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第二覚醒【礼節と薄明の王子】

 お兄様に案じられながらも、私は自分の身体の変化に対して受け入れることができていた。覚醒の瞬間、身体が一瞬痛むけれど、一瞬だけだ。きっと他の覚醒も受け入れられるような気がしてきた。

 私は自分の手のひらを握っては開く。だいぶ精霊だらけの視界にも慣れてきたし、これならきっと。


「シルヴァン様」

「なんだろうか」

「封印の解除、お願いしてもいいでしょうか」

「リディア!」


 お兄様が私の手を握る。その琥珀色の瞳が揺れて、今にもやめてくれと言いたげな表情。

 ごめんなさい、お兄様。分かってる。お兄様に心配をかけていることは分かってる。でも。


「王子殿下と早々お会いする機会もないでしょうから。それにこのドレス、ちょうど背中が開いているんです。なんとなくなのですが、その……封印の解除というのは、守護者の方に現れた契約紋の位置が関わるのではありませんか?」


 さっき、エドガー様が宣誓のようなものを囁いて、私の目元へと触れた。その場所は間違いなく、エドガー様の契約紋の位置と同じだった。

 それならたぶん、シルヴァン様もそうだろうと思っての提案なんだけれど。


「殿下……? 真ですか……? 嫁入り前の清らかな我が妹の背に不埒なことを……?」

「待て待て待て! 語弊だ! 語弊があるぞアルベルト! 不埒なことなどしない!!」

「本当ですか? 私の目を見て誓っていただけますか?」

「もちろんだとも! やましいことは、決して、けっして……」


 隣から一気にヒュオッと冷たい空気が吹き抜けていく。

 ブリザードです、ブリザードですよお兄様。

 お兄様の迫力に負けて、シルヴァン様のお声がどんどん小さくなっていくのですが、それじゃあ逆効果だと思います……。


「ホーネスト、殺気はしまえ。不敬だぞ」


 至極真っ当なことをエドガー様が仰った。エドガー様でもそのあたりの分別ができるんですね。そしてお兄様のこのブリザードは殺気だったんですか。視界の中でお兄様の近くにある暗い色の光が活発に飛び交っています。その光が私に触れるたび、ちょっとひんやりとするから、これが殺気……?


「お兄様、お兄様の周りに暗い鈍色の光が瞬いています。それが殺気というものなのかしら」

「阿呆。その光は精霊だと言っただろうが」


 エドガー様に突っ込まれてしまった。でもエドガー様はすぐに「いやまてよ」と腕を組んで考え込み始める。


「似たようなものか……? ホーネストの殺気に精霊が反応してるのかもしれん」

「エドガー……そなたよくこの状況でそんなことが言えるな!」


 シルヴァン様に怒られたエドガー様は、いつものようなふてぶてしさを発揮し、不敵に笑った。


「冗談です。まぁ私としても、ことを早く済ませるというのは賛成ですから。殿下、ひと思いにやられてはどうです?」

「そなた他人事のように……! 見ろ! アルベルトのあの顔を!! 今にも私を闇討ちしそうな顔だぞ!?」

「……」

「そこは否定してくれアルベルト!」


 お兄様からはまだわずかに冷たい空気みたいなのを感じるけれど、さっきみたいなほどではない。それににっこり微笑んでいるだけなのだから、シルヴァン様の言う闇討ちしそうな顔というのはちょっと言い過ぎだと思います。

 わたわたする今のシルヴァン様には、最初にお見かけした王族らしい威厳みたいなものはあんまりなくて、私もなんだか肩の力というか、緊張みたいなものが抜けてしまった。


「シルヴァン様。私の覚悟、どうか受け取ってください」


 だから私は自分から、不敬だと思いつつも、シルヴァン様の目の前にまで近づいて、膝を折った。お願いします、と頭を垂れて。

 シルヴァン様の周りには淡くて明るい色がほわほわと漂っている。目に優しいその光は、お兄様のそばにいた精霊とも、エドガー様のそばにいた精霊とも違う。耳が拾う精霊たちの言葉も、歌うようななめらかな旋律で、耳に心地よい。

 そんな私と視線を合わせてくれたシルヴァン様は翠緑の瞳を揺らすと、一度まぶたを閉じた。そして次に目を開かれた時には、何かの決意をしたような、毅然とした表情になられて。


「ロジェ」

「はい」

「陛下には後で報告する。この場で彼女の封印を解く」

「かしこまりました」


 ロジェ様に話しかけたシルヴァン様は立ち上がり、私の手を取ると、私を今まで自分が座られていたソファーへと座らせた。


「封印を二つ解けば、貴女が妖精女王候補筆頭になる。もし大神殿に知られたり、他に好戦的な候補者がいれば、それこそ妖精女王(ジェリー・シー・フィー)様の頃のような争いも起きるかもしれない。私は奇しくも王家のいち員だ。今後は王家の庇護下に入ってもらうことになるかもしれないが、それでもいいだろうか」


 私は目を瞬く。王家の庇護? そんなことまで考えていなかったから、言われてすぐに返事ができなかった。

 そんな私に気がついて、シルヴァン様は表情を和らげて、少し困ったように微笑んだ。


「それくらい、妖精女王というのは重たいものだ。今の生活を手放す覚悟が必要だ。今ならまだ戻れる。それでも貴女は望むのだろうか」

「望みます。私にしかできないのなら」


 今度はちゃんと言えた。

 シルヴァン様は頬をゆるめると、再び真剣な面持ちをつくり、お兄様を見た。


「アルベルト。彼女の意志を尊重したい。私がそなたの妹に触れることを許してくれるか?」

「……殿下に請われるとは畏れ多いことです。それがリディアの意思であるならば」

「すまないな」

「謝るくらいなら、初めからこのような場を設けないでいただきたかった」


 お兄様の刺々しい声にシルヴァン様が肩をすくめた。

 お兄様とシルヴァン様のやり取りを横目に、この状況、エドガー様はどう思ってるのかと思ってそちらを見れば、腕を組んでじっとお兄様を見つめていた。そのお顔が、やや険しそうで。


「エドガー様?」

「なんだ」

「怖いお顔をしています」


 指摘すれば、エドガー様が半眼になってしまった。


「お前はさっさと封印を解け」

「だそうです、シルヴァン様」

「エドガー……そなたなぁ……」


 シルヴァン様が顔を抑えて項垂れてしまった。

 それでもはぁ、と息をつくと、シルヴァン様は顔をあげる。


「リディア、後悔はしないな」

「はい」

「背中をこちらに向けるように。くすぐったいかもしれないが、少し我慢してほしい」


 くすぐったいよりも、たぶん痛いの方が勝ると思う。

 だけどそれを言ってしまえば、シルヴァン様はきっとためらわれてしまうだろうから、私は返事のかわりに身体の向きをちょっと斜めに変えた。シルヴァン様のいらっしゃる肘掛けの方へと背中を向ける。

 シルヴァン様が私の背後でかがむ気配がした。

 お兄様が選んでくれた素敵なドレスに包まれながら、無防備な背中をシルヴァン様にさらけ出すのはなんとなく背徳的で。

 胸元で腕を組んでじっと身を固めていれば、ふっと背中に温かな吐息があたる。


「そんなに固くならないでほしい。不埒なことをしていると錯覚して、私まで緊張してしまう」

「す、すみませっ」

「動くな」


 思わず振り返ろうとしたのを静止され、まるで抱きしめられるように腕がお腹へとまわってきて。


「シルヴァン・ドライ・アルセイスは、【妖精の卵生み】シャン・デ・リディアを世界樹に捧げる」


 誓言のような言葉がシルヴァン様から聞こえた瞬間、私の周囲で穏やかにたゆたっていた全ての光が弾けるように飛び交うのが見えた。

 それらを目で追う前に。


「う、ぅあ……!」

「うわっ」

「リディア……!」


 背中の肩甲骨のあたりに、骨が溶けるような熱さを感じた。皮膚が避けるような、そんな痛みもある。ピリピリとした痛みは後を引く気がするものの、さっきと同様、痛み自体は一瞬で過ぎ去っていって。


「これは……」

「ほう」

「なんと、お美しいこと」


 精霊たちのざわつきも落ち着く頃には、私の呼吸も整った。さっきみたいに、私自身が知覚できる変化は目の前にないのだけれど、シルヴァン様が息をのみ、エドガー様とロジェ様が感嘆の声を上げたのは分かった。

 一体どうなったのかと三人に視線を向けようと振り返って、気がつく。

 視界の端に、オーロラでできた硝子のようなものがあった。


「なに、これ……?」


 さっきまでなかったよね??


「リディア、大丈夫かい。痛みは」

「お兄様、大丈夫です。それより、あの、私、どうなってますか……?」

「……羽が生えたみたいだね。背中から、オーロラ色の、硝子のように透明な羽があるよ。まるで、お伽噺に出てくる、妖精姫のような」


 ソファーから立ち上がって、私の方に来てくれたお兄様は、私に起きた変化をゆっくりと語ってくれる。

 私はもう一度自分の背中を振り返ってみた。お兄様の言うように、オーロラ色の硝子のようなものが見える。


 これが、私の羽。


 さっきとは違う。目に見えて妖精になるという実感がわいてきて、なんだか胸の奥に言いようのない高揚感が生まれる。

 綺麗な、綺麗な、私の羽。

 この羽を使えば、もしかしたら空を飛べることもできちゃうのかな?

 そんなことを思ってしまって、私の頬は思わずゆるんでしまった。


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