獅子王丸
朱若にとって想定外とはぞんざい珍しいものでは無い。常に半々の幸不幸を引くギャンブル体質だと結論づけてからは意識的には仕方ないと受け入れて切り替えることができていた。
だが・・・今回は、
(レベルが違う・・・。想定外の度合いがッ!)
目の前に立ち塞がる男は伝説に等しい。荘厳な縅鎧を身にまとい空弓の弦の音を鳴らしている。
源頼政ーーーーー。
生ける伝説の威風が朱若を圧する。
「大人しく縄に捕まれ。」
ここで捕まれば家族にだって害が及ぶ。名前を名乗っていない、知られていないのは幸いなのだ。今逃げ切ればどうにか未来を繋げることが出来る。
「断る。俺は死ぬのは怖いし、家族も死なせる訳には行かないしな。」
頼政の額に筋が浮かぶ。
「武士に有るまじき言動。看過できぬな、ここが御所の御前でなければ血に染めていた・・・。早太!」
「はっ・・・。」
「ッ!?いつの間に・・・。」
一人仁王立ちしていたはずの頼政の隣には凛々しくも鋭い目付きの武者が一振を手に畏まっていた。
「本来、緑子(幼児)に本気を見せるのは情趣に欠けるが・・・そなたの異常性と帝の範囲を侵した業は乳飲み子とはいえ許すことは出来ん。」
早太と呼んだ武者から漆黒の拵の太刀を受け取ると音も立てずに抜き放つ。
顕になった刃渡りは陽の光によく映えて眩しい。頼政はゆっくり天に太刀を掲げた。
「唸れぇぇいいい!、獅子王ッ!!!!!」
一閃ーーーーーーーーー。
「・・・ッ!?」
地面の悲鳴が朱若を襲う。
「な、なんだ!?今の斬撃ッ!?」
頼政はその場から動いていない。
しかし彼の足元から朱若の元の立ち位置を貫くように地面がえぐれていた。
(まさか・・・斬撃の衝撃がここまで地面を抉って来たって言うのか!?そんな異能チックなこと、あるはずが・・・。)
「私は、先帝の近衛帝(第76代近衛天皇)の御代、帝の願いに応えるため鵺なる妖を滅した。その時からだ、私がこの不思議な力を得たのは・・・。」
頼政は自身の手をじっと見つめる。途端頼政を取り巻くように真っ黒な靄が朱若の目に映った。
(な、なんだ!?あのどす黒い気配・・・。)
「案ずるな、お前の思っている通り私には『これ』はわからん。」
頼政は慣れているのか朱若の反応を手に取るように理解した。そして語る、その深淵を。
「偶然にも獅子よりおぞましく鳴く鵺を滅したあとに不意に顕現した。奇遇にも帝から『獅子王』を下賜されたが何故だか、獅子王は私とこの力によく馴染んだ。振ればあらゆるものが獣の唸りをあげるように斬れる。」
一閃ーーーーーーーーー。
グオオオオオオオ・・・ッ!!!
「ぐっ!またッ!」
一閃ーーーーーーーーー。
グオオオオオオオ・・・ッ!!!
その音は果たして剣に宿る獣の唸りか、はたまた斬られ激痛に苛まれる叫びかーーー。どっちにしてそれは鈍く耳を貫く。
朱若は出会ったこともない、想像もしたことが無い。そんな原理不可能の斬撃はただただ無機質に朱若を刈り取りに来るだけだ。
「〜ッ!」
必死に避けていたが既に左手は流血していた。
「ほう、まだ立つか。そろそろ諦めてもよかろう・・・というのは無粋か。死にかける程度にはしてやる。」
頼政は最後に情けをかけた。彼にとって赤子はどこまで行っても赤子。武士の気概も朝廷への忠誠が厚くても死まで天秤にはかけれない。
しかし、誤ったーーーー。
「うるせぇ・・・。」
「・・・?」
頼政は最後の最後に朱若という少年を測り違えたということに気づかず、温情をぶら下げ、見下したということに。
「武士の情け?朝廷への忠誠?ふざけんなッ!そんな形もねぇ保証なんかクソ喰らえだッ!俺は生きたいから生きるし、守るべきものを死なせたくないから死地に飛び込んで必ず帰る!お前の見た目だけの温情に尻尾振ってすがれるか!俺は自分自身で切り拓く・・・自分と俺が守りたい奴らの未来だけはッ!」
「・・・」
「エゴだよ、って言ってもわかんねぇか。俺は欲張りだし自己中だ。金に目は眩むし、だらけてずっと惰眠を貪りたい。それと同じだ。お前らのように武士の心構えだの忠義だの見せかけの正義に酔って死に場所をいつも探してる暇なんてねぇんだよ・・・ッ。」
見間違えた、見当違いだ。そう思った時にはもう遅い。怒りと驚きに震えていた。
その目はまだ真紅に染まり活き活きとしている。
朝廷を蔑ろにすることは頼政以前から続く摂津源氏の家にとって血管が破裂するほどに忌々しい。そして、武士として、自身の情けを怪我されたことへの驚き。武士のこのようで武士とは違う得体の知れぬものを頼政は刹那捉えた。
「貴様がどう言ったところで私のなすべきとこは変わらん。唸りに怯えるがいい!一せ・・・」
「お待ちあれ。」
「!?」
朱若を守るように立ち塞がった一つの影。
獅子王の巻き上がった粉塵が途切れる頃、それはようやく塵にたなびく袈裟とわかった。
そして深々と被った笠を被り直して語らう。
「それぐらいにしときましょ。頼政殿。」
ゆったりとした京訛りで呑気に頼政に絡む。
「ッ!?その声・・・もしや」
心当たりのあるような様子で驚いた頼政を尻目に僧は朱若に目配せる。
「だ、誰!?」
「恋に破れて俗世を捨てた、しがない乞食僧よ。」
頼政はその名を告げた。
「義清・・・、いや、今は『西行』と言うべきか・・・。」
「変わりに紹介ありがとう。というわけで悩める男どもの恋の伝道師、西行である!」




