第2話 新しい国の怖い王様
母は私に火の魔法を習得させることにやっきになっていた。その理由は、もちろん、戦力としてだ。
「蝋燭の火に魔力を込めて、大きな炎を造り出すことが出来るまで、部屋から出さないよ。」
そう言って、閉じ込められたことが何度もあった。一応、頑張って挑戦したけれど、蝋燭の火は知らん顔で私の気合いをやりすごし、蝋を一定の速度で溶かしていった。薄情な蝋燭。ちょっとは手伝ってくれても良いのにな、とあの頃はそんな風に思っていた。
火の魔法に、腕の内側の産毛ほどの才能も見出せなかった私だけれど、誰にも真似出来ない変てこな魔法を使えるようになった。それは、丸い物に魔力を込めると、クルクルと回転させることが出来る魔法だ。丸くないと駄目。四角だと微動だにしない。三角なんてもってのほか。
初めて母に披露すると、罵詈雑言を浴びせられた。この穀潰しとかなんとか言ってたな。でも、その魔法は私にとって、なくてはならないものとなった。生前、兄はとても良い物を私にプレゼントしてくれたのだ。
それは、前後に2人座れる幅の狭いボートのような胴体に4つの車輪を取り付けた乗り物だった。魔力を練って、車輪をクルクル回すと、驚くほど快適に移動することが出来た。角度をつけて車輪を回転させることも出来るので方向転換も問題なし。何かとぶつかりやすい前面と背面は鉄板で補強されていて、頑丈な造りとなっている。今となっては、この乗り物が兄の形見でもある。私はこの乗り物をクルマエビと名付けた。だって、海老みたいな形をしてるから。
私は旅支度した荷物をクルマエビの後部座席に積んで、出発した。クルマエビの車輪をクルクル、クルクルと回転させ、馬車よりも速い速度で走行し、住んでいた国、ストレキル領を出た。
途中で盗賊に襲われそうになったけど、爆走して逃げた。たとえ、クルマエビを止められても、私にはとっておきの武器があるんだ。村の子ども達が竹トンボを飛ばしているのを見て閃いた。竹トンボは軸を掌で擦り合わせて羽根を回転させることによって空を飛ぶ玩具だ。竹トンボの軸を取り、羽根の外周を木で円状に囲った物を造った。円だからクルクル回せるのだ。それを回転させてみると、ブウゥゥンと低い音を出して宙を浮いた。
その羽と外周部分の全てを鉄で造り、外周の外側に同じく鉄製の無数の刺を溶接させたものを2つ造った。それを回転させて宙に浮かせ、敵にぶつける。これが私の武器。その名は、円月輪。
つまり、クルマエビと2つの円月輪があれば、安心して一人旅を続けられる。こうして私は東の隣国、タケトラ領のミラーベイという港町にたどり着いた。早速、人間について、聴き込みを開始すると思わぬことが分かった。なんと、タケトラ領はすでになくなっていて、新しい国が誕生していたのだ。
全身が茶色の体毛で覆われ、立派な鬣のある老齢の宿屋の主人にくわしく教えてもらった。
「これは、あくまでも噂なんじゃが、先代領主の竹虎様は餓者髑髏討伐に向かい、返り討ちにおうたらしい。そこへ現れた若者が餓者髑髏を討ち、王を名乗り、王国を建国した。ここは、タタラ王が治めるマドリーナ王国となった。」
「餓者髑髏とは何者なのでしょう?」
「骨だけで動く不死身の化け物さ。」
「怖すぎます。」
「餓者髑髏に挑んだ者達は、新しい王様以外は皆死に、その者達の骸は山積みにされた。奴が居座る場所は地獄嶽と呼ばれておった。」
「地獄嶽。タタラ王はよく餓者髑髏を倒せましたね。」
「わしは会うたことないがな、何でも、心を吸い取るらしい。」
「心を吸い取る?」
「ああ。その他にも色んな秘術を使えると聞いた。子分の化け猫を連れた恐ろしい王様じゃ。」
何だかあれだな。他国から来たと分かれば、磔にでもされるんじゃないかという気がしてきた。これからは、辺鄙な村出身ということにして、情報を集めることにした。
テチス海と呼ばれる綺麗な海を見ながら、美味しい魚介類を頬張り、今日は寝ることにした。明日は、人間の情報が得られると良いんだけれど。