九無の焦がれ
「かぁ〜、やっと抜け出せた・・・。マジで疲れた。」
久しぶりの生家で兄の衝撃的な変化に半ば絶望した中での外出はやはりこっそり飛び出した状況であった。
「そろそろ、大蔵合戦まで時間も無くなってきたな・・・。気づけば俺はもう六つか。早いもんだな。」
1154年の大晦日。
大蔵合戦は1155年の八月中旬頃。
(もう一年をきった。急がないと・・・。)
「お〜い!誰かいるか?」
「はい!若様!」
「おお、九無か。他に誰かいるか?」
背後から九無が侍る。
「ええと、太一は鎌倉に残って、照優二は六波羅での情報収集、三蔵は近くの『朱飯堂』で暇を持て余してます。十鳶之助ほか風魔の子は海喜おじいちゃんに体術の手解きを受けてます。」
「ん?じゃあ九無は体術の鍛錬しなくていいのか?ほかの子はしごかれてるんじゃないか?」
「私は実は体術が一番得意でして・・・、ほぼほぼ免許皆伝みたいなものなんです。だから鍛錬はみんなが手解きを受ける時にではなく海喜おじいちゃんが暇な時に一対一で教わるんです。それに・・・」
「それに?」
そう言うと九無は苦笑して頬に手を当てる。
「多分朱若様がこっそり抜け出されるだろうと言うことでお頭様から手が空いてて一番身軽な私がお傍にいろということで・・・。」
「なるほどね。なら丁度いいや。これから飯屋の様子とか諸々の情報を集めたいから三蔵がいる『朱飯堂』に行こう。着いてきてくれ。」
「はい!」
ギュム・・・
「ん?」
おかしな感覚に襲われた。どこか柔らかくて沈み込むような枕のような低反発。
「え〜と?九無さん?これはどういうことでしょうか?」
「どうかしましたか?若様。」
キョトンとした顔で何がおかしいのかと言わんばかりの表情だ。
「いや・・・、その、近いのですが・・・。」
「んふふ、いいじゃないですか!私だって不遜ながら若様のことを異性として惚れ込んでいるのですよ?こういう機会じゃなければこんなことできませんしね!」
九無は朱若の右手を抱き寄せるようにくっついているのだ。
(いかんいかん、ラブコメの匂いがする・・・。)
だが、なかなかの力で右手を絡め取られていてこれを逆に振り払う方が良心が痛む。
「はぁ、わかった。もう好きにしてくれ・・・。」
「はい!」
今までの生でこのような経験は皆無で女の子とはいえ女性に引っ付かれて街を歩くのは新鮮な気分だ。
(でも、この時代って女性が男性と外でイチャつくのは宜しくないはずなのでは!?)
少しその状況に九無が離れてくれることを期待して周りを見渡してみる。
(ほらやっぱりみんな白い目でこちらを見て・・・)
「あれ?」
腐ったものでも見るかのようにこちらを見ているはずの街人達はとても暖かい目でこちらを眺めている。
「ええなぁ〜、可愛らしいじゃないか。」
「あたしも小さい頃にあんな仲憧れたな〜。」
「坊主!そんな可愛らしい女の子大事にしろよ?」
「え?え?」
目を白黒させて九無の方を見やる。
「んふふ、大事にしてくださいね?」
(思ってた反応とちがあああぁぁぁうッ!!!)
カランカラン・・・
「あ!若様・・・!って九無と逢い引き中でしたか。ではごゆっくり〜」
「黙れッ!助けやがれよこの状況ッ!?」
生暖かい視線がこちらに釘漬けである。
九無も満足そうに顔を赤くさせている。
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「三蔵、色々どうだ?」
「そうですね・・・」
色白の優男といった風貌の三蔵は迷うように考えて見せてから切り出した。こう見えて三蔵にはこの店の全てのオーナー的な立ち位置を任せている。
「まずはここの料理美味しいですね。」
正直どうでもいいが顔は真面目だった。ちなみに彼はオーナーだ。なぜ自身の店の味を知らないような口振りなのか。
(こいつ、絶対情報収集だけして飯しっかり食ってなかっただろ。これだから真面目は・・・)
「はぁ、そりゃどうも。考えた身としては嬉しいが今はそれよりも都の情勢を聞いてもいいか?」
「鳥羽法皇が体調を取り戻しました。」
「へぇ、」
鳥羽法皇が崩御することで保元の乱は堰を切ったように勃発する。とりあえずは史実通りにいきそうだ。
「しかし、あまり長くはありません。恐らく来年まで持つか・・・。」
「・・・。」
実際には1156年に鳥羽法皇は崩御する。
「治ったり臥せったりの繰り返しらしいです。一応は念の為備える必要があります。」
「りょーかい。じゃあそろそろあれを探してもらおうか。」
「若様?あれとは?」
九無が怪訝そうにこちらを伺う。
「店や八ツ橋の成功で資金が溜まった今それを元手にできること、」
「大陸貿易さ。」




