救出
「あ!」
「やっぱりここだったか。」
駆け回った朱若はようやく例の侍女が閉じ込められているという倉庫に着いた。
「にしてもすごいな。こんなに早く目星を見つけてくるなんてさ。範信。」
「まあ、街の奴らに聞けば何とかなるんだよ。」
軽いフットワークですぐさま都の町人の人気者になった範信による情報網はとても迅速だった。
(熱田の時もそうだけどこんな得意分野があるとは・・・。)
行き当たりばったりで家臣を集めてきて、人事を決めた時もそうなのだが、彼らにはそれぞれの特色があり突出している。
範信の他に季邦は突撃型の武勇、小太郎は諜報及び暗殺、景義は統率、小次郎は参謀、重能は冷静型の武勇、土肥次郎は農政、義隆は諌言、と言ったところか。
(こういう分野で考えるとお金を扱ってくれる奴も欲しいな。)
今は景義に任せてあるが、景義は色々取りまとめだったり、自身の指揮官としての色が強い為、専門的な人間に任せたかった。
(今後も家臣団強化が急務になりそうだ。)
「はて、いかが致すか?」
「たぶん、小太郎ならここを嗅ぎつけてるはずだ。」
「流石だな。これもお主を神童たらしめる所以か?」
「なんだ?その噂。」
「聞かないのか?」
全く心当たりがない。
「お主の兄達が高らかと・・・」
「あー、もういい、原因はわかった。」
頭が痛くなった。あれほどまでに隠してたはずなのにどうやら例のブラコンどもがやらかしたらしい。
「はぁ、全くだよ・・・ホント。大方、関係を持った武士たちに片っ端から自慢とかしてるんだろ ?」
こくんと範信が頷くとズーンと朱若は土下座するように頭を抱える。
(俺の暗躍計画が狂い始めてる・・・。それもまさか身内に敵がいたとはッ・・・!)
やはり、義平だろうか。
大方、義平だろう。
いや、義平に違いない。
間違いなく義平だ。
(いつか・・・いつかッ!このツケは返してもらうぞッ!クソあに・・・)
「って!そんなことよりだな!中はどうなって・・・」
『言えませんッ!!!私は守りたい人たちのことを絶対に売りません!』
「「!」」
(なるほど、そう来るとは・・・)
不意に倉庫から緊迫した抗いの声が響く。
『ならば致し方あるまい。』
ブンッ・・・!
ドサッ・・・!
「斬られたのか!?」
範信が警戒して刀に手をかける。
(この音は・・・)
「いや、これは首が落ちた音じゃない。」
「ああ、こちらに気づいたようだな。《《小太郎》》。」
扉に近づく。
『主、何故ここに?』
それは聞きなれたハードボイルドな低音の渋声。
「いや〜、バレてた?まさか俺にも想定外の展開だったからね。まさか《《売らない》》っていう選択肢だとはね。」
『申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに・・・。』
小太郎が平伏しているのは見ていなくてもわかる。だが、彼は責めることはしていない。むしろよくここを早くに嗅ぎ付けられたものだ。
「仕方ないさ。思いの外、彼女に信頼が置けると言うものだろう?」
後ろの範信に首を縦に降って目配せし、察した範信は扉を引開ける。
重々しい音をたてた扉の先には目に潤いを蓄え、黒ずんだ姿の女性と正座する小太郎。
「智って言ってたよな。折り入って頼みたい。俺とともに源氏に巣食う闇から救ってくれ。」
彼女の手をとる。
「あ、ああっ・・・あなたは・・・。」
薄れゆく意識で問う侍女の智。
「源氏を裏から支える、《《笹竜胆の影武者》》と言ったところかな?」
影とたしかに名乗った。
しかし、智にはこれほどになく陽の光を背中に受け輝かしい救世主のように錯覚した。
「由良・・・さ、まを・・・助け、てください。由良様、の茄子汁の、中に・・・、茄子のヘタが混入して、ます・・・。茄子のヘた、は・・・長期間、摂取すると・・・毒素に、なり、ます・・・。そ、して・・・侍女の、沙羅・・は・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
「その話は私が・・・。」
苦しそうな彼女に変わって小太郎が侍女の沙羅が『左府』なる人物に妹を天秤にかけられてることに関する話の全てを聞いた。
「そうか・・・。」
決死の覚悟で伝えた彼女は脱力したのか熱を帯びている。
(ずっと気を張っていたからな・・・。)
彼女の手はしきりに震えを刻んでいた。
「あ。ああ・・・」
「もう、寝てていい、今は休め・・・。」
「は・・・・・い・・・。」
彼女はゆっくり目を閉じた。
「ふぅ・・・。そういう事か・・・ッ!!!」
「若様!」
怒りがわなわなと湧き上がる。
しかし、なんと憎々しいやり方だろう。
「ああ、大丈夫・・・俺は冷静だ。智をお前ゆかりの屋敷に運んでくれ。源氏館だと仮に間者が屋敷にいた時、勘づかれる可能性がある。あとは・・・」
「沙羅殿の妹君の保護、ですな?」
「ああ、頼む。」
「お任せ下さい。」
仮とはしたが間違いなく屋敷に間者はいる。
勿論家族以外だ。一人は沙羅という侍女だが、彼女との対立は本意では無い。
それに沙羅と時々話していた男だが、誰かの手引きで屋敷に入っている。
幸い、朱若の家臣たちは京に縁を持つものはいなく先程ここに着いたようなものであるから、間者がいる可能性は極めて低いだろう。
(だとすると親父や兄貴たちの家臣たちか屋敷で働く下人たちや侍女だが・・・)
性質上家臣達が主人の一家を裏切るのはリスクしかない。主人を裏切った武士には世間的に殺される。それに武士をまとめる二大武士団である源氏を裏切るのは関東、日本の半分を敵に回すことになるのだ。
そして姉、坊門姫の言葉。
『そういえば、侍女が増えたわよ。』
侍女と最も侍女以外で秘密裏にやり取りできる近い立場の存在。
つまり、自ずと一つに絞られる。
「下人の誰かが黒だ。範信!」
「おう!」
「それとなく下人、侍女の様子や経歴に不審な点がないから見てくれ。」
「わかった。」
範信は屋敷の方向に走った。
いなくなった場で朱若は青空に拳をあげる。
「よし、あとは俺の正念場だ。
暗躍されたならそこから暗躍し返す。
せいぜいそのお粗末な陰謀が招いた救われない奴らを丸ごと出し抜いて救ってやる・・・。
母を・・・あいつらを救えないようじゃ、俺は家族を正史から守れねぇ・・・ッ!!!」
突き上げられた右手にさらに力が入った。
ーーーその時、歴史は僅かに動いたーーー




