は神妙な表情で頷かれる。


「リディア様の妖精名でございます。【妖精の卵産み】シャン・デ・リディア様。称号に関しては神託で明かされておりましたが、妖精としての真名は守護者様から与えられるものだったのですね。とても興味深い」


【妖精の卵産み】も聞いた言葉。

 それって称号だったんだ。

 ちなみにこれの意味はなんだろうと思って考えていれば、妖精の卵、でちょっと引っかかることが。


「あの、ロジェ様」

「はい、何でしょう」

「称号というのは、何か能力的なものにつながりますか?」

「はい。【星海の水母】ジェリー・シー・フィー様は、固有結界を作られます。星海の名にふさわしい景色の結界だそうで、その結界の中で次に生まれる命の選定をしていらっしゃるのだとか」


 だとすれば、私の能力って。


「お兄様」

「……認めたくはないけれど、リディアの考えている通りだと思うよ」


 お兄様も、同じことを考えたみたい。

 目を伏せながら、お兄様はそう言って。

 それから、私達のやり取りを聞いていたエドガー様もそのことに気がついたようで、興味深そうに顎に手をやって思考にふけっていた。


「妖精キャンドルか。お前の師匠は、なかなかの慧眼だったわけだ」


 私にしか作れない妖精キャンドル。

 きっとそれが、私の妖精としての能力なのだと思う。

 あれ? でもそうなると、私って妖精の能力がもう既に開花しているってこと……?

 どういうことなんだろうって思っていれば、ロジェ様とシルヴァン様がお互いに目配せをされる。


「リディア様は既に妖精の能力を獲得していらっしゃるのですか?」

「たぶん……その、妖精キャンドルっていって、私の魔力で作ったキャンドルに火を灯すと妖精が生まれるんです。もしかして、それかなって」

「そうでしたか。おそらくそれは封印からこぼれた力の発現の一角かと。聖女エインセル様も、植物を育てて番わすと、妖精が生まれるそうですから」


 そうだったんだ。聖女様のお噂はふわりと聞いたことがあるけれど、実際に何がすごいのかは私も知らなかった。ただ妖精女王候補として祀られたのかもと思っていたけれど、能力があったからこそ、見つけてもらえたのかもしれない。

 そう考えると、この妖精女王候補という仕組みは必然的に仕組まれているようにも見えてくる。だって、この広い国の中でたった一人の妖精女王候補を探さないといけないんだもの。この妖精を生む能力はそのための目印みたいなものかもしれないって思ってしまう。


「覚醒が進めば、その能力も強化されるかと思われます。今はおそらく、封印からこぼれ出る力の一角でしかないでしょうから」


 能力が強化されると聞いて、私は自分の能力のそのさきを想像してみる。


「……どうしましょう、お兄様。このまま覚醒が進んだら、私は毎朝ベッドの上で魔石に囲まれて起きることになりそうだわ」

「それは寝心地が悪そうだ。そうなったら私がリディアの眠っている間に魔石を拾ってあげるよ。君の安眠は守ってあげる」

「まぁ、お兄様ったら」


 お兄様も冗談が言えるくらいには元気が出てきたみたい。くすくす笑えば、仕方がない子だと言うように頭をなでられてしまった。


「リディア。楽しそうなところ悪いが、今後のことについても話をさせてほしい。三人目、四人目の候補者探しのことだ」


 ついついお兄様と二人で話し込んでしまったら、シルヴァン様が咳払いをされて注目を集められた。私のことだもの。私は姿勢を糺してシルヴァン様を見れば、シルヴァン様はいつの間にか私が先程まで座っていたソファーの方に座られていた。しまった、王族の席を取ってしまったままだったわ!


「あの、シルヴァン様、席を」

「いや、そのままでいい。そなたは王族からも一目置かれる存在なのだから、気にするな」


 いえ、気にします。庶民で育った私にいきなり貴族を越えて、王族並みの感覚を持てと言われても無理です!


「小娘、とりあえずそのままでいろ。くだらないことで話の腰を折るな。先が進まん」

「はい……」


 くだらないことって言われても、私にとっては大切なことなのに……。

 とはいえ話を止めてしまうのも失礼にあたるので、私は口元をきゅっと締めた。


「私とエドガーは自らそなたを探そうとした故、簡単に見つかったが、他二人もそう簡単にいくかは分からない。なにせ、大神殿が神託を秘匿したままで、まだ一人の守護者しか見つけられていないからな。残りの守護者は王家も総力をあげて捜索するつもりだが、上手くいくかは正直分からないところもある」


 シルヴァン様の言葉に、守護者探しが相当大変なことだと私も理解する。だって私を探すためにこんな大規模な夜会を開いているくらいだもの。なりふりかまわずに探すにも、時間も労力も相当かかりそうだわ。

 私からは守護者の人を見つけられる自信はないから、私を見つけて貰わないといけないけれど……こういうものって、守護者探しの旅に出たら見つかるものなのかしら?

 シルヴァン様がどうやって探されるつもりかは分からないから、そんなことをなんとなく想像していれば。


「そのことだが、一人は既に目星がついている。もう一人についても、私が追える」

「なに?」


 全員の視線がエドガー様に向き、シルヴァン様の声が思わずといったようでこぼれ落ちた。


「それは本当か、エドガー。目星がついている者とは誰だ?」

「さて。現時点で名乗り出てこないのを思えば、何か考えあってのことかもしれんな。覚悟が決まり、時期が来れば、自ずと名乗り出るだろう。お前もそう思うだろう? 騎士ホーネスト」


 エドガー様が唐突にお兄様へと話を振った。

 お兄様といえば、迷惑そうに一瞬だけぴくりと眉を動かしたけれど、シルヴァン様もいる手前、表立って反発はできないと思ったのか、嘆息した。


「さて。私には何も言う権利はないと思うけれど……一つだけ言うならば、私はリディアの意志を尊重する。私自身は、危ないことやつらいことからは遠ざけてあげたいのだけれどね」

「ほう?」


 エドガー様が何かを探るようにお兄様を見るけれど、お兄様は苦笑して肩をすくめるだけ。

 いつだって私のことを思ってくれるお兄様。

 私は親孝行はできなかったけれど、お兄様だけには報いたいと、改めてそう思うの。


「エドガーの方で守護者を追えるのなら、願ったり叶ったりだ。そう思うと、はじめからそなたを頼れば話は早かったな……」

「恐れながら、殿下。この者はここしばらく無断欠勤で、登城していないはずですが」

「おい、ホーネスト」

「そうだったな。エドガー、仕方ないこととはいえ、きちんと行き先ぐらいは魔術師長に伝えて行け。それと無断欠勤の件はは官吏規則に則って処罰は受けておくように」

「……承知しました」


 恨みがましそうにエドガー様はお兄様を見たあと、シルヴァン様の大真面目な言葉に苦々しくうなずかれる。

 お兄様はそれに控えめに微笑んでいるけれど、ちょっと意趣返しができてせいせいしているの、私はお見通しですよ?


「エドガー様。差し出がましいようですが、ひとつよろしいでしょうか」

「なんだ」

「単純な疑問なのですが、エドガー様は一体どうやって守護者の追跡をなさっているのでしょうか。我々でも、大神殿でも追えない彼らを、どのように」


 ロジェ様が心底不思議でならないといったようにエドガー様に訊ねた。そういえばあまり気にしていなかったけれど、エドガー様は私たちには見えていないものが見えているようなことを言っていた気がする。


「解析魔術の応用だ。この契約紋について調べているうちに、この契約紋につながる魔力の痕跡を追う術を編み出した。そこの半人前妖精から広がる魔力が、私には視えている」


 半人前妖精って、私のこと?

 エドガー様の私に対する表現に微妙な気持ちになっていれば、ロジェ様とシルヴァン様は納得したように頷かれた。


「そうでしたか。ちなみにその術は私でも使えるものなのでしょうか」

「無理だ。自分に干渉してきている魔力を常時解析する必要がある上、“視える眼”が必要だ。守護者であり、なおかつ私クラスの先天的な魔術師であれば可能だろう」


 エドガー様が腕を組んで、心なしか自慢気に答えた。

 シルヴァン様は残念そうに苦笑したけれど、対照的にロジェ様はほっとしたように安堵の息をついていて。


「なるほど。では大神殿に出し抜かれるようなことはなさそうですね」

「……先程から聞いていれば、ロジェ殿。貴方は大神殿に対してあたりが強いように思われる。私の大切なリディアを大神殿への牽制に使うつもりなら、貴方はこの場から去ってほしい。不愉快だ」

「お兄様っ」


 お兄様が突然、ロジェ様にも牙を剥いた。

 私は慌ててお兄様の袖を引いて気を引こうとするけれど、お兄様はさらりと私の頭を撫でて。


「大義のために決意したリディアを道具か何かだと思っているようなら、私は今すぐにでも彼女を連れて神殿の手から遠く離れる。守護者云々も、そこの魔術師がいるならどうとでもなるようだしね」

「お兄様!!」


 そんな言い方はあんまりよ!

 ロジェ様から聞いた大神殿のお話は、お世辞にも良い状態だとは言えない。だからこそロジェ様は大神殿がこれ以上、好き勝手しないようにと心を砕いてくれているのだと思ってる。私のこともその一つかもしれないけれど、でも私はそれを理解して、全部ひっくるめて納得して妖精女王になろうと思ったの。

 だから私は、お兄様をたしなめようとしたのだけれど。


「リディア様。良いのです。私の配慮が欠けていたのは事実です。ホーネスト伯爵、改めますので、お許しを。神託のこともございますから、とうかご容赦ください」


 ロジェ様は深々と頭を下げられた。

 私が悪いことをしたわけではないのに、なぜか罪悪感が募ってしまう。お兄様を見上げれば、相変わらず鋭いまなざしでロジェ様を見ていたけれど、私の視線に気がつくとそっと目を伏せた。


「くれぐれも、妖精女王候補以外の神殿の事情には、リディアを巻き込まないでください」

「重々承知いたしております」


 お兄様からようやく譲歩を引き出せて、ロジェ様がほっとしたように表情をゆるめる。それを見ていたシルヴァン様も「うむ」とうなずかれて、視線を巡らせる。


「話はついたな。では、今日はもうここまでとしよう。守護者の封印を二つも解いたのだから、リディアの体調も気になる」

「私は大丈夫ですよ? 普段と変わりません」

「リディア。身体が変わったんだ。封印を解いたとき、かなりの痛みがあったのではないのかい? あんなに叫んでいて、何もないとは言えないよ」


 シルヴァン様のお気遣いを嬉しく思いつつ、軽く受け流せば、お兄様からの追及がとんでくる。ぐうの音もでなくて、私は肩をすくめるだけにしておいた。

 シルヴァン様はそんな私に柔らかい表情を向けてくれながら、さらに過分な申し出を差し出してくる。


「今日は城に泊まっていくといい。その姿では目立つだろうから」

「あっ、羽……」


 その姿、と言われて気がついた。たしかにこの羽の姿では目立ってしまう。

 お兄様に泊めさせてもらっているタウンハウスに戻るにしても人の目がある。外套を羽織っても、背中が大きく浮いてしまって不格好になってしまいそう。

 それになにより、伯爵邸の人たちは一部、私のことを嫌っている人もいるから。

 本物のチェンジリングで、お母様……ううん、お兄様のお母様の命を犠牲に生まれてきたのは、間違いないことだったのだから、私は彼らに合わせる顔がないというのも本音。

 お兄様が断ってしまう前に、身分不相応とは思いながらも、シルヴァン様の申し出を受けようと口を開こうとしたら。


「魔術省で擬態魔術の研究をしている者がいる。その者に頼んで、元の姿に限りない姿で生活できるようにしてもらえばいい。手配は明日、ギオにでもやらせておく」


 エドガー様からの突然の援護射撃。

 その内容も、私からしたら願ったり叶ったりのもの。

 すごいわ、エドガー様!


「私、初めてエドガー様を尊敬しました」

「なんだと、小娘」

「いえ、なんでもありません」


 あぶない、エドガー様は地獄耳だった。

 ふう、と胸をなでおろしていれば、シルヴァン様がくつくつと喉を鳴らして。


「アルベルトもそれでいいな? そなたの部屋も、もちろん用意させる」

「……かしこまりました」

「そんな嫌そうな顔をしないでくれ。リディアがゆっくりと休めるように手配するから、心配はするな」


 シルヴァン様がやれやれと言うように立ち上がると、私の後ろの方へと視線を向けて。


「ティルダ。客室へ案内を」

「かしこまりました」


 私の背中から聞こえる声。

 精霊たちの色に溶け込んでいてすっかり見失っていた私は、もう一人この部屋にいた人のことを思い出した。



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